第2話:滎陽
――初平元年(一九〇年)、滎陽。
西へ向かったのは、曹操の五千と、張邈が貸してくれた衛茲の一隊だけだった。
酸棗の十余万は、誰も動かなかった。曹操は、それでも進んだ。成皋を抜け、滎陽の汴水のほとりまで来たとき、董卓の軍が待っていた。将は、徐栄といった。聞いたことのない名だ。だが、その陣立てには隙がなかった。
数では、董卓の軍がはるかに勝っていた。
戦は、半日続いた。
曹操の兵は、寄せ集めだった。それでも、最初のうちはよく戦った。衛茲が先頭で槍を振るい、曹操自らも前へ出た。だが、徐栄の兵は崩れなかった。崩れないまま、じわじわと押し返してきた。日が傾く頃には、曹操の隊は半分に減っていた。衛茲は、乱戦の中で討たれた。自分の財産を投げ出して義の兵を集めた男は、その兵が散っていくのを見届けることもなく、汴水のほとりで死んだ。
曹操は、最後まで退かなかった。退き時を、見誤った。
矢が、馬を貫いた。
馬が前のめりに倒れ、曹操は地に投げ出された。立ち上がろうとしたところへ、もう一本、矢が肩を掠めた。徐栄の騎兵が、こちらへ向かってくる。土煙の中で、曹操は刀を杖にして膝をついた。ここで死ぬ。義のために、ただ一人で兵を出して、その兵をみな死なせて、自分も死ぬ。誰も、それを義とは呼ぶまい。愚かと呼ぶだろう。酸棗で肉を裂いていた連中が、後でそう言うだろう。
馬のひづめの音が、横から割り込んできた。
いとこの曹洪だった。馬から飛び降り、手綱を曹操へ押しつけた。
「乗ってください」
「お前はどうする」
「走ります。――天下に、洪はいなくてもよい。あなたが、いなくては駄目だ」
曹操は、一瞬、動かなかった。
それから、馬に飛び乗った。曹洪が手綱の尻を打つ。馬が駆けだす。曹洪は、その脇を、自分の足で走った。汴水の岸を、夜の中を、二人は逃げた。徐栄の追撃はしつこかった。何度も矢が背を追ってきた。曹洪は、川べりで小舟を見つけ、曹操を乗せて漕いだ。
対岸に着いたとき、曹操は、初めて口をきいた。
「お前の言葉は、間違っている」
「は」
「洪がいなくてはならない。今夜、それが分かった」
曹洪は、何も言わず、櫓を漕いだ。
酸棗へ戻ると、十余万の兵は、まだそこにいた。
毎日、宴を開いていた。曹操が血と泥にまみれて戻っても、誰も戦況を問わなかった。曹操は、諸将の前に立った。今度は、進めとは言わなかった。
「各々に、役割がある。本初は河内の兵を率いて、北の渡し場、孟津を押さえる。酸棗の諸将は東の要害を固めて、董卓が出てこられぬようにする。袁公路は南陽の軍を率いて西へ回り、武関から長安の喉元を衝く。みな塁を高くして、戦わずに兵の多さを見せつければよい。正しい側から、道に外れた董卓を囲むのだ。たちどころに、天下は定まる」
誰も、応じなかった。
劉岱が、橋瑁を横目で見た。橋瑁が、目をそらした。この二人は、近頃、互いを憎み合っているという。同じ兗州に、州を監督する刺史と、郡を治める太守が並んで兵を抱え、誰が上かで揉めていた。董卓は、もう、誰の頭にもなかった。
曹操は、それ以上、口をきかなかった。
義は、ここで尽きた。集まった時には確かにあった義が、半年も経たないうちに、兵糧と面子の取り合いに溶けていく。曹操は、自分の残った兵を数えた。汴水で半分を失い、千あまりが残っていた。数え終えると、曹操は、南を向いた。揚州で、兵を募り直す。ここにいても、何も始まらない。




