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第九十七話 動かぬ者と動く者


 クエルが魔人を倒してから数日後。


 ベネディクト王都の最高級ホテル。


 その最上階の一室に漆黒のドレスを身に纏い、ワイングラスを片手に窓ガラスから夜景を眺める美女が居た。


 暗黒街の魔女ソフィア=ガーランドである。


 何とはなしにグラスのワインを回しているソフィアの背後では、王都へと帰って来たセリカがシルフィード領で起きた出来事を報告していた。


 内容はいうまでもなく、魔獣の森で暗躍していた魔人の事である。


「……以上が、シルフィード領で起きた事でございます」


「なぁるほど、興味深いですわねぇ……魔人ですか」


 視線は窓の外へと向けたままセリカの報告を聞き終えると、ソフィアは目を細めて低く唸(うな)った。


 異世界から現れた魔族と同じ闇の種族。


 ソフィアの脳裏にある疑問が浮かぶ。


 それは、数か月前にソフィアが感じ取った世界の違和感。


 最上級魔族であるソフィアでなければ感じ取れないほど小さな変化。


 セリカの報告を聞いた時、その違和感は魔人がこの世界に転移して来たからだと思った。


 だが話を聞く限り、魔人が暗躍する為にこの世界へ転移して来たのは何年も前との事。


 そして、その違和感から僅か数か月後に、何年も裏に潜んでいた魔人が動き出した。


 はたしてこれは偶然なのか?


「……魔人を倒したのは、クエル様とケイン=シルフィードでしたわね」


 ソフィアはセリカに背を向けたまま尋ねる。


「はい、魔人のリーダーをクエル様が、部下の二人組をシルフィード様がそれぞれ倒されました」


 ケインが天使であることを知らないソフィアの中で、ケインに対する警戒度が上がる。


 他の者によって既に傷を負わされていたとはいえ、ケイン=シルフィードはひとりで二体の魔人を倒したのだ。


 ケインの正体を知らなければ、それも仕方ないことである。


 とは言え、ケインはクエルの恋人、手を出す訳にもいかない。


「……ベネディクト王国の魔人に対しての動きはどうなっていますの?」


「現在、冒険者ギルド本部が村や町の支部を通じまして、国内で魔石化現象がないか調査中との事でございます」


 赤い血のようなワインを見つめながら、ソフィアは考えを巡らせる。


 今後、魔族がどの様に動くことがクエルにとって最適な事なのか。


 ソフィアは熟考(じゅっこう)すると、ゆっくりと喋り出す。


「それではぁ、魔人の事は人間どもに任せて、我々は静観いたしましょう」


「よろしいのですか?」


「構いませんわぁ、ただし魔人に関する情報は収集し続けなさい」


「かしこまりました」


 魔人の事は気になるが下手に関わると、トラブルに巻き込まれかねない。


 もちろん魔族にとって不利益な事が起きれば対処する。


 だが今は距離を取り、情報収集するだけに留めるのが良いと判断した。


 それに今は、冒険者ギルドや騎士団は魔石化現象がないか街の郊外に注意を向けているはずである。


 ソフィアは今のうちに、裏社会における組織の勢力拡大に力を入れる算段であった。


 丁度、ウィロー領の裏社会を手に入れた所である。


 クエルがケインと共にシルフィード領へ行く前、ソフィアはウィロー領を治めるウィロー家当主であるウラジミール=ウィロー侯爵(こうしゃく)を訪ねていた。


 ソフィアはウィロー家の馬鹿息子マクシミール=ウィローのやらかしと、対抗戦で女神教へのチケット横流しの件をネタにウラジミール侯爵を脅迫。


 そしてウィロー家を後ろ盾に、ソフィアの組織はウィロー領の裏社会に進出していた。


 ソフィアは手に持ったグラスを傾けると中のワインに口を付ける。


「それにしましても、クエル様がシルフィード領へ魔獣の調査に行かれると聞いた時はどうなる事かと思いましたが、結果的に良かったようですわぁ」


「はい、クエル様の魔族としての成長には目を見張るものがございます。 ですが……」


「どうしました?」


 言葉を切ったセリカに、ソフィアは振り返る。


「クエル様の内なる魔力に対して、肉体の成長が追い付いておりません」


 瘴気(しょうき)を取り込んだクエルは、一時的に膨大な魔力を発揮した。


 だが幼いクエルの肉体では魔封じの指輪のおかげで暴走こそしなかったが、媚魔薬の後遺症である発情状態にするには十分であった。


「性欲抑制剤の効果も効きづらくなっており、魔薬であるヘブンリーフの摂取量も増えております」


「それはいけませんわねぇ、丁度ウィロー領へ向けて出荷するヘブンダストを増産するためにマリスの街に戻る予定でしたから、街に戻り次第より効果の強い性欲抑制剤を調合しクエル様に届けさせましょう」


「お手数をお掛け致します」


「クエル様のためですわぁ。 それとヘブンリーフの在庫も補充させておきましょう」


「ありがとうございます」


 セリカが胸に手を置き頭を下げる。


 ソフィアは再び窓の外へと目をやった。


 魔法の光に照らされたベネディクト王都の街がそこに広がっている。


 数か月前に感じた世界の違和感に関しては何もわからない。


 今ソフィアにできるのは、着実に組織の勢力を広げる事だけである。


「……この世界は、クエル様のモノですわ」


 そうひとりごち、ソフィアはグラスのワインを飲み干した。


◇


 同時刻。


 ベネディクト王都、冒険者ギルド本部。


 セリカがソフィアと会っていた頃、フウは訪ねて来た人物と応接室で会っていた。


「ノイン! テメェ何しに来やがった!」


 フウは応接室で訪問者を見るなり牙をむき出しにすると、不機嫌そうに吐き捨てる。


 ノインと呼ばれた者は、すらりとした長身に褐色の肌をした美女だった。


 彼女は、常に不遜であり続けるフウが、唯一例外的に自分の上に立つのを認めている人物、クリスお気に入りの『作品』である。


 作品……そう、ノインはクリスの創った作品なのだ。


 重度のケモナーであるクリスは、獣人を研究する過程で融合という魔導士の世界でも禁忌と呼ばれる呪法に手を染めていた。


 ノインは、その研究の応用で強大な力と強靭な肉体をオーガの最上位種『ギガオーガ』から、溢れ出る魔力は『ダークエルフ』から、それぞれの力を融合して作られた融合魔法戦士なのである。


「相変わらず口の悪い獣だ」


「うっせ! 何しに来たって聞いてんだよっ!」


「クリス様に貴様の様子を見てきて欲しいと頼まれたのだ」


「ご主人様に?」


「そうでなければ、私がわざわざ貴様なんぞに会いに来るわけがなかろう」


「んっだと、ご主人様の金魚のフンが!」


 フウの嫌味にノインのまゆげがピクリと動く。


「貴様、クリス様のペットだからと、いい気になるなよ」


 ノインが腰に差した剣の柄に手をかける。


 それを見たフウは鼻で笑った。


「斬魔刀(ざんまとう)の無(ね)えテメェなんぞ怖かねえよ」


「試してみるか?」


 フウとノインの間に一触即発の緊張感が生まれる。


 僅かな睨(にら)み合いの後、先に折れたのはフウであった。


 フウは視線を外すと、ノインに背を向ける。


「チッ、ご主人様の作品でなけりゃ、本当にぶっ壊してやるところだぜ」


 ここまでが、この二人の挨拶のようなモノである。


 フウは応接室に常備してる酒のボトルとグラスを手に取ると、椅子にドカッと座った。


 ノインもグラスを手に取ると、フウの対面に座る。


 フウが自分のグラスに琥珀色の酒を注ぎながら訊ねる。


「それで、ただ様子を見に来たって訳じゃねぇだろ。 大体ご主人様はどうしたんだよ?」


「クリス様は、青薔薇団(ブルーローズ)の幹部会に出席している」


 青薔薇団(ブルーローズ)。


 それは、世界平和を企む秘密結社である。


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