第6話:西の風
――中平四年(一八七年)、荊州長沙郡。
その冬、都のほうから、不穏な報せが流れはじめた。
涼州で、董卓という将が、賊を討ちながら、兵を手放そうとせぬという。
程普は、その名に、覚えがあった。あの、涼州の幕舎で、上座にも頭を下げなかった男だ。孫堅が斬れと言い、張温が惜しんで斬らなかった、あの董卓だった。
噂の域を出ぬ話ではあった。だが、賊を討つために預けられた兵が、賊の勢いが薄れてもなお、董卓の手元から離れないのだという。
賊が消えても、その軍は残る。
程普は、その報せを、自分たちのことのように聞いた。孫堅も、賊を討つ将だった。区星を討ち、隣郡の境を越え、侯になった。賊を討つあいだは、何をしても咎められない。董卓も、同じだった。涼州の、漢とも胡ともつかぬ荒い兵を、賊を討つという名目のもとに、まるごと抱え込んでいる。
違いは、董卓のほうが、ずっと大きな軍を、ずっと都の近くで抱えていることだった。
孫堅は、その報せを聞いて、しばらく黙っていた。
それから、刀の手入れを始めた。
賊を討つための刀だ。砥石をあて、丁寧に、刃を研いでいく。程普は、その手元を見ていた。研がれていく刃が、灯を映して、白く光った。
だが程普には、その刃が、もう賊だけを映しているようには、見えなかった。
涼州にも、ここ長沙にも、同じものがあった。董卓の刃も、孫堅の刃も、同じ灯を映して、研がれていた。やがて、その刃の向く先に、賊ではない誰かが立つ日が来る。程普には、それが、まだ形にならぬまま、胸の底に、重く沈んでいた。
刀の手入れを終えると、孫堅は、それを鞘に納めた。
乾いた音が、ひとつ、陣に響いた。
第一章 御せぬ武 ――完。




