第6話:西園の校尉
――中平五年(一八八年)、洛陽。
都が、曹操を呼び戻した。
病は癒えたことになり、曹操は洛陽へ上った。賊は各地でまだ燻り、辺境は乱れ、帝は、自前の軍を欲していた。
宮中の西の園に、新たな軍が置かれた。
西園八校尉という。八人の校尉が、これを率いる。帝が、大将軍の兵を信じきれず、自分の手で握るために置いた軍だった。曹操は、その一人、典軍校尉に任じられた。
顔合わせの場で、隣に立った男が、低く言った。
「妙な軍だ。陛下は、大将軍の兵を信じておられぬ。だから、宮中の西の園に、八人の校尉を置いて、自前の軍を握られた。その筆頭が、よりにもよって、宦官の蹇碩だ。我らは、宦官の下に並ぶわけだ」
言ったのは、袁紹だった。
四世にわたって三公を出した、河北の名門の出である。背は高く、物腰は落ち着き、立っているだけで、人がその周りに集まった。曹操とは、若い頃からの知り合いだった。
曹操は、その横顔を見た。
同じ年ごろの、同じ校尉。だが、生まれが違った。袁紹が立てば、名望が後ろに従う。曹操が立てば、宦官の孫だ、と囁きが追ってくる。同じ場所に並んでいて、足の下の地面だけが、違っていた。
蹇碩の名を、曹操は、袁紹よりも、いくらか重く聞いていた。
十数年前、洛陽の北部尉だった曹操が、五色の棒で打ち殺したのは、ほかならぬ、この蹇碩の叔父だった。叔父を殺された宦官の甥が、いま、曹操の頭の上に、筆頭として立っている。かつて棒で打った相手の下に、いま、自分は並んでいた。曹操は、列の中で、まばたき一つ、しなかった。
「気に入らぬなら、退けばよい」
曹操が言うと、袁紹は笑った。
「お前こそ。済南で、あれだけ濁りを嫌った男が、宦官の握る軍の校尉になるとは」
「水を澄ませるには、まず、水の中に入らねばならない」
袁紹は、それには答えず、ただ、面白そうに曹操を見た。
その頃、帝の体は、目に見えて弱っていた。帝が崩れれば、この自前の軍を、誰が握るかで、宮中はふたつに割れる。大将軍の何進と、宦官の蹇碩と。八人の校尉は、その割れ目の、ちょうど上に立たされていた。
曹操は、西の園の、まだ調練の整わぬ兵を眺めていた。
この軍も、いずれ、誰かのものになる。いちばん近くで兵を欲しがっている者の手に、落ちる。済南の水と、同じだ。澄ませても、上流が濁っていれば、また濁る。その上流は、いま、この西の園の、すぐ隣にあった。
その胸の内を、曹操は、隣の袁紹にも明かさなかった。
第二章 澄ませぬ水 ――完。




