第12話:烏巣の兆し
――建安五年(二〇〇年)、官渡。
その日の幕には、めずらしく、許攸がいた。
袁紹の古い友である。若い頃、洛陽で袁紹と馬を並べた仲だと、本人が、たびたび言う。近ごろは、幕の隅に坐って、話が終わるのを待っていることが多かった。その男が、その日は、卓の前まで出てきた。
「曹操は、兵が少ない。少ない兵を、ありったけ、ここへ持ってきて、我らに向けている。ということは、許の留守は、空だ」
許攸は、卓に広げた絹の図の上に、指を置いた。
「身軽な騎を選んで、夜を日についで走らせ、許を襲う。落ちれば、曹操は、その場で生け捕りだ。落ちなくとも、あの男は、頭と尻尾の両方を庇って、走り回ることになる。そうなれば、必ず、破れる」
沮授は、その指の先を、見ていた。
通っている、と思った。曹操がこの官渡から動けずにいるのは、後ろが薄いからである。薄いところへ、細い刃を一本、回す。兵の数を使わずに済む策だった。
袁紹は、腕を組んだまま、しばらく、図を見ていた。
それから、言った。
「まず、ここで、あれを囲んで取る」
それだけだった。
許攸は、指を引いた。引いて、何も言わずに、自分の席へ戻った。戻る途中で、一度だけ、袁紹のほうを振り返った。振り返って、また、前を向いた。
沮授は、その半歩を、見た。
この男は、いま、何かを、諦めた。
許攸のことを、幕の者は、あまり好かなかった。
欲が深い。田を広げ、身内に糧の割り振りを預けさせ、取れるものは取る。袁紹は、それを知っていて、放っていた。放ってはいたが、満たしてやりもしなかった。三十年そばにいて、官も、地も、この男が思っているほどには、与えられていない。
欲の深い者に、欲だけ残して、餌をやらない。
沮授は、その扱いを、前から、危ういと思っていた。
沮授は、それでも、袁紹に、慎重な戦を説き続けた。
「兵糧です。大軍は、兵糧で動きます。烏巣に集めた我らの兵糧――あれに、もっと兵を割いて、守りを固めるべきです。曹操は、必ず、そこを狙います」
袁紹は、また、聞かなかった。
大軍の正面が、これだけ優勢なのだ。後方の兵糧まで、いちいち案じることはない、と。沮授の進言は、また、握りつぶされた。
三度目だった。
同じ幕の、同じ座で、同じ顔の前に立つのも。袁紹は、この頃、人の話を聞き終える前に、次の話を始める癖がついていた。沮授は、幕を出るとき、自分の声が、まだ幕の中に残っているような気がした。残ったまま、誰にも拾われずに、消える声だった。
その夜、沮授は、灯を消さずに坐っていた。
眠れぬのではない。眠っても、明日、同じことを、また言わねばならぬと分かっていた。
夜半に、馬が一騎、北から陣へ入ってきた。
河北の鄴――袁紹の本拠から、河を渡ってきた使いである。蹄の音は、営の門で一度止まり、それから、袁紹の本営のほうへは行かずに、東へ折れた。東には、許攸の営があった。
しばらくして、東の一角が、明るくなった。
火事ではない。灯である。一つ、二つと点り、やがて、その一角だけが、昼のようになった。人を起こす声がした。天幕の張り綱を叩く音がした。物の倒れる音がして、女の声がして、それを叱りつける男の声が続いた。
沮授は、外へ出た。
営と営のあいだの道を、灯を提げた一団が、こちらへ歩いてきた。
真ん中に、縄を打たれた者が、二人いた。どちらも若い。顔に見覚えがあった。許攸の一族の者で、この陣で、糧の割り振りを預かっていた者たちである。
先に立つ吏が、沮授に気づいて、足を止めた。
「鄴の、審配どののご下知です」
「本人には」
「これから、申し上げます」
吏は、それだけ言うと、また歩き出した。
留守を預かる審配が、鄴で、許攸の家の者を、法を犯したかどで捕らえた。その手が、河を越えて、前線まで伸びてきた。沮授は、道の端へ寄って、灯の列を、通した。
止める筋は、無かった。
法は、法である。あの家が鄴で何をしていたかを、沮授は知らない。知らないが、見当はついた。昔から、そういう家だった。審配は、その一点を、いま掴んだのだ。
ただ、沮授には、もう一つ、見えていた。
この陣で、袁紹の腹の中身を、いちばん多く知っている男の家が、後ろから縛られた。曹操と睨み合っている、この夜に。
東の一角の灯が、ふいに、消えた。
消えたあと、しばらく、何も聞こえなかった。それから、道の向こうに、馬が一頭、現れた。
歩かせていた。急がせれば、人が起きる。
馬は、沮授の前で、一度、止まった。許攸が、鞍の上から、見下ろした。荷は、負っていない。何か言うのかと思ったが、言わなかった。沮授も、言わなかった。何を言えばよいのか、分からなかったのではない。言うべきことは、はっきりしていた。どこへ行く、と訊けばよかった。訊けば、この男は、答えたはずだった。
馬は、また、歩き出した。
鄴へ行くのだ、と沮授は思った。
家の者を捕らえられた男が、まず向かうのは、留守の府である。詫びるにせよ、争うにせよ、行き先は、北だった。
蹄の音は、北へは行かなかった。
営の外へ出て、少し遠ざかり、それから、南へ折れた。夜の風が、その音を、細く、長く、運んできた。南に、味方の陣は無い。南にあるのは、官渡の土塁と、その向こうの、曹操の陣だけだった。
沮授は、その場に、立っていた。
あの男は、袁紹の兵糧の在り処を、何もかも知っている。どこに、どれだけ積んであるか。誰が守っているか。守りの厚い薄いまで、手のひらを指すように知っている。それを抱えたまま、いま、南へ走っていく。
沮授は、袁紹の本営のほうへ、歩き出した。
歩き出して、十歩ほどで、止まった。
いま行って、告げたとして。夜半に主を起こし、許攸が南へ走ったと申し上げる。袁紹は、まず、誰の落ち度かを問うだろう。次に、郭図が、何かを言うだろう。それから、朝までかけて、思案される。夜が明けても、烏巣へ兵を出すかどうかは、まだ決まっていない。
沮授は、遠くの本営の灯を、しばらく見ていた。
灯は、点いていた。誰かが、まだ起きている。それでも、沮授は、そちらへは行かなかった。行かずに、自分の営へ、引き返した。
止められなかったのではない。
馬が前で止まったとき、行き先を訊けばよかった。門の番に呼び止めさせれば、南へは出られなかったかもしれない。沮授は、そのどれもしなかった。しなかった自分を、この先、幾度も思い返すことになるのを、このとき、もう知っていた。
あの男が曹操へ走ったということは、烏巣が、知られたということだ。
沮授が、幾度も守りを固めよと説いた、あの烏巣が。
砂の楼閣が、崩れる音を、沮授は、聞いた気がした。
賢い言は、一つも容れられなかった。持久も、田豊の諫めも、兵権の分割の愚も、烏巣の守りも。すべて、握りつぶされた。あとは、袁紹自身が信じた「大軍の正面」だけが、残っていた。その正面が優勢なうちに、後ろの兵糧が焼かれれば――沮授には、その先が、はっきりと見えた。




