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第九十三話 妖精VS魔人


 クエルは飛来ひらいするローヴェルに向かって、二本の竜骨棍りゅうこつこんを構える。


「ローヴェル! わたしが相手だっ!」


 セリカをかばう様に前に出たクエルを見て、ローヴェルが一瞬の動揺を見せた。


 刹那、クエルはまさに獣のごとき獰猛どうもうさでローヴェルに襲い掛かる。


 キュッ!


 靴底が床をすれて甲高く鳴ったのと、クエルがローヴェルの眼前に迫ったのとは、ほとんど同時であった。


 すなわち、それほどの速さということである。


 クエルの速さは、魔人であるローヴェルの予想を遥かに凌駕していた。


「ちっ!」


 舌打ちをしたローヴェルは、反射的にクエルに向かって手刀を突き出す。


 ただの手刀ではない、伸びた爪はミスリルのナイフさながらの凶器、触れただけで切り刻まれる。


「クエル様っ!」


 セリカが滅多に出さない悲鳴のような声をあげた。


 クエルは突き出された爪を屈むようにしてかわすと、手に持った竜骨棍を振り上げる。


 ドゴッ! ベキベキッ!


 カウンターぎみに命中した竜骨棍は、ローヴェルの脇腹に打ち込まれた。


 ローヴェルの肋骨ろっこつが折れる感触が、竜骨棍を通じてクエルの手に伝わる。


「がっ……ごふっ……」


 ローヴェルが受けた衝撃たるや、ハンマーで殴られたどころの話ではない。


 身を折って苦悶の表情を浮かべるローヴェルだが、クエルは気にもせず、すぐさま逆の竜骨棍を振り上げた。


 ドゴッ! ベキベキッ!


 振り上げた竜骨棍がローヴェルの胸へと打ち込まれる。


 そこで止まらず、クエルは左右の竜骨棍を連続で振り上げた。


「リャァァァァァァァァ!!!!」


 クエルは普段の物静かさが噓のように鋭い気勢をあげ、竜骨棍を突き上げ続ける。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!


 あまりの突きの速さに、ローヴェルの身体は宙に浮きっぱなしになった。


「げふっ……ごふっ……あぐっ……」


 一突きごとにローヴェルは血を吐き周囲に飛び散らせるが、クエルは目を細めもせず竜骨棍を突き続ける。


 そして、ひときわ強く竜骨棍を突き上げた。


 ゴガァッ!


 突き上げる衝撃にローヴェルの身体は、天高く吹き飛ばされた。


 吹き飛ばされたローヴェルの身体は、広間の天井に叩きつけられ、次いで床に激しい勢いで落下する。


「ぐ……ごぼっ……」


 ローヴェルの口から、大量の血が吐き出される。


 クエルの竜骨棍によってローヴェルの肋骨は粉々に打ち砕かれ、内臓はズタズタにされていた。


「なかなか頑丈じゃない、さすがは魔人と言ったところね」


 血反吐を吐きながらも床に手を付き懸命に立ち上がろうとするローヴェルに、クエルは竜骨棍を肩に担ぎながら近づく。


 両手を付き跪くローヴェルを、クエルは氷のような冷たい視線で見据える。


「これは、壊しがいのある玩具だ」


 そう言うな否や、クエルはしなやかな脚を振り上げ、ローヴェルを蹴り上げた。


 ガゴンッ!


 クエルの蹴りがローヴェルの顎を跳ね上げ、強制的に立ち上がらさせた。


 宙に浮き上がったローヴェルに、クエルは竜骨棍を振る。


 ガッ!


 クエルの竜骨棍が、ローヴェルの顔面を強打する。


 ドスッ!


 さらに叩く。


 叩く、叩く、有無を言わさず、叩く。


 これほどの連打ができるものなのか。


 まばたきする程度のわずかな間に、一方的な蹂躙じゅうりんが始まった。


 ローヴェルの顔面に、胸に、腹に、息つく暇さえ与えずに無数の棍が叩き込まれる。


 まさしく人外のスピード。


 その一撃、一撃に、ローヴェルの身体が異様な形に歪む。


 並大抵の威力でないことは明らかだった。


 四方八方、全方向から時間差なく竜骨棍を叩きつける。


 人間業を超えた短棒術たんぼうじゅつ


 見る者を魅了する妖精のダンス。


 クエルの表情に浮かぶのは、至福の微笑。


「まだ壊れないで、ここからが本番なんだから」


 華麗で、優美なダンスのエンディングが近づく。


 両手に構えた竜骨棍を胸の前で交差させ、クエルが射抜くような瞳でローヴェルを見据えた。


 竜骨棍の先端がバチバチと音を立て火花が散る。


 そして、竜骨棍を握った手を前へ突き出す。


稲妻ライトニングボルト!」


 クエルの掛け声と共に、二本の竜骨棍の先端から青白く光る電撃がローヴェルに向かって放電される。


 青白い電撃が走りローヴェルを貫く。


 バリバリバリバリバリッ!!!!!!!!!!


「うっ!? ぐわあああああぁぁぁぁぁっ……!!」


 真昼のように照らされた広間にローヴェルの悲鳴が木霊する。


 ローヴェルは電撃の衝撃に弾き飛ばされると、階段を越え、玉座を壊し、壁に叩きつけられた。


「……つ……強い……強すぎる……」


 全身の骨は砕かれ、翼は破れ、ローヴェルの身体は焼け焦げていた。


 瘴気による回復が無ければ、死んでいただろう。


 クエルは跳躍すると、壁に張り付いているローヴェルの前に軽やかに着地する。


稲妻ライトニングボルトを受けてまだ生きているなんて、本当にたのしい玩具だ」


「あ……ぅあ……あ……」


 ローヴェルは、いまやその表情にはっきりと恐れを浮かべていた。


 クエルの事を幼い少女と侮る気持ちがローヴェルにあったのは事実である。


 一対一ならば、魔人にかなう人間はほぼ絶無だと言ってよい。


 しかし、ローヴェルは知らなかった。


 目の前にいる幼い少女が、超人的な運動能力を持ち、魔族の頂点に立つ魔王の娘であり、邪神の加護を持つ闇の女王である事を。


「わたしを愉しませてくれた礼に、褒美をくれてやろう」


 クエルは竜骨棍を仕舞うと、万策尽きて壁に背を預けたまま放心しているローヴェルに指鉄砲を向けた。


 指先を向けられたローヴェルが、ビクッと全身を震わせる。


 部屋に充満していた瘴気がクエルを中心に渦を巻き、クエルの身体へと吸収されていく。


 外気から瘴気を取り込み、クエルは体内で瘴気を魔力へと変換した。


 クエルの体内に、膨大な魔力が生み出される。


 それは、クエルの封じられた魔力ほどではないが、それでも常人を遥かに超えた量であった。


 その常人を超えた量の魔力が、クエルの指先に集まり漆黒の光球を生み出す。


「……ま、待て……た、たすけ……」


 理解を超えた恐怖が、ローヴェルの全身を貫く。


 人間を恐怖で縛り、その絶望を喰らう闇の住人であるはずの魔人がだ。


「とても愉しかったわよ、ありがとう、そしてサヨウナラ」


 クエルは口元に妖しい冷笑れいしょうを浮かべると。


暗黒弾ダークネスバレット


 クエルの指先からあふれんばかりの魔力が放たれた。


 ズドギューーーーーーン!


 漆黒の光球が弾丸となってローヴェルに向かっていく。


「ひぃぃぃぃっっっ~~~~!」


 情けない悲鳴をあげたローヴェルを、漆黒の光球が呑み込んだ。


 キュゴォォォォォォォォォォッッ!!!


 轟音と共に漆黒の光球はローヴェルを消滅させる。


 後に残ったのは、壁に開いた大きな穴だけであった。


 魔王の娘であるクエルが、魔人であるローヴェルに勝利したのである。


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