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三国志 ―正史群像―  作者: ソリトん
第二部 群雄割拠の凝固 / 第一章 溶けた盟

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第6話:解散

 ――初平二年(一九一年)、酸棗。


 同じ頃、酸棗には、もう誰もいなくなろうとしていた。

 曹操は、揚州から戻る途中で、それを聞いた。

 十余万の兵は、ついに一度も董卓と戦わないまま、溶けて消えた。兵糧が尽きたのだ。集まった時には、確かに義があった。壇の上で、みな泣いていた。その義が、半年あまりで、兵糧の底をつくと同時に尽きた。

 兗州では、刺史の劉岱が、太守の橋瑁を殺した。

 同じ盟に名を連ね、同じ壇の下で泣いた二人が、董卓を一度も突かないうちに、互いを殺し合った。劉岱は、橋瑁の兵を、自分のものにした。袁紹は、河内から一歩も動かず、盟主の号だけを抱えていた。袁術は南陽で兄分の袁紹と仲たがいし、二人の名門は、もう董卓ではなく互いを睨んでいた。


 曹操自身の道中も、ただでは済まなかった。

 揚州で募った数千の兵が、戻る途中の龍亢(りゅうこう)という地で、夜、陣に火を放って叛いたのだ。曹操は、自ら剣を取って数十人を斬り、辛うじて燃える陣を逃れた。手元に残ったのは、五百あまりに過ぎなかった。義兵は動かず、募った兵は陣を焼いて逃げる。曹操は、道々でまた兵を募り直しながら、それでも、北へ進んだ。


 曹操は、その募り直した兵を連れて、河内の袁紹のもとへ身を寄せた。


 袁紹は、曹操を迎えると、世間話のように言った。


「もし、ことが成らなかったら、お前はどこに拠って立つつもりだ」

「本初こそ、どう考えている」

「私は、南は黄河を背にし、北は燕(えん)・代(だい)を押さえ、北方の異民族をも従え、南へ向かって天下を争う。それでなんとかなるだろう」


 曹操は、それを聞いて、すぐには答えなかった。

 袁紹は、土地の話をしていた。どの地を押さえ、どの兵を併せ、という、版図の話だ。この男の頭には、もう董卓はいない。天子もいない。あるのは、董卓が消えた後の、取り分の地図だけだ。壇の上で泣いていたのは、本物の涙だったろう。だが、この男にとって、義は、土地を取るための、最初の口実に過ぎなかった。

 曹操は、ようやく口を開いた。


「私は、天下の知恵と力を頼みとし、道によってこれを率いる。そうすれば、できないことはない」


 袁紹は、薄く笑った。何を青いことを、という笑いだった。曹操は、それ以上は言わなかった。杯の底に残った酒を、袁紹の見ていないほうへ、こぼした。

 袁紹は土地を欲し、自分は人を欲する。それは、いつか正面からぶつかる、と曹操は思った。この四代続けて三公を出した名門と、宦官(かんがん)の家から出た自分とは、どこかで必ず、同じ天下を取り合う。今はまだ、その時ではない。今は、頭を下げて、この男の下に身を寄せておく。

 反董卓の盟は、こうして溶けた。

 董卓は、長安で、まだ生きていた。誰も、それを討てなかった。義を掲げて集まった者たちは、董卓に一太刀も浴びせないまま、それぞれの地を取り合う側へ回った。賊を討つために集まった軍は、賊が討たれないうちに、賊を討った後の取り分を争う軍になっていた。

 曹操は、河内の冬の空を見上げた。

 義は、安かった。ここにいる誰もが義を持ち、誰一人、義のために一兵も損なわなかった。人を動かすのは、義ではない。地盤と、実利だ。それを、曹操は、この半年で、骨に刻んだ。

 ならば、自分はどうするか。

 地はない。家柄もない。あるのは、人を見る目と、頭を下げる忍耐だけだった。曹操は、それで天下を争うつもりだった。


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