第6話:傀儡
――初平三年(一九二年)、長安。
王允は、殺された。
天子を奉じて宮城の門の上に立ち、下に集まった涼州の将へ、自ら降りていって、そこで斬られた。一族も、共に死んだ。董卓を討った正論家は、董卓の残り火に焼かれて、消えた。
蔡琰は、焼け跡の町に、残された。
父は獄で死に、その父を殺した王允も死に、王允を殺した者たちが、いま都を握っていた。李傕と郭汜である。董卓の軍を率いて長安を奪った二人は、そのまま天子を手元に置いた。
天子は、操り人形になった。
李傕と郭汜は、天子を奪い合った。儀礼の場では、役人たちが、幼い天子に最も丁寧な礼をした。額を地につけ、声を整えて拝した。だが、その同じ天子が、蔵の穀が尽きて飢えていても、誰も腹を満たそうとはしなかった。聖なる身体に向かって、人々は深く頭を下げる。下げた頭の先で、その身体は、痩せていく。拝む音が大きいほど、力は無かった。
賈詡は、その都に、生き延びていた。
十万を長安へ呼び込んだ当の男は、今度は、李傕たちの下で役人となり、ひそかに、いちばんむごいことが起きぬよう、手を回しているという。多くの人の命を奪う一言を放った男が、その後で、幾人かの命を救っている。忠義でもなく、悔いでもなく、ただ、そうするのが次に生き延びるための計算だ、という顔で。
蔡琰は、父の竹簡の束を抱えて、町の隅に座っていた。
書きかけの漢の歴史は、もう、誰も続ける者がない。学者は死に、都は焼け、天子は飢えている。道の向こうから、馬の蹄の音が近づいてきた。涼州の将が連れてきた、異国の騎兵だった。長い髪を結い、見たことのない言葉を交わしながら、焼け跡を縫って進んでくる。
蔡琰は、竹簡を、きつく抱えた。
董卓は、消えた。だが、董卓の軍は、残った。残った軍は、賊を討った者たちをみな呑み込み、都を焼き、天子を痩せさせ、いま、見知らぬ蹄の音となって、自分の方へ近づいてくる。父の遺した書も、自分の身も、この乱が、どこへ運んでいくのか。
馬の蹄の音は、止まらなかった。
第二章 残り火 ――完。




