第5話:長安炎上
――初平三年(一九二年)六月、長安。
十万の軍が、長安を囲んだ。
呂布は、城を守る側に回った。董卓を討った英雄が、董卓の残した軍を相手に、城壁の上に立っていた。
守りは、八日もった。
だが、城の中には、もともと董卓に従っていた者も、各地から寄せ集められた兵も混じっていた。九日目、城内にいた蜀の兵が裏切って、内側から門を開けた。十万が、なだれ込んだ。
長安の町が、燃え始めた。
董卓の死を祝って、着物を売って酒を買った人々が、その同じ道で、今度は逃げ惑った。呂布は、町なかで戦った。矛を振るい、馬を駆けさせ、寄せる兵を斬り倒した。強かった。相変わらず、誰も呂布に正面から敵わなかった。だが、敵は十万いた。一人がいくら強くても、十万の波は止まらない。斬っても斬っても、町は敵で埋まっていった。
呂布は、王允のもとへ駆けた。
「もう、もちません。馬を用意した。一緒に落ちましょう」
「行け。私は、行かぬ」
「ここに残れば、殺されます」
「天子は、まだ幼い。私を頼りにしておられる。難が来たからと、自分だけ逃げて生き延びる――それは、私には、できぬ」
王允は、静かだった。
謀をめぐらせて董卓を討ち、勝者になり、その勝利を、涼州兵を赦さぬ一事で取りこぼした男だった。自分の度量の無さが、この十万を招いた。それを、王允は分かっていたのかもしれない。分かったうえで、天子のそばに残ろうとしていた。
「関東の諸公に、よろしく伝えてくれ。どうか、国のことを忘れずに、と」
呂布は、それ以上は言わなかった。
数百騎をまとめ、宮城の門を破って、東へ駆け抜けた。
付き従ったのは、并州以来の騎兵だった。董卓が死に、行き場を失った并州の兵が、呂布のもとへ流れ込んでいた。高順という、寡黙な将の鍛えた一隊がいた。張遼という、まだ若い并州の将もいた。いずれも、馬の上での戦いにかけては、涼州の荒い騎兵にも引けを取らぬ手練れだった。呂布の強さは、その一身の武だけではない。当代に並ぶ者のない個人の武に、辺境の精強な騎兵が従う。それが、呂布という男の力だった。
だが、その力をもってしても、董卓を討った褒美も、都での地位も、何ひとつ持ち出せなかった。残ったのは、数百の騎と、自分の体一つだ。強い兵はいる。だが、その兵を養い、根を張る土地が、どこにも無かった。袁術を頼るか、袁紹を頼るか。寄る辺は、無かった。
城門を出るとき、呂布は、一度だけ振り返った。
長安が、燃えていた。
当代に並ぶ者のない武で、都を縛る賊を討った。その二月後に、自分は、燃える都から逃げている。強い兵を連れていても、土地が無かった。守るべき地盤が、初めから無かった。武は、城を攻め落とすことはできても、落とした城を、守ることはできなかった。
呂布は、前を向いて、馬を急がせた。後ろの火は、追ってこなかった。ただ、どこまで行っても、自分の土地と呼べる場所は、現れなかった。




