第1話:よその国の兵
――中平六年(一八九年)、洛陽。
八月の洛陽は、煙のにおいがした。
麦は、水を担いで、都の大路を歩いていた。荀家が借りている小さな住まいと、井戸とのあいだを、日に幾度も往復する。それが、都に来てからの麦の仕事だった。村にいた頃のように土を耕すことはなくなったが、荷を担ぐ脚と肩は、ここでも同じように使われた。
その朝、井戸のあたりに人だかりがあって、誰も水を汲もうとしなかった。みな、宮城のほうを見上げていた。
宮城の屋根の向こうから、煙が立っていた。
昨夜から、都はおかしかった。
大将軍の何進が、宮中で殺されたという。そして、その報せが流れるやいなや、兵が宮中へなだれ込んで、宦官という宦官を、片端から斬っているという。麦には、宮中で何が起きているのか、正しくは分からなかった。ただ、人の口から口へ伝わる話は、聞くたびに血の量が増えていった。二千を超える首が落ちた、髭のない男というだけで斬られた者がいる、袴を脱いで宦官でないと示してようやく助かった者がいる――そんな話が、水を汲む順番を待つ列の中を、ひそひそと巡っていた。
麦は、水桶を地に置いて、煙を見ていた。
帝の側近を独占し、父母とまで呼ばれていた宦官たち。都に来たばかりの頃、その名の重さを、麦は荷を担ぎながら何度も聞かされた。張譲、趙忠。その者たちが、いま、一夜のうちに、肉のように刻まれている。重いと言われたものが、こんなにも容易く消える。麦は、それを、うまく呑み込めなかった。
日が傾く頃、荀彧が住まいへ戻ってきた。
守宮令――宮中で書きものの道具を預かる、最も下のほうの役である。その役所も、昨夜からほとんど人がいなくなっていた、と荀彧は言った。荀彧の顔は、いつもと変わらず静かだった。だが、その静けさが、麦には、かえって張りつめて見えた。
「帝が、都を出られた」
荀彧は、麦にともなく、そう言った。
「逃げる宦官が、帝と、その弟君とをお連れして、北の、北芒のほうへ落ちられたそうだ」
帝が、都を出た。麦は、その言葉の大きさが、すぐには分からなかった。村にいた頃、麦にとって帝とは、空のように遠いものだった。誰も見たことがなく、しかし、確かにそこにあって、世のいちばん上に座っているもの。そのいちばん上のものが、夜の山を、足で歩いて落ちていく。麦の頭の中で、空が、地に降りてきて、土の上を裸足で歩いていた。
翌々日、北芒からの話が、都に伝わってきた。
帝の一行は、夜の山をさまよっていたところを、西から来た一軍に迎えられたのだという。涼州の、董卓の軍だった。
その先頭の、武張った大男が、馬上から帝に問うた。何があったのか、と。だが、年若い帝は、怯えるばかりで、言葉が出なかった。震えて、うつむいて、ひと言も答えられなかった。
代わりに、答えた者があった。
帝の弟、陳留王劉協である。まだ九つだという。その童が、馬上の大男を恐れもせず、事の起こりから、宦官が帝を連れ出した次第まで、初めから終いまで、よどみなく述べたのだという。
麦は、その話を、水を担ぎながら聞いた。
怯えて口もきけぬ兄と、落ち着いて事を語る、九つの弟。聞いた者は、みな、その弟のほうを褒めた。たいした童だ、と。麦も、たいしたものだと思った。だが、思ったすぐあとで、胸の奥が、すうと冷えた。馬上の武人が、二人の童を見比べている。どちらを上に置くかを、その武人が、見比べて、決めようとしている。帝とは、誰かに見比べられて決められるものだったか。
幾日もせぬうちに、その董卓の軍が、洛陽へ入ってきた。
麦は、大路の端で、それを見た。
涼州の兵だった。都の兵とは、まるで違っていた。日に灼けて、砂をかぶって、馬と汗のにおいがした。鎧は使い込まれ、刃は、飾りではなく、人を斬る道具として腰にあった。彼らは、都の大路を、わが家の庭でも歩くように、ゆっくりと進んでいった。道の両側の家は、戸を固く閉ざしていた。
麦は、その兵の列を見ながら、いつか皇甫嵩の軍を見たときのことを思い出していた。あのときの兵も、こんなふうに砂のにおいがした。賊を討つ兵。境を越える兵。荀彧が、いつか言っていた。賊が抑えられたあと、その兵と銭は、誰のものになるのか、と。
いま、その問いの答えが、都の大路を歩いていた。
麦は、水桶を担ぎ直した。肩に食い込む重みだけが、いつもと変わらなかった。




