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三国志 ―正史群像―  作者: ソリトん
第九章 地と人

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第5話:檄(げき)

 ――建安五年(二〇〇年)、冀州。


 陳琳(ちんりん)は、その朝、袁紹の府に呼ばれた。

 書けと言われるのだろう、と歩きながら思った。この幾年、呼ばれるのは、いつも、そのためだった。

 陳琳は、筆で世を渡ってきた男である。若い頃は洛陽にいて、大将軍の何進の下で、文書を預かっていた。何進が宮の奥で殺され、都が焼け、董卓が来て、陳琳は北へ逃げた。冀州へ流れ着いて、袁紹に拾われた。以来、袁紹の名で出る文書は、あらかた、この手が書いている。


 府の広間で、袁紹は、卓の向こうに坐っていた。

 背が高く、坐っていても、人より頭一つ上に見える。その袁紹が、南を討つ、と言った。曹操を討つ。ついては、州や郡の役所へ回す檄を書け、と。

 檄とは、諸方の役所へ配る布告である。何のために兵を出すか、相手の何が悪いのかを並べ、読んだ者に、こちらへ付けと迫る。刃を交える前に、まず、この一枚が、天下を走る。


「思うさま、書け。手加減はいらぬ。あれが何者か、天下に、はっきり分からせてやれ」


 陳琳は、頭を下げて、退がった。


 筆を執る前に、陳琳は、しばらく、墨を磨っていた。

 十一年前の夏のことを、思い出していた。

 洛陽の、大将軍の府である。宦官(かんがん)を除くために、四方の猛き将を都へ呼び寄せる、という策が出た。持ち込んだのは、この袁紹だった。陳琳は、その席で、諫めた。兵を外から呼ぶのは、刀の柄を人に握らせて、自分は刃のほうを掴むようなものです、と。

 何進は、聞かなかった。

 董卓が来て、都は焼け、天子は牛のように取り替えられた。その後の十年が、そのまま、今日まで続いている。陳琳の言ったとおりになった。言ったとおりになったところで、何が変わったわけでもなかった。

 あの日から、陳琳は、一つのことを覚えた。

 諫める言葉は、聞く気のある人にしか、届かない。届かせたければ、諫めるのをやめて、その人の言いたいことを、その人より上手に書いてやればいい。書いた紙は、諫めた言葉と違って、必ず、相手の手元まで行く。

 いま、袁紹は、諫言を求めていない。筆を求めている。

 陳琳の筆は、この十年で、いちばん、求められていた。


 書きはじめると、手は、速かった。

 まず、この兵は、私の戦ではないと書く。天子は許にあって、身動きが取れずにおられる。朝廷は、一人の臣に握られている。その臣を除いて、天子を、もとの位置へお戻しする。だから、これは、討伐ではなく、救出である――そう置いた。置いたうえで、その臣が何をしてきたかを、並べていく。

 徐州のことを書いた。

 城を落とし、県を屠り、老いも幼いも残さず、泗水(しすい)を屍で堰き止めた。そのために、川の流れが、いっとき止まった。それは、陳琳の作り事ではない。北まで届いていた話である。

 軍の中に、墓を掘る役を置いたことも書いた。

 行く先々で古い墓を暴かせ、棺を開けて、副えられた金を取らせた。取った金で、兵を養った。死んだ者から取り立てて、生きた兵を食わせる。書きながら、陳琳は、この一段が、いちばん人の顔色を変えるだろうと思った。土地に根を張る家は、みな、先祖の墓を持っている。


 やがて、筆が、止まった。

 止まったのは、曹操の祖父のところだった。

 曹騰(そうとう)という。宦官である。四代の皇帝の身の回りに侍り、宦官として昇れるいちばん上まで昇って、家を興した。子ができぬ身だから、養子を取った。それが、曹操の父の曹嵩(そうすう)である。曹嵩は、後に、金を積んで、三公の位を買った。

 つまり、こう書けばよかった。

 あの男の祖父は、宦官である。父は、その宦官が拾ってきた素性の知れぬ子で、金で位を買った。だから、あの男は――。

 陳琳は、筆を置いた。


 置いて、窓の外を見た。

 庭の木に、まだ堅い芽がついていた。

 この一行は、曹操本人の罪ではない、と陳琳は思った。人は、祖父を選べない。祖父を責めるということは、その者が何をしたかを問うのを、そこでやめるということだ。

 十一年前、袁紹は、宦官の名を帳面に書き連ねさせた。名が載れば、罪の有る無しを問わずに殺した。髭のない男というだけで斬られた者がいた、と後で聞いた。あのやり方が、いま、紙の上に、戻ってきている。

 だが、と陳琳は思った。

 この檄を読むのは、州や郡の役所である。読んで、どちらに付くかを決めるのは、その土地に代々の田を持つ家の当主たちだ。彼らが量るのは、是非ではない。家である。四代続けて三公を出した家に付くか、宦官の孫に付くか。その一行を落とせば、この檄は、いちばん効く一撃を、自分から捨てることになる。

 筆というものは、その一行を書くために、ある。

 陳琳は、筆を、また執った。


 書き上げたのは、日の暮れる頃だった。

 袁紹は、それを、灯の下で読んだ。読みながら、二度、声を上げて笑った。読み終えると、写しを作れ、と言った。何枚だ、と書役が訊いた。数えるな、と袁紹は言った。

 檄は、幾百枚と写された。

 早馬が、東へ、西へ、南へ散った。青州へ、并州へ、河南へ。荊州(けいしゅう)へ。江東へ。役所の門に貼られ、市で読み上げられ、写しの写しが、また回った。春のうちに、その一枚は、許にも入った。


 後になって、陳琳は、その日の許のことを、間者の口から聞いた。

 曹操は、その頃、頭の痛む病に伏せっていたという。長年の持病である。起き上がれぬまま横になって、届いた檄を読んだ。読むうちに、ひとりでに、汗が出た。読み終えると、曹操は、床から起き上がって、こう言ったという。この一枚で、私の病は治った、と。

 陳琳は、その話を聞いて、笑わなかった。

 怒らなかった、というのではない。効いた、ということだ。あの男は、頭の痛みを忘れるほど、これを読んだ。祖父の名を出された一行を、幾度も、読み返したはずだった。


 効いたのは、曹操にだけでは、なかった。

 許の府の空気が、変わった、と間者は言った。人が、廊で立ち話をしなくなった。夜に、灯を点けて何かを書く者がいる。書いたものを、北へ運ぶ道を探す者がいる。

 陳琳は、その報せを、府の自分の房で受けた。

 十一年前、洛陽で、大将軍の袖を引いて、届かなかった言葉がある。あの言葉は、正しかったのに、一人も動かせなかった。今日書いた一枚は、正しくないところが幾つもあるのに、遠い許の役人の手を、動かしている。

 筆は、そういうふうにしか、効かないものらしかった。

 陳琳は、灯を落として、床に就いた。就いてから、あの一行を、もう一度、頭の中で読んだ。祖父のところの、あの一行である。紙というものは、書いた者の手を離れると、どこへでも行く。行った先で、しまい込まれ、幾年か経って、また出てくる。

 その日には、書いた者が、その紙の前に、立たされることになる。

 陳琳は、目を閉じた。まだ、その日のことは、考えないことにした。


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