↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志 ―正史群像―  作者: ソリトん
第三部 三つへの収斂(しゅうれん) / 第一章 河北の同士討ち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
123/139

第9話:北へ向いて

 ――建安九年(二〇四年)、冀州鄴。


 審配は、縄を打たれて、曹操の前に引き出された。

 城が落ちて、なお戦い、ついに囲まれて、生きたまま捕らえられた。痩せて、傷を負い、それでも、審配の背は、伸びていた。引き据えられても、その目は、伏せられなかった。

 曹操は、その審配を、しばらく眺めていた。

 この男の剛直さは、曹操も、かねて聞き知っていたという。鄴を、これほど長く守り抜いたのも、この男の一徹さゆえだった。使えるものなら使いたい、という顔をしていた。曹操が、口を開こうとした、そのとき――

 傍らから、一人の男が、進み出た。辛毗だった。

 審配は、その顔を見て、はじめて、表情を動かした。この男の兄は、袁譚の腹心の辛評である。そして、辛毗が袁譚の使者として曹操のもとへ走ったとき、審配は、鄴に残っていた辛評の一族を、家を割る側に付いた者の縁者として、ことごとく、獄に下し、死なせていた。

 辛毗の目が、赤かった。手には、馬の鞭が、握られていた。

 その鞭が、いきなり、審配の頭に落ちた。


「人でなしが。……お前は、今日、本当に、死ぬのだぞ」


 二度、三度と、鞭が来た。ほかにも、袁氏に一族を殺された者が、幾人か、いた。その者たちが、争うように、鞭を振るった。額が切れて、血が、目に入った。

 審配は、縄目のまま、首だけを回した。

 そして、その者たちを、見上げた。


「犬ども。私の冀州を破ったのは、外の兵ではない。お前たちだ。生きているうちに、お前たちを殺しておけなかったのが、心残りだ。……それに、私を殺すか生かすかは、お前たちの決めることではあるまい」


 鞭が、止まった。

 辛毗の手が、震えていた。振り上げた腕が、そのまま、下りなかった。血の流れる顔に、悔いは、微塵もなかった。審配は、その男から、目を逸らした。逸らした先に、曹操がいた。曹操が、静かに問うた。私に仕えぬか、と。この城を守り抜いたお前の力を惜しむ、と。

 審配は、首を横に振った。

 仕えぬ。この身は、袁氏のものだ。曹操は、なおも問うた。袁尚は、北へ逃げ、もはや家を興す望みもない。それでも、か、と。審配は、答える代わりに縄を打たれた身を、ゆっくりと動かした。膝を折り、体の向きを変えていく。

 北を向いた。

 北へ逃げた、主君の袁尚のいる方角である。滅びかけた家の逃げた当主の方へ、審配は、まっすぐに向き直った。


「我が君は、北にあられる。斬るなら、私の首を、北へ向けたまま、斬れ」


 周りの者が、息を呑んだ。

 勝った側に膝を屈すれば、生きられた。その力を、曹操は、確かに惜しんでいた。それでも、審配は、負けた主君の方へ体を向けて、動かなかった。地は、失われた。城は、落ちた。主君は、逃げた。何一つ、残らなかった。ただ、この一身が北を向くこと、その一点だけは、誰にも、奪えなかった。

 うしろで、刃を抜く音が、した。

 審配は、北の空を見ていた。城壁も、水も、飢えた民も、裏切った甥も、もう、目に入らなかった。ただ、遠い北の、逃げた主君のいる方角の灰色の空だけが、見えていた。滅びゆく家に殉じる、それが、この身の最後の務めだった。

 その空が、審配の目に映る、最後のものになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。