第13話:九つの州
――建安九年(二〇四年)冬、豫州許。
荀彧は、鄴から来た書を、二度、読んだ。
都の尚書台である。尚書令――朝廷を出入りする文書を残らず通す役を、荀彧は、もう八年、預かっていた。天子は、この許におられる。天子の名で出る詔も、州や郡から上がる願いも、みな、この部屋の卓を通っていく。曹操が北にいるあいだ、漢の朝廷は、荀彧の手元で回っていた。
書には、鄴での議が、写してあった。
誰かが、こう説いたという。いまこそ、古の九つの州の制に戻すべきです、と。
いまの天下は、十三の州に分かれている。それを、書物に伝わる古の形――九つの州に括り直す。そうすれば、冀州の受け持つ土地は、いまの何倍にもなる。天下は、その大きさに服する、と。
曹操は、それに従うつもりでいる、と書は伝えていた。
書を運んできた吏が、返事を待って、下座に控えていた。
「鄴では、この議を、どう見ておりますか」
「よい話だ、と申す者が多うございます。冀州が大きくなるのですから、鄴の者は、みな喜んでおります」
「喜んでいるのは、鄴の者だけでしょう」
吏が、口をつぐんだ。
荀彧は、卓の上に、地図を広げさせた。
九つに括り直すとは、どういうことか。古の冀州の内には、河東が入る。関中の東の縁が入る。并州が入り、幽州が入る。つまり、いま曹操が握った冀州に、それだけの土地を、まとめて呑ませることになる。
呑まれる側は、誰か。
その土地に、いま兵を養って坐っている者たちである。関中の将たち。并州に残る者。幽州の郡の太守たち。彼らが、この令を読んで、まず何を思うか。
自分の土地は、残らないのだ、と思う。
荀彧は、日の暮れるまでかけて、返書を書いた。
はじめに、書いた。いま冀州を大きくすれば、河東も、并州も、幽州も、そこに坐る者の手から離れる。彼らは、次はわが身だと思う。関中の将たちには、かねて、関を閉ざして中原と切れよと勧める者がいる。この令が届けば、その勧めのほうが、正しく聞こえてしまう。
次に、書いた。北へ逃げた袁尚は、それで息をつく。青州の袁譚は、二つの心を抱く。荊州の劉表は、江と漢のあいだに、安んじて坐り続ける。天下を図るのは、そのぶん遠くなる。
最後に、順序を書いた。
まず兵を進めて、河北を残らず平らげること。それから、荒れた古い都を修めること。そのうえで南の荊州に臨み、貢ぎ物を納めぬことを責めること。天下が定まってから、古の制を議されればよい。それが、国を長く保つ道です――と。
封をして、吏に渡した。
半月ののち、鄴から返事が来た。九つの州の議は、寝かせる、と。それだけの、短い書だった。
荀彧は、その一行を、長く見ていた。
容れられた。今度も、容れられた。天子を迎えよと説いたときも、官渡で退くなと説いたときも、この人は聞いた。聞いて、そのとおりにした。だから荀彧は、二十年近く、この人の背中を押してきた。
ただ、今度のは、少しだけ、違っていた。
これまで荀彧が止めたのは、戦の進退である。今度止めたのは、州の形だった。州の形を変えるという話は、いつか必ず、州ではないものの形の話になる。誰かが、鄴で、それを言いはじめている。言いはじめた者は、おそらく、一人ではない。
窓の外は、許の冬だった。
この都の真ん中には、天子がおられる。飢えた洛陽から迎え、この地に据え、朝廷の形を一つずつ組み直してきた。組み直したのは、荀彧である。組み直させたのは、曹操だった。
荀彧は、卓の地図を、静かに巻いた。
巻きながら、河北の広さを、指の幅で、もう一度、測った。九つに括るという話は、寝かせただけである。寝ているものは、いつか、起きる。




