第4話:陽人
――初平二年(一九一年)、洛陽の南、陽人。
孫堅は、兵を立て直した。
梁東で散った兵を集め、新たに募り、ふた月のうちに、また数の揃った軍にした。低い家から起った男のもとには、不思議と、人が戻ってきた。負けて逃げた兵までが、また孫堅の旗の下に並んだ。
今度は、陽人で当たった。
董卓は、孫堅を侮らなくなっていた。胡軫を総大将とし、呂布を騎兵の長として、歩兵と騎兵あわせて数万を陽人へ差し向けた。孫堅は、陽人の城に拠って、これを待った。
董卓の将たちは、互いに仲が悪かった。
総大将の胡軫は、出発の前に、陣中で言い放ったという。今度の戦は、身分の高い将を一人見せしめに斬って、それで軍を引き締めねば締まらぬ、と。それを伝え聞いた呂布以下の将は、胡軫を恨んだ。城を囲む手前まで来たところで、呂布が、わざと「城兵が討って出た」という偽りの報せを流した。夜だった。胡軫の軍は、まだ来てもいない敵に怯えて陣を払い、崩れて逃げた。鎧を捨て、馬を捨てて逃げる兵で、夜の野が埋まった。
夜が明けて、胡軫はようやく敵が出ていないと知り、兵を呼び戻して陣を組み直した。だが、一度浮き足立った軍は、もう落ち着かなかった。
孫堅は、その乱れの隙を、突いた。
城門を開き、自ら先頭に立って打って出た。程普は、その後ろを駆けた。寄せ手のはずの董卓の軍が、夜の混乱を引きずったまま、守りに回った。孫堅の兵は、ひと晩、飢えと逃走で疲れ切った敵の横腹へ、まっすぐ突き入った。崩れかけた陣は、一突きで裂けた。あとは、逃げ散る敵を追う戦になった。
逃げ遅れた将の中に、軍を束ねる将、都督の華雄がいた。
華雄を斬ったのは、孫堅の兵だった。乱戦の中で囲まれ、馬を射られ、地に落ちたところを討たれたという。誰がその首を取ったのかは、程普にも分からなかった。名もない兵の、誰かの槍だった。ただ、その首が陣へ運ばれてくるのを、程普は見た。董卓配下の、都督の位を持つ将が、寄せ集めから立て直したばかりの孫堅の軍に、討たれた。
日が高くなる頃には、陽人の野に、董卓の旗が一つも残っていなかった。
董卓は、孫堅を恐れた。
数日のうちに、董卓は使者を寄越した。李傕という、董卓の腹心の一人だった。李傕は、馬を下りると、丁寧に礼をした。
「将軍のご武勇、相国も深く感じ入っておられます。つきましては、よしみを通じたい。将軍のお子、ご一族の中で、刺史や郡守に就けたい者があれば、名を連ねて出されよ。相国が、必ず朝廷に取り計らい、任じましょう」
相国とは、宰相の最高の位だ。いま、董卓がその位にあった。
子を、刺史にしてやる。一族を、郡守にしてやる。低い家から起った男に、その子孫が代々官に就ける道を、董卓は差し出したのだ。それは、孫堅がこれまで、刀ひとつで届かずにきたものだった。
孫堅は、笑わなかった。
「董卓は、天に逆らい、道を無くした。王室を覆し、宗廟を焼いた。いま、お前の一族を皆殺しにして、その首を天下に晒さねば、私は死んでも目を閉じられない。それを、和を結ぼうだと。誰が、お前のような者と、よしみを通じるか」
李傕は、顔色を変えた。
何か言いかけて、やめ、礼だけして去った。
程普は、その背を見送りながら、孫堅の横顔を見た。差し出されたのは、孫堅が一生かけても得られないかもしれないものだった。それを、孫堅は半秒も迷わずに蹴った。義のためか、と程普は思った。違う、とも思った。この男は、差し出されたものに付くのが、ただ性に合わないのだ。上か下かで人に付くのはやめた、と下邳で言った男だ。董卓に付けば子が刺史になる。だが、付くということ自体が、この男には我慢ならない。
御せぬ武とは、誰かに抑えつけられることを、骨の髄から拒む武のことだった。




