第3話:済南の相
――中平二年(一八五年)、青州済南国。
済南国の濁りは、着任した初日に知れた。
相とは、国の長官である。十あまりの県を抱えるこの国で、その県の役人のほとんどが、賄賂で官を保ち、賄賂で罪を見逃していた。
国には、城陽景王という、昔の皇族を祀る祠があった。よく効くという評判で、近隣の郡からも参る者が絶えなかった。だが、その供物と寄進は、神に届く前に、そっくり役人や土地の有力者の懐へ流れ込んでいた。神を祀る顔をした、ただの、利の溜まり場だった。
曹操は、一つずつ、それを潰しにかかった。
まず、役人の罪を、一人ずつ調べ上げた。
帳簿を取り寄せ、訴えを集め、賄賂の出どころと行き先を、丹念にたどった。逃げ道を塞いでから、罪を挙げて、職を解いた。半年のうちに、十のうち八の役人を、退けた。
退けられる側は、黙ってはいなかった。
ある日、罪を挙げられた県の役人が、みずから、相の役所へ乗り込んできた。座に着くなり、その男は、都の有力者の名を、二つ、三つ、並べた。
「相さま。私を退ければ、都の、どなたが、黙っておられぬか。お分かりでございますか」
「分からぬ」
「では、お教えいたしましょう」
「いや。教えてもらう」
曹操は、筆を取った。
「その名を、書き留める。一人ずつ、ゆっくり言え」
男の顔から、血の気が、引いた。
脅しの札を並べたつもりが、その札を、そのまま帳面に書き取られている。糸の先に都の誰がいるかが分かれば、どこまで腐っているかが分かる。それだけのことだった。男は、それきり、名を口にしなくなった。役所を出ていく背に、曹操は、何も、言わなかった。
城陽景王の祠は、祭りそのものを禁じた。
いかがわしい祀りを取り締まり、供物の道を断った。祠で食っていた者たちは、慌てた。土地の有力者の中には、国の外へ逃げ出す者さえ出た。
済南の水は、いっとき、澄んだ。
だが、澄ませた者を、人は喜ばなかった。
祠の利も、役人の賄賂も、済南だけのものではなかった。糸をたどれば、都の有力者に、宦官に、名門に、いくらでも繋がっていた。一国の相が、その糸の端を、何本も切った。切られた側は、忘れない。
宦官たちは、それでもなお、曹操を、同じ側の者だと思っていた。済南で糸を切られて、はじめて、そうでないと知った。
名士からは宦官の孫と侮られ、宦官からは裏切り者と睨まれる。
曹操は、そのどちらにも属さぬまま、自分が澄ませた水の中に、ただ一人で立っていた。




