第2話:刺殺
――初平三年(一九二年)四月、長安。
その日、天子の病が癒えたのを祝って、宮中で大きな集まりが開かれた。
董卓は、車に乗って宮中へ向かった。道の両脇には、兵が並んでいた。董卓の護衛のはずの兵だ。だが、その中に、王允と、王允に与した士孫瑞ら、そして呂布が選び抜いた者が、混じっていた。
門のところで、李粛が進み出た。
呂布と同じ并州の出で、王允の謀に加わった男だ。李粛は、天子の詔を帯びていると称して、董卓の車に近づき、いきなり戟で突いた。董卓は、衣の下に鎧を着ていた。戟は鎧に弾かれ、董卓は腕を傷つけられて、車から転げ落ちた。
董卓が、叫んだ。
「呂布は、どこだ――」
呂布は、そこにいた。
董卓のすぐ後ろに、いつものように立っていた。呼ばれて、呂布は前へ出た。手には、矛を握っていた。
「詔である。賊臣董卓を討つ」
呂布は、そう言うと、董卓の喉を、ひと突きにした。
当代に並ぶ者のない武が、たった一度、振るわれた。董卓は、声もなく倒れた。あれほど都を震わせた男が、地に転がった肉の塊になった。
呂布は、懐から詔を取り出し、高く掲げた。罪は董卓ひとりにある、ほかの者は問わぬ、と叫んだ。董卓の兵は、武器を捨てた。誰も、太った主君のために刀を抜こうとはしなかった。やがて、宮中のあちこちから、万歳の声が上がった。
長安は、沸いた。
董卓の死が伝わると、町の人々は、着物や髪飾りを売って酒と肉を買い、道に出て祝った。何年も都を縛りつけていた重しが、ひと突きで消えた。
董卓の死体は、市にさらされた。よく肥えた男だった。死体の番をしていた小役人が、そのへそに芯を差して火を点けると、脂が燃えて、幾日も明かりが消えなかったという。
軍が、郿塢へ向かった。
皇甫嵩が城を破り、積まれた穀と金を奪い、董卓の一族を捕らえて殺した。九十になる老母が、命乞いをしたが、容れられなかった。三十年分の穀を抱えた城は、主の血筋もろとも、ひと月で崩れた。
呂布は、将軍に上り、温侯に封じられた。王允と並んで、都の政を執ることになった。
賊を討った英雄だった。少なくとも、その日までは。
呂布は、董卓の蔵の財を、功のあった者たちに分け与えてはどうか、と王允に持ちかけた。王允は、首を縦に振らなかった。王允は、呂布を、謀を共にした同志とは見ていなかった。よく斬れる一振りの剣――そう見ていた。呂布には、それが分かった。董卓の機嫌に怯えていた頃と、何が違うのか。仕える相手が変わっただけで、自分はまた、誰かの剣として扱われている。
強い男の体の内側で、あの冷えた一点が、また、わずかに広がった。




