第3話:納めの先
――中平六年(一八九年)、洛陽。
都では、荷を担ぐ手が、余っていた。
守宮令の役所は、書きものの道具を数えるだけの役である。荀彧の供として運ぶ荷は、しれていた。麦は、日の半ばを、住まいの前で、手持ち無沙汰に過ごすようになった。村では、日の出から日の入りまで、手の空くということが、なかった。
その麦に、人を集めて回る男が、声をかけてきた。
銭を運ぶ手が、要るのだという。その日のうちに、銭がもらえる。麦は、行く、と答えた。
集められたのは、十人ばかりだった。積み場には、紐に通してひと括りにした銭の束が、山と積んであった。それを籠に移して、担ぐ。持ち上げてみて、麦は、少し驚いた。
銭は、米より、重かった。
同じかさなら、比べものにならない。肩に食い込む縄の痛みは、村で米を運んだときと、同じだった。ただ、あのときは、丘の上まで、坂を登ればよかった。今日は、都の大路を、まっすぐ西へ、どこまでも歩かされるらしかった。
列の先に、荷の主がいた。
四十がらみの、日に灼けた男だった。着ているものは新しいが、身のこなしは、都の官には見えなかった。歩きながら、しきりに、指を折っていた。
麦の前を行く人足が、小声で教えてくれた。あの人は、県の令になるのだという。銭を納めて、任地をもらう。今日は、その銭を、西の御苑へ納めに行くのだ、と。
男の指は、止まらなかった。
やがて、その独り言が、麦の耳にも届いた。
「一年で戻る。二年目からは、己のものだ」
何が戻るのか、麦には、すぐには分からなかった。分からぬまま、しばらく歩いて、分かった。
この銭は、任地の民から、取り戻すのだ。
麦は、肩の籠を、担ぎ直した。中で、銭が、乾いた音を立てた。
御苑の門は、西にあった。
人の背の三倍はある塀が、どこまでも続いていた。門の前には、麦たちと同じような荷の列が、幾つも待っていた。どの列の先にも、指を折る男が、一人ずつ、立っていた。
門のところに、宦官の下役がいた。
白い手をした、若い男だった。籠の中身を検め、帳面に何かを書きつけ、また次の籠を検める。並んだ人足の顔は、一度も、見なかった。
麦の番が来た。
籠を下ろそうとしたとき、肩の縄が、汗で滑った。籠が傾いて、その束の一つが、地に落ちた。麻縄が切れて、銭が、石畳の上に散った。
乾いた音が、門の前に、いくつも、跳ねた。
下役の棒が、麦の背を打った。二度、打たれた。痛みより先に、息が、詰まった。麦は、地に膝をついて、散った銭を、一枚ずつ、拾い集めた。拾いながら、指が、震えた。村で飢えていたころ、これだけの銭は、見たことも、なかった。
拾い終えると、下役は、それを、また数え直した。数が合うと、何も言わずに、帳面に、書きつけた。
その日の銭からは、いくらか、引かれた。
列が動いて、麦は、門の内を、一瞬だけ、見た。
蔵の戸が、開いていた。中に、同じ束が、積まれていた。人の背より高く、幾つも、幾つも。戸から差した日が、その山の端を、鈍く光らせていた。
麦は、それを、見た。
村で、麦が丘の上へ担ぎ上げた米。あの米も、どこかで銭に替えられて、こういう山の、どこかに、積まれているのかもしれなかった。そして、この山の前で指を折っていた男が、これから、任地の村から、取り戻す。取り戻された分は、また、ここへ運ばれてくる。
輪になっている、と麦は思った。
都に着いた日、麦は、門の外で、村の飢えとこの都の蔵とが、一本の糸でつながっている、と思った。糸ではなかった。輪だった。そして、その輪の、いちばん下に、村がある。麦のいた、あの村が。
麦は、その村から出てきて、いま、その輪の、銭を運ぶところを、担いでいた。
日が暮れて、麦は、住まいへ戻った。
荀彧が、文机の前にいた。麦が入っていくと、顔を上げた。そして、麦の肩を、見た。破れた衣から、打たれた痕が、覗いていた。
荀彧は、何も、訊かなかった。
しばらく、麦を見て、それから、目を、文机へ戻した。麦も、何も言わなかった。言うことが、なかった。ただ、湯を沸かし、飯の支度をした。
その夜、寝床で、麦は、背の痛みを、感じていた。
いつか荀彧が言った言葉が、その痛みの上に、ふいに、乗った。賊を抑えるために、地方に兵と銭を預けた。抑えられたあと、その兵と銭は、誰のものになる――あのとき、麦は、答えられなかった。
今日も、答えは、出なかった。
ただ、あの蔵の、積まれた銭の山だけは、目の裏に、残っていた。あれは、誰のものなのか。少なくとも、あれを運んだ麦のものでは、なかった。麦の肩に残ったのは、縄の痕と、打たれた痣だけだった。




