第1話:都の底
――中平六年(一八九年)、洛陽。
洛陽の門をくぐって、麦は、まず、においに驚いた。
人と物と、糞と香の、むせ返るようなにおいだった。城壁は潁川のどの郡城より高く、大路はまっすぐで、見上げるほどの楼閣が並んでいた。これが天下の中心か、と麦は思った。だが、その大路の脇には、痩せて動かぬ者が、村で見たのと同じように転がっていた。飢えは、ここにもあった。
麦は、荀彧の供をして都へ上ってきた。
荀彧は孝廉に挙げられ、守宮令という官に就いた。宮中で筆や墨、書きものの道具を預かる、いちばん下の役だという。王佐の才と言われた男が、都へ出て最初に与えられたのが、それだった。麦は荷を担いで宮城の門まで送り、あとは外で待った。下人の麦は、門から内へは入れない。
待つあいだに、麦は、いろいろなことを耳にした。
同じように門の外で待つ下人たちが、声をひそめて話していた。帝は、西の御苑に部屋を建て、そこで官を売っているのだという。県令はいくら、太守はいくら、と値が決まっている。買った者は、任地で民から取り立てて、元を取る。
帝は、売って得た銭を、これも西の御苑に積み上げているらしい。天下じゅうが飢えても、その蔵だけは満ちていく。
帝のそば近くには、十常侍という宦官たちがいた。帝が、張譲を我が父、趙忠を我が母と呼ぶ、その者たちだ。官を売るのも、賄賂を取り次ぐのも、その手を通ると言われていた。
麦は、村の太守が誰だったかを思い出した。飢饉のときに、何もしなかった男だ。あの男も、ここで官を買ったのかもしれない。村の飢えと、この都の蔵とは、一本の糸でつながっていた。糸の端は、この、見上げるほどの宮城の中にあった。
日が暮れて、荀彧が門から出てきた。
一日、書きものの道具を数えて過ごした男の顔は、疲れてはいなかった。ただ、何かを見極めようとするように、静かだった。麦が、聞いたことをそのまま話すと、荀彧は、短く言った。
「知っている」
それだけだった。荀彧は、都の灯を見ていた。ぽつり、ぽつりと、灯がともる。潁川の丘の上の荀家にともっていたのと、同じ灯だった。だが、ここでは、その灯の数が、桁違いに多かった。多い分だけ、その下で売り買いされているものも、多いのだろう。麦には、そう思えた。




