第8話:人だけを連れて
――建安五年(二〇〇年)、延津。
軍は、白馬には留まらなかった。
囲みを解いた翌朝、曹操は、城を、空にすると言った。
蔵が開けられた。運べるだけの穀が車に積まれ、運べぬものには火が入れられた。井戸には、石が落とされた。そして、城の民が、ことごとく、外へ出された。
関羽は、その列を、道の脇から見ていた。
戸板を担ぐ男がいた。鍋を抱えた女がいた。籠に鶏を入れて、その籠を頭に載せている老人がいた。子の手を引いた母が、子に、後ろを見るなと言っていた。子は、二度、振り返った。列は、河に沿って、西へ、ゆっくり動いた。一日に、十里も進まなかった。
城は、返すのに、人は、連れていく。
関羽は、そのことに、しばらく、慣れなかった。
白馬の城は、明日には、袁紹のものになる。曹操は、それを承知で、退いている。土地は、くれてやる。だが、そこに住んでいた者は、一人も、置いていかない。
同じことを、関羽は、幾度も見てきた。
徐州でも、小沛でも、劉備は、負けるたびに、人だけを連れて逃げた。ただ、あれは、連れていくほかに、持っているものが何も無かったからである。土地が無く、城が無く、蔵が無い。だから、人だけが残った。
この人は、違う。
置いていけるものを、幾らでも持っている。持っていて、人だけを、運んでいる。
選んでやっているのだ、と関羽は思った。土地は、渡してもよい。土地は、動かない。動かないものは、いつでも、また取りに来られる。だが、人は、置いていけば、その日から、向こうの人になる。城を取り返しに戻ったとき、その城に、こちらへ穀を出す者が一人もいないのでは、取り返した意味が無い。
地を捨て、人を運ぶ。
関羽は、その列の長さを、目で測った。荷車と、老人と、子と。十万の敵の鼻先で、これだけの列を引きずって歩くというのは、正気の沙汰ではなかった。
三日目に、関羽は、その列の、もう一つの顔を、知った。
列が、遅い。遅いから、追いつかれる。追いつかれるところに、荷がある。
その後ろから、袁紹の騎が、追ってきた。顔良を失った袁紹が、こんどは文醜に追わせたのである。
南阪という坂の下で、曹操は、隊を止めた。
止めて、輜重を――兵糧や物資を積んだ荷車を、道の上へ、そのまま出させた。守りもつけずに、置かせた。民の列だけを、先へ、坂の陰へ通した。
諸将が、色を変えた。
「敵の騎が、丘の向こうまで来ております。荷は捨て置き、営へ還って、守りを固めるべきです」
荀攸は、坂の下から、その道を見ていた。
「これは、敵に食わせるための餌です。なぜ、去るのですか」
それだけだった。
関羽は、荷車の列と、その向こうの丘とを、交互に見た。捨てたのではない。撒いたのだ。民を助けるための列であり、同時に、餌でもあった。連れてきた者たちが、その足の遅さのぶんだけ、敵をここまで引き寄せている。助けることと、使うこととが、一つの列の上で、重なっていた。
諸将は、そこから、幾度も、馬に乗るべしと請うた。
一度目は、丘の向こうに埃が立ったときである。曹操は、坂の下の草の上に坐ったまま、まだだ、と言った。
二度目は、騎の先頭が、丘を越えたときだった。まだだ、と言った。
三度目は、その騎が、道の荷車に近づいたときである。将たちの声が、高くなった。曹操は、答えなかった。答えずに、道を見ていた。
騎が、荷に取りついた。
絹の巻きを鞍に括る者がいた。鎧を担ぎ上げる者がいた。車の梶棒を掴んで、引いて帰ろうとする者がいた。取り合いになって、馬の腹と腹がぶつかった。列というものが、みるみる、無くなっていった。旗は、幾つも立っている。だが、その旗の下に、もう、隊は無かった。
曹操が、立ち上がった。
「よし」
その一言で、坂の裏に伏せていた騎が、いっせいに馬へ乗った。
六百に足りなかった。その六百が、坂を下って、荷に群がる五、六千の中へ、まっすぐ入った。
関羽は、その下り坂を、上から見ていた。
撒くことは、誰にでもできる。難しいのは、いつ食いつかせ、いつ跳ねるかを、決めることだった。あの人は、三度、断った。三度断って、四度目に、自分から立った。
その伏せる騎の中に、関羽の名は、無かった。
外されたのではない。関羽が、自分から、外してもらった。
その半刻ほど前に、斥候が、帰ってきていた。
追ってきた袁紹の騎の中に、もう一つ、旗があるという。文醜のものではない。その将の名を聞いて、関羽は、しばらく、動けなかった。
劉備である。
北にいると噂に聞いていた主が、いま、その丘の向こうにいた。追ってくる側に、いた。
関羽は、その夜、厚遇のただなかで、静かに、決めた。
顔良を斬って、恩は返した。主の在り処も、知れた。もう、この陣に、留まる理由はない。
関羽は、曹操から受けた贈り物を、一つ残らず、封をして、置いた。手をつけずに、返した。そして、別れを告げる文を残して、袁紹のもとにいる劉備へ向けて、馬を北へ向けた。
追手が、かかるかと思った。
だが、いつまで駆けても、後ろから、蹄の音は聞こえてこなかった。後に聞けば、曹操は、追うことを許さなかったのだという。それぞれ、己の主のために動いているのだ、追うな、と。
関羽は、その一事に、曹操の器の大きさを、見た気がした。恩は、返した。義は、通した。そして、その義を、曹操は、惜しみながらも、認めた。武が人を結んだ時代の、最後の輝きの一つが、白馬の野を、北へ去っていった。




