第5話:遼東(りょうとう)の客
――建安十二年(二〇七年)秋、遼東。
公孫康は、遼東の館で、二人の客を、どう始末するかを考えていた。
白狼山で烏桓が砕かれたあと、袁尚と袁熙は、わずかな供とともに、遼東へ逃げ込んできた。公孫康を頼って、この地で、もう一度、兵を集め直そう、というのだろう。公孫康は、その腹の底も、見抜いていた。あわよくば、この遼東そのものを乗っ取るつもりでいる。落ちぶれてなお、名門の子は、人の地をあてにする。
公孫康の家は、代々、この遼東に拠ってきた。
中央から遠く離れた、東の果ての地である。漢の力が衰えてからは、ほとんど、独りで、この地を治めてきた。誰に膝を屈することもなく、この辺境の一角で、生き延びてきた。その公孫康にとって、いま転がり込んできた二人の名門の子は、厄介な、そして、使いようによっては、値打ちのある、荷物だった。
弟の公孫恭が、館の奥で、声を潜めて訊いた。
「兄上。兵を、貸すのですか」
「貸すものか」
「では、追い返しますか。追い返せば、あの二人は、他の郡で、同じことを言って回ります」
公孫恭は、体の弱い、気の小さい男である。
だが、気の小さい者の心配は、たいてい、当たっていた。追い返しても、匿っても、この二人は、遼東に厄介を運んでくる。値打ちの向きが、どちらに転ぶかは、一つのことにかかっていた。
曹操が、来るか、来ないか。
「斥候を出せ。柳城の兵が、東へ動くかどうかを、見てくればいい」
「動いていたら」
「そのときは、袁尚と手を結ぶ。二人と一緒に、防ぐ」
「動いていなければ」
公孫康は、答えなかった。
答えなくても、弟には、分かったらしかった。公孫恭は、顔を伏せて、下がった。
やがて、報せが、届いた。曹操の軍は、柳城のあたりで、兵を止めた。烏桓を砕いたきり、それ以上、東へは、進んでこない。遼東へ攻め寄せる気配は、まったく、なかった。曹操は、明らかに、この遠い辺境まで追ってくる気は、ない。
それを聞いて、公孫康は、腹を決めた。
曹操は、賢い。あの男は、読んでいる。ここで無理に兵を進めれば、この公孫康は、追い詰められて、袁尚と結ばざるを得ない。二つの力が一つになれば、遼東は、厄介な土地になる。だが、兵を退いて、放っておけば――放っておかれた公孫康が、生き延びるために、自分から、袁尚を斬って、その首を差し出してくる。曹操は、それを待っている。
その読みの手のひらの上で。
公孫康は、あえて、その通りに動くことにした。抗ったところで、この辺境の一族に、曹操と正面から渡り合う力は、ない。ならば、曹操の望むものを、こちらから差し出して、機嫌を取り、この遼東を安堵してもらう。それが、辺境で生き延びる者の勘定だった。
公孫康は、館の壁の陰に、剣を持った兵を伏せさせた。
そして、袁尚と袁熙を、対面の席に招いた。二人は、いずれ兵を貸してもらえるものと、疑いもせず、館の奥へ入ってきた。秋も末の、凍えるような日だった。
座に着いた袁尚が、床を見て、眉を寄せた。
「敷物が、ないな」
「ございませぬ」
「冷える。持ってこさせよ」
名門の子の口ぶりだった。
この期に及んで、人の館で、敷物を命じる。父の代には、四つの州が、この一族の言葉で動いた。その癖だけが、身一つになっても、残っている。公孫康は、その顔を、しばらく眺めてから、言った。
「お前の首は、これから、万里を行くのだ。敷物が、要るか」
袁尚の顔から、血の気が引いた。
その一瞬だった。壁の陰から、伏せていた兵が、躍り出た。袁尚と袁熙は、声をあげる間もなく、床に組み伏せられた。落ちぶれてなお名門の子であった二人は、遼東の凍えた床の上で、あっけなく、斬られた。河北四州に号令した袁紹の最後の二人の子の、それが、最期だった。
公孫康は、その二つの首を、丁寧に箱に納めさせた。
箱は、はるばる、曹操のもとへ送られた。落ちてきた者を斬り、その首を勝った者へ差し出す。そうやって、公孫康は、この遼東の地を、また当分、己の手に保った。辺境の生存者の冷えた作法だった。
箱を見送ってから、公孫恭が、そばへ来た。
「これで、当分は」
「当分だ」
「当分とは、どのくらいです」
「あの男が、南で忙しいあいだだ」
曹操は、その首を、手を汚さずに受け取った。一兵も損なわずに、袁氏は、根まで、絶えた。




