↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志 ―正史群像―  作者: ソリトん
第二章 残り火

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/136

第1話:郿塢

 ――初平二年(一九一年)、長安。


 都が、西へ動いた。

 董卓は、孫堅に洛陽の周りを脅かされると、天子を抱えて長安へ退いた。そして長安の西に、郿塢(びお)という城を築いた。城壁は長安のそれと同じ高さで、中には三十年分の穀物を積み上げたという。世が乱れて天下を取れば、それで天下を制する。取れなくとも、ここに籠もって一生を終える。董卓は、そう言って笑ったと聞いた。

 呂布は、その董卓のそばにいた。

 養子の契りを結び、護衛として、いつも董卓の後ろに立っていた。当代に並ぶ者のない武で、董卓を守る。それが呂布の役目だった。董卓は、呂布を自分の身代わりの盾と頼み、呂布もまた、董卓の威を借りて都に肩で風を切っていた。

 だが、父と子の契りは、薄かった。

 呂布が、董卓のもとへ来た道筋を、思えば、いつも胸の隅に残っていた。

 呂布は、もとは并州(へいしゅう)の出で、刺史の丁原(ていげん)に仕えていた。丁原は、呂布を我が子のように可愛がり、主簿という、手元の文書を預かる近しい役に就けていた。その丁原を、呂布は、自分の手で斬った。董卓が都に入ったとき、呂布の武を欲しがり、金を贈り、位を約して誘ったのだ。呂布は、それになびいた。可愛がってくれた主の首を落とし、その首を手土産にして、董卓のもとへ来た。そうして、二人目の父を得た。

 一人目の父を、欲のために殺した男が、二人目の父に仕えている。その二人目の父は、機嫌ひとつで、我が子に戟を投げる。


 ある日、董卓が、些細なことで、かっとなった。

 手近にあった戟(げき)を掴むと、いきなり呂布へ投げつけた。呂布は、身をひねってかわした。柄が壁に当たって、乾いた音を立てた。呂布は、すぐに膝をついて詫びた。董卓は、それで機嫌を直した。何事もなかったように、また酒を飲み始めた。

 呂布は、頭を下げたまま、董卓の太った背中を見ていた。

 いま、この男は、自分を殺そうとした。たまたまかわせたから、生きている。かわせなければ、戟は首に刺さっていた。父が、子に物を投げるか。投げた手を、すぐ忘れて酒を飲むのが、父か。呂布の中で、何かが冷えていった。


 呂布には、もう一つ、隠していることがあった。

 董卓の侍女の一人と、通じていた。露見すれば、ただでは済まない。あの短気な男が、戟ひとつで済ませるはずがない。呂布は、強かった。誰よりも強かった。その強い体の内側で、いつも、見つかることを恐れていた。


 司徒の王允(おういん)が、呂布に近づいてきたのは、その頃だった。

 司徒とは、三公の一つ、宰相格の高い位だ。王允は、表向きは董卓に丁寧に仕えていた。その王允が、呂布と同じ并州の生まれだという縁を、丁寧に手繰り寄せてきた。何度か酒を酌み交わし、世間話を重ね、それから、声を低くして言った。


「君は、董卓に物を投げつけられたそうだな」

「……古い話です」

「古くはない。次は、かわせるとは限らん」


 呂布は、答えなかった。

 王允は、続けた。


「君は呂氏、董卓は董氏。もともと、血のつながりなど無い。父子の契りといっても、紙の上のことだ。いま君を殺そうと戟を投げた男の、どこが父か」

「……私は、董公の護衛だ」

「護衛が、主君に怯えて暮らすのか。君ほどの武を持ちながら」


 呂布は、長いこと黙っていた。

 強い男だった。誰も、呂布の武に正面から敵わなかった。その男が、太った主君の機嫌一つに、いつも怯えている。王允の言葉は、呂布の体の内側の、あの冷えた一点を、まっすぐ突いてきた。

 また、父を斬るのか。

 胸の隅で、丁原の顔が、一度だけ浮かんで、消えた。呂布は、うなずいた。

 王允は、声をさらに落とした。近く、天子の病が癒えたのを祝って、宮中に大きな集まりがある。その日に、と囁いた。

 外では、郿塢の方角に、夕日が落ちていた。三十年分の穀を抱えた城が、赤く染まっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。