1 出会い(1)
シュカ・リンドウは困惑していた。
「……あのひとがわたくしのことを好いてくださっているか知りたいのです」
顔を紅潮させた少女がたどたどしく口にする。シュカは本日三度目のため息を吐いた。
シュカは、ローレヒ王国王立学院高等部の魔術科に通う生徒である。その正体は、隣国、セレン帝国の元第十三姫、リーシュカ・ロマノフスキーなのだが、その話は別の機会へと譲る。
シュカは、この王立学院で平和な学院生活を送るため、正体が露見しないよう男装し、また魔力が高い者の証である金色の目を、得意の幻術で隠して過ごしていた。
王立学院は、建前上貴族と庶民に格差はないと宣言している。しかし、そこには確かな壁があった。
シュカは貴族の子息たちとは違い一般組であり、また後見人の教会の司祭に迷惑をかけるのも憚られたため、ある程度の生活費を自分で賄う必要があった。
そこではじめたのが、この占い師稼業である。水と光の魔術を組み合わせた幻術が得意であることを利用し、自らは自室にいながら、相談者の目にそのひとの想像する“占い師”像が映るよう遠隔でコントロールする。相談者の様子は水鏡を通して観察する。そうして、正体不明の占い師として校内で名を馳せていた。
東国出身の母直伝の占術を使いあらゆる相談事に対応できると謳っているのだが――しかし、その実態は、八割が恋愛相談という始末だった。王立学院に通う者がそれでよいのか。
本日三人目の相談者は、中等部所属の少女。たしか男爵の娘だというから、下手なことは云えない。占い結果をねじ曲げることは御法度だが、それを婉曲に伝えることも、時として必要となってくるのだ。
シュカは一枚捲られたカードから、“あのひと”の心を読み解く。
「かのひとは、貴方に関心を向けていらっしゃるようです」
それが好意か否かは、置いておき。
しかし、その答えに少女はきゃらきゃらと笑った。
「まあ、そうなのね! うれしい……わたくし、がんばりますわ」
少女は多めのチップを置いて去っていった。
「次の方、どうぞ」
ちいさく仕切られた部屋に、次の相談者は足を踏み入れた。男子生徒二人組だった。
水鏡を通してその姿を目にした瞬間、シュカは笑みを失った。男子二人組が珍しかったからではない。男子生徒のひとりに見覚えがあったのだ。艶やかな銀髪を首の後ろで括り、菫いろの目が此方を見遣る。
占いをやる者として、全校生徒のある程度の情報は入手している。目の前に現れたのは――このローレヒ王国の王位第三継承者――ユリウス・アッシュヴィルドそのひとであった。
ユリウスは隣の緑髪の友人――たしかディードリヒ・ナイツェンと云ったか――と囁きを交わしながら席につく。
「貴殿はなんでも見通すことができると噂で聞いた。それはほんとうかい?」
早速、というように、ユリウスは無表情に口を開く。
「……占いというものは決して万能の力ではありません。あくまで、そのひとの選択の一助となる助言を与えるにすぎません」
「なんでも見通せる、という部分は否定しないんだな」
「……」
「特に相談があるわけではないのだが、占いに興味があってね。なんでもよいから占ってみせてくれないかい?」
これはまた、厄介な相談者である。シュカは本日四度目のため息を吐きたいのを堪えつつ、シャッフルしたカードを円形に並べる。それを一枚一枚めくりながら、ユリウスの様子を観察する。
彼は顔色を一切変えることなく涼しい顔をしている。無表情でとっつきにくいという噂には聞いていたが、ときどき友人と言葉を交わす姿は年頃の男子生徒にしか見えない。
「そうですね、まず、貴方は芸術を愛しておられるようですね」
「――ほう、驚いた。その趣味は、学院のだれにも云ったことがないのだけれど――ディー以外にはね」
ユリウスは驚いた、と口にしながら無表情を貫き、ちらりと横目で友人を見遣る。
「オレは無関係だよ。情報を流したりなんかしてないからね」
「ああ、わかっている。で、続きは?」
「――絵画の才に恵まれているようです。このままいけば、将来は宮廷画家顔負けの技術を得られるでしょう」
「よかったね、ユーリ君。就職先には困らない」
「はは、おもしろい冗句だ」
「あとは、そうですね……小説を出版されているようですが、此方は少々前衛的なようですね。一般人には理解しがたいもののようです」
「……売れないと云いたいのかい?」
「……率直に云えば」
「あははは、だから云ったのに。あれはつまらないって。編集長もよく出版してくれたよねえ」
ユリウスの隣に座るディーと呼ばれる少年は、構うことなく笑いだす。
ユリウスは無表情を渋い顔に変え、宙をにらんでいる。
「時代が私に追いついていないだけだ……」
こんなところでよかっただろうか。少々気分を害してしまったようだが、お任せと云ってきたのはあちらだ。そろそろ満足して帰るだろう。
「占い、というのはそんなところまで読み解けるのだね。いったいどんなからくりがあるんだい?」
「からくりなどございません。占いは、占いですから」
「そう。君はヴェールの裏に隠れて他者の秘密を暴くわけだ」
「相談者様に助言しているだけです」
「その姿、見せてもらおうかな」
云うや否や、ユリウスは予想外の行動に出た。
相談者席とシュカ(幻影)の席の間に引かれたヴェールをあろうことか、かき分けたのだ。
シュカは咄嗟に幻影を消す。水鏡には、周りを見回すユリウスの姿が映っていた。煙のように消えた占い師を探しているのだろう。しかしそのようなことをしても無駄だ。シュカの幻術は熟練の域に達している。痕跡を残す筈もなく、此方の正体にはたどり着けないだろう――そのときは、そう思っていた。
「やあ、リンドウ君。隣、いいかい?」
「……ご自由に」
魔術概論の授業のときのことだった。ユリウス・アッシュヴィルドが、先に席についていたシュカの隣へと腰をおろした。
「君、占い師の噂を知っているかい?」
「……知りませんが」
シュカは笑みを刷いて答える。小首を傾げてみせることも忘れない。
「東国の生徒なんじゃないかと云われているんだ。君、その黒髪は東国の出身だろう? なにか知っているんじゃないかと思ってね」
「いいえ、出身は隣国のセレン帝国です」
そう返答すると、ユリウスがすっと目を細める。次の瞬間、シュカの掛けていた眼鏡に手を伸ばしたのだ。
「――なんだ、黒じゃないのか。東国のひとびとは、黒曜のような髪と瞳をもつというから」
シュカは、微笑みを崩さずにいるので精一杯だった。
なんだこの、不躾な男は。自分が王族だからといって、なにをしてもよいと思っているのだろうか。
「でも――」
ユリウスが顔を近づけ、シュカの目を至近距離で見つめる。
咄嗟に身を引いたが、ユリウスは満足したようだった。
「不思議な目のいろをしているね。碧色が揺らいでいて、正体が摑めない。まるで――幻のようだ」
「……そうですか。眼鏡、返してください」
「度が入っていないじゃないか。なくても問題ないのだろう? せっかく奇麗な顔をしているんだ、隠さなくてもいいじゃないか」
「貴方には関係ありません」
笑顔で拒絶すれば、男は察したのか、席を立った。
「邪魔したね」
ユリウスは授業が始まる前に去っていった。
油断ならない人物だ。シュカは彼の評価を改める。
シュカの本来の瞳の色は金である。金色の目は高い魔力を誇る証とされている。目立ちたくないがゆえに幻術で碧色に偽装していたのだが、勘づかれたらしい。
噂によると通常二系統の魔術を使いこなす王族のなかで、ユリウスは一系統の魔術しか持たず、魔力も弱いらしい。王族の中では“外れ”とも云われている彼だが、一筋縄ではいかないようだ。
今後占い師の活動には気をつけねばならない。そう心に決め、シュカは教科書に向き合った。




