第2話:天下の切り売り
――中平六年(一八九年)、洛陽。
都に着いて、ひと月もしないうちに、麦は、おかしなことを聞いた。
去年、帝が、地方の州に、州牧という官を置いた、というのだ。
それまで、州を見ていたのは刺史という官で、これは州の役人たちの仕事ぶりを見回る、監察の役にすぎなかった。州牧は、それを、ぐっと格上げしたものだという。一州の兵も、政も、銭も、一人の長官が一手に握る。門の外の下人の一人が、それを、こう言った。
「帝が、ご自分の手から、地方を手放されたのよ」
言い出したのは、劉焉という、帝の一族の老人だったらしい。賊があちこちで起こるのは、州を見る官が軽すぎるからだ。重い臣を州牧として下し、一手に治めさせよ――そう帝に説いた。
そして、その劉焉自身が、真っ先に、益州の牧となって、西の奥へ下っていった。益州には天子の気がある、と誰かに吹き込まれたからだ、という噂も流れた。劉虞は幽州の牧に、黄琬は豫州の牧に。名のある者たちが、それぞれ一州を抱えて、都を出ていった。
麦には、その話のどこが大事なのか、よく分からなかった。
夜、荀彧の宿で、麦は、それをそのまま口にした。荀彧は、文机の前で、しばらく黙っていた。それから、麦にというより、自分に確かめるように言った。
「賊を抑えるために、地方に兵と銭を預けた。賊が抑えられたあと、その兵と銭は、誰のものになる」
麦は、答えられなかった。
荀彧は、それ以上は言わなかった。ただ、麦が村で聞いた、世が改まるという言葉が、なぜか、また喉の奥に戻ってきた。劉焉は、益州を抱えて、もう都へは戻らないだろう。麦にも、それくらいは、分かるようになっていた。




