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32 光(2)

   ***


 姉、アレクシアに会う機会があると云ったのは、半分は真実でなかった。

 冬期休暇で王宮に帰ったばかりなのだ、ユーリがそう頻繁に帰りたがるわけはなかった。けれど、大切な友人のためだ――ユーリは早速、姉に会って相談したい旨があることを手紙に綴って送った。姉はどんなに忙しくとも、手紙を無視するようなひとではない。これで、ユーリの言は真実となるだろう。

 返事はすぐに来た。次の週末、ユーリは姉と面会する権利を得た。

 さて、あとは己の出方次第だ。ユーリは心を決めた。

 護衛としてディーを伴い王宮へ戻ると、ユーリはアレクシアの執務室に通された。かのじょはソファで優雅に座っていた。デスクの上の書類の山を見るに忙しかっただろうに、その片鱗すら感じさせなかった。

 姉の後ろには護衛のミカエラ・ハーヴィーが立っており、目礼される。かのじょは伯爵令嬢でありながら、アレクシアの護衛に抜擢された人間だ。ユーリとディーは折り目正しく目礼を返した。

「姉上、本日はお時間をとっていただきありがとうございます」

「ええ、それで、相談事というのはなにかしら」

「実は、シュカのことで――」

 ユーリは、事の次第を話して聞かせた。

「なるほど。大方、そんなところかと思っていたわ」

 アレクシアはなにかを見透かすように金の目を細めると、紅茶に手を伸ばす。

 そこではじめて、自分が緊張していたことに気づき、ユーリもまたテーブル上のカップを取った。

「まず、宮廷魔術師の件だけれど――答えはイエス、かのじょがその職に就くことは可能よ。国籍を変えることになるから、容易には皇籍にも戻れなくなるでしょうね」

「ほんとうですか……!」

 ユーリは手に取ったカップをソーサーに戻し、膝の上で拳を握りしめる。

「前にお会いしたときに、かのじょの人柄は充分理解できたわ。意志薄弱で生きる気力がなく、しかしそれゆえに敵意もない。我がローレヒ王国の優秀な駒となるでしょうね」

「……姉上、その云い方は!」

 あまりの云い草に、ユーリはつい声を荒げてしまう。

「あくまで、お茶会のときの話よ。あの子はユリウスとの結婚という道を望まず、宮廷魔術師になる意欲を見せた。変わったのね。誰かさんが変えた、というのが正しいのかしら」

 かのじょはくすりと笑ってみせる。

 ユーリはその言葉に、はっと目を見開いた。

「――尤も、あの子にとって、それは茨の道となるでしょうけれど、ね」

 けれどアレクシアは、ユーリが喜びを露わにする前に付け加える。

「……どういう意味ですか」

「説明しても、貴方にはわからないわ。それよりも、残念ね。あの子が結婚という選択肢を取らなかったのは。さぞ有能なパートナーになったことでしょうに」

「私は、シュカの意志を尊重したいのです」

「ええ、勿論、心得ているわ」

 アレクシアは薄く微笑みながら頷く。その真意は読み難く、ほんとうのところなにを考えているのかを悟ることはできなかった。

「かのじょは高等部一年の現時点でさえ、宮廷魔術師候補に選ばれるほどの実力を備えている。それは事実よ。せいぜい励むことね」

 それだけ告げると、アレクシアは席を立った。


 部屋を出ると、ユーリとディーはハイタッチを交わした。

「やったな」

「やったね」

「……ユリウス様、そうしたことは学院へ戻ってからで。ディードリヒ様も、あまりおいたをなさらないよう」

 その声に、はっと後ろを振り向く。

 ミカエラが見送りに出ていたのを忘れていた。

「ミカエラさん、失礼いたしました」

「いえ。お気をつけてお帰りくださいませ」

「姉上のこと、よろしくお願いいたします」

 ユーリが頭を下げると、勿論とばかりに、ミカエラは頷いた。

「いや~なんとかなりそうでよかったよ」

 帰りの馬車には、ディーも同乗する。

「ああ、ほんとうに。けれど、茨の道、というのはどういう意味だろう」

「あーそれね……」

 ディーは馬車の外を見遣る。

「ディーには、意味がわかったのかい?」

「そうだね。でも、それはシュカ君が乗り越えていかなきゃならないことだから」

 それきりディーは沈黙してしまった。説明する気はないのだろう。

 彼には、そういうところがある。明確に、線引きをしているようなところが――そういうとき、ユーリがなにを云っても無駄だった。

 馬車の外を覗くと、雲行きがあやしくなってきた。早く帰りつくとよいのだが。

 いまはシュカに、一刻でも早く、報告したかった。

 かのじょは喜ぶだろうか――最近シュカは、微笑みの下に隠していた感情を露わにしてくれることが増えてきた。信用されているようで、うれしかった。今回の件も、その信用の証といってよいだろう。そうでなければ、シュカは黙ってユーリのもとを去っていたに違いないから。

 もっとかのじょのことを理解したい。友人として、これからもずっと共に在れるように――

 そのために、かのじょの前に立ちはだかる壁があれば、できる限り排除してやりたかった。

 自分には、力がある。望まざると、持ってしまった力だ。けれど、それがあることにより、救えるものもあるのかもしれない。

 ユーリはみずからの掌に視線を落とす。

 この手に、なにを摑めるだろう。

 永らく目を逸らしつづけていたことから逃げてはならないのだと、そう云われているような気がした。


 寮へと戻ると、ユーリとディーは早速シュカの部屋を訪れた。

 かのじょは珍しく読書もしていなかったようで、緊張しているように見えた。

 ユーリとディーをソファに座らせると、シュカは対面のスツールに腰を下ろした。これが、ソファがひとつしかないシュカの部屋での定位置だった。

 ユーリが、アレクシアが頷いてくれたことを説明する。するとシュカは、「そうですか」とひとこと漏らし、俯いた。

「――うれしくないのかい?」

 思っていたよりも、反応が薄い。なにか、不安があるのだろうか。

「いえ、うれしいですよ。これからも、此処にいられるのだから――」

 そう云うのに、シュカと視線が合わず、ユーリのほうが不安になってしまう。なにかあるなら話してほしい――そう思うが、この沈黙を破り問いかける勇気が、ユーリにはなかった。

「ありがたいのです、ほんとうに――でも、すこしだけ、考えさせてください」

 その言葉に、何故か、深い深淵に落とされたような心地になった。

「……何故だか、聞いてもいいかい?」

 ユーリは意を決して訊ねる。

 シュカは、どこか寂しげな表情で笑った。

「あんな場処でも、母と過ごした国ですから」 

 ユーリははっとした。この国の宮廷魔術師になるということは、すなわち、国に容易には帰れなくなるということだ。ことによると、もうかのじょは、母に会えなくなってしまう可能性さえあった。

「――すまない、私の考えが足りなかった」

「いいえ、謝らないでください。可能性を示してくれたことがうれしいのですから」

 シュカは微笑んでみせる。その微笑みが完璧であればあるほど、いつもユーリは歯がゆくなるのだ。

「わかった。考えが決まったら、教えてくれ」

 自分は、こういうときに、無力だ。


 部屋へ戻ると、ディーが黙ってついてきて、いつものようにユーリの持ち込んだソファに転がった。

「シュカ君も選び難いだろうね。お母さんのこと、すごく大切なようだからさ。それにしても、ああやって笑われると、なにも云えなくなっちゃうからずるいよねえ」

 ディーも同じことを思っているようだ。ユーリはディーの転がるソファに無理矢理スペースをつくり、彼の隣に座り込んだ。

「はは、落ち込んでるの? しょうがないよ、こればっかりは」

 ディーは身体を起こすと、ユーリの頭をみずからの肩へと凭せかけた。

「よしよし、ユーリ君は其処にいてくれるだけでいいんだよ」

 二歳上の彼に頭を撫でられると、甘やかされているような気分になる――実際甘やかしてくれているのだろうが、今日はそれをつらく感じた。

「……私がいるから、シュカは迷っているのだろう? 気付かなかった自分が、厭になる」

「ま、そのとおりなんだけどね」

 動作は優しいのに、事実を突きつけてくるディーはまったく優しくない。

「君、私を慰めたいのかそうじゃないのかどっちなんだい?」

「んーどっちも?」

「ディー……」

 横目で睨むと、ディーは楽しそうに笑った。

「あははは。まあ、オレたちが話しかけなかったら、シュカ君が平穏な学院生活を送れたのは事実だろうね。友人のひとりも作らないまま勉強に励んで、首席で卒業して、国に帰って司祭様にでもなって――」

「――そんなの、だめだ!」

 ユーリが頭を起こす。

「シュカには、友人が必要だった。だってあの日――誕生日パーティの日の顔を見ただろう? シュカは幸せそうに笑っていた。私はもう、シュカをひとりにしたくない」

「そう? ひとりも悪いものじゃないけどね。幸せって、人が決めるものじゃないよ」

「それは――……でも、私が、シュカにひとりになってほしくないんだ」

 ユーリがじっとディーの目を見据える。

「――はは、それでこそユーリ君だよね。そういうちょっと強引なところ、すきだよ」

 ディーが、目を細めて笑う。

「……どうせエゴだとか思っているんだろう?」

 その様子に、ユーリはむっとする。

「あれ、自覚、あったんだ。ユーリ君って、エゴのかたまりみたいなものじゃない」

「そんなこと……」

 あるかもしれない。自分の意に反することには、いつだって抗ってきた。いちばん周りを困らせたのは護衛の件だろう。ディーがいなければ、いまなお反発していたかもしれない。芸術を続けていることだって――

「――でもさ、それが、周りを照らすことだってあるんだよ。眩しくて大変だよ、もう」

 ディーの指先が、頰を撫でてゆく。その熱が妙に後を引いて、ユーリは顔を紅くした。

「なんだそれ、まるで太陽にでもなったみたいだ」

「そうそう、キミは太陽、なんてね。見た目は月みたいなのに不思議~」

 ディーが巫山戯てウインクをする。

「またそんな適当なこと云って……」

「兎に角、ユーリ君はどーんと構えて其処にいればいいんだよ。選択するのはシュカ君だ」

 ほんとうに、それだけでよいのだろうか――ユーリは思考する。自分がシュカの立場にあったら、おなじように悩むだろう。そうして、母か友人、どちらかなんて、とても選べないという結論に至るにちがいない。

 それなのにシュカには選ばせねばならないなんて、酷な話だ。

「――いや、やはり、すこし話したいことがある!」

 自分が、シュカに伝えるべきことを、伝えたい。

 ユーリは部屋を飛び出していった。


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