第5話:譙の狩り
――中平四年(一八七年)、豫州沛国譙。
譙では、春と夏は書を読み、秋と冬は狩りをして暮らした。
弓を引き、馬を駆り、野を駆けた。済南で切った糸のことも、都で睨み合う者たちのことも、口にしなかった。何を待っているのか、近しい者にも分からなかった。ただ、刀を抜くでも、納めるでもなく、研ぎもせず、鞘に手をかけたまま、曹操は野にいた。
野を駆けるあいだ、曹操は、ずっと若い頃のことを、思い出すことがあった。
まだ官にも就かぬ時分、名門の名士たちは、宦官の孫を、まともに見ようとはしなかった。そのなかで、ただ一人、橋玄という老臣だけが、若い曹操を長いこと見つめて、こう言った。
「天下は、これから乱れる。並の才では、救えぬ。それを安んじられるのは――君ではないかな」
三公まで上りつめた老臣が、名も無い若者に、そう言った。そして、君はまだ世に知られていないから、人を見抜くことで名高い許劭と交わるがよい、と勧めた。
曹操は、その許劭に、自分がどういう人間かを問うた。許劭は、答えるのを渋った。曹操が問い詰めて、ようやく、こう言った。
「治める世であれば、有能な臣。乱れる世であれば、姦雄だ」(治世の能臣、乱世の姦雄)
曹操は、それを聞いて、大いに笑った。
なぜ笑ったのかは、自分でも、うまく言えなかった。いま、譙の野を、風が抜けていく。世は、治まる側へは向かっていなかった。各地で黄巾が燻り、都では官が売り買いされ、宦官と外戚が睨み合っている。許劭の言葉の、後ろ半分だけが、年々、近くなっていた。
その頃、父の曹嵩が、都で太尉になった。
国の軍事を司る、三公の一つ、臣下の最も高い位の一つである。曹嵩は、それを、銭で買った。一億の銭を朝廷に納め、官を得たのだという。宦官の養子から成り上がった家が、銭で三公の位を買う。それが、いまの世の、上り方だった。
曹操は、父の出世を祝う使いには、短い言葉を返しただけだった。
済南で、彼が職を奪った役人たちも、つまりは、同じやり方で官を保っていた。父が買ったものと、彼が罰したものとは、根が同じだった。長社で斬った黄巾を生んだのも、同じ根だった。そのことを、曹操は、誰にも言わなかった。野へ出て、また一頭、獲物を仕留めた。
――中平五年(一八八年)、豫州沛国譙。
譙の野へ、思いがけぬ客が来た。
冀州刺史・王芬の、密使だという。人払いをさせて、使いは、声を低くした。いまの帝を廃して、合肥侯という、別の血筋の宗室を、新しい帝に立てる。冀州には兵がある。名のある士が、すでに幾人も加わっている。ついては、君にも、力を貸してもらいたい――。
帝の廃立。臣下が、天子を、取り替える。
曹操は、返事の文を書いた。廃立というのは、天下でいちばん不吉な事だ。遠い昔にそれを成し得た者は、深い力と、天下の望みとを、あらかじめ備えていた。それでもなお、薄い氷を踏むように危ぶみながら、事を運んだ。諸君に、その備えがあるか。兵を集め、名を連ねただけで、成る事ではない――。
断りの文を、使いに持たせて、帰した。
やがて、風の便りが届いた。企ては、事を起こす前に漏れて崩れ、王芬は、追われて、みずから死んだという。曹操は、その報せを聞いても、何も言わなかった。ただ、弓を下ろして、しばらく、北の空を見ていた。
帝を替えたいと望む者は、もう、名士の中にさえ、いる。
ただ、その望みを支えるだけの力が、まだ、誰の手にも無い。もし、いつか、力だけはある者が、同じことを思いついたら――そのとき、誰が、止めるのか。曹操は、その先を考えるのを、やめた。譙の野の風が、冷たくなっていた。




