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第九十話 魔人


 ケインたちと別行動をとる事にしたクエルたち一行は、上階を目指し通路を進む。


 途中現れたダンジョンモンスターたちは、セリカたち執事によって蹴散らされる。


 ただでさえ濃い魔素まそのおかげで活力に満ちている事に加え、対抗戦での失態を取り返そうとやる気に満ちているのだ。


 その上、魔族としての本来の実力が人目を気にすることなく発揮できる状況、ダンジョンモンスターなどセリカたちの敵ではない。


 螺旋階段を登り上階の通路を進むと、ほどなくしてクエルの前に大きく重厚な扉が立ちはだかった。


「ここか……」


 扉の向こう側から、邪悪な闇の気配がビリビリと肌に感じられる。


 放たれる闇の気配は、やはり魔族に似た魔力。


 魔に属する者がいる事は、明らかだった。


 二人の女性執事が扉を押すと、大きく重厚な扉が重い音を立てながら開く。


 そこは円柱が何本も左右に並ぶ広間であった。


 広間の反対側には、更に奥へ続く扉が見える。


 ためらうことなく、クエルとセリカたちが広間へと足を踏み入れたその時。


「オイオイ、侵入者って聞いて期待してたのによ。 女子供じゃねえか」


「ちょっと、それって女性差別じゃな~い」


 どこからか男女の声が響く。


 その声に、クエルはまゆをひそめて立ち止まった。


 辺りを見回し、声の主を探し始めたクエルは、広間の奥にある二本の円柱に目を止める。


 クエルと同じように、相手の位置を察知したセリカが声を上げた。


「姿を現せ、そこにいるのは分かっている」


 セリカの声に応えるかのように、左右の円柱から人影が出てくる。


 闇から染み出てきたかのように現れたのは、男女の二人組。


 一人は黒いマントを羽織った、鋭い目つきの男。


 その周囲には、暴力的な空気が常に漂っているようだった。


 もう一人は、黒いボンテージを着た露出度の高い女。


 へらへらと笑うその姿は、一見するとただのアタマの悪い陽気な女に見える。


 だが、この二人から放たれる隠そうともしない闇の気配が、彼らが人間でない事を物語っていた。


 クエルは隣に立つセリカに尋ねる。


「……セリカ、この者たちに見覚えは?」


「いえ、存じ上げません」


 魔族の中でも上位の存在であるセリカが知らないとなると、単に地位の低い魔族の生き残りか、それとも……。


「お前たち、人間ではないな。 何者だ、魔族なのか?」


「おいツィーレン、このガキ俺たちの事を魔族だってよ」


「ホント失礼しちゃうわよね~アルゴ」


 アルゴと呼ばれた男とツィーレンと呼ばれた女が、クエルを見ながら嘲笑ちょうしょうする。


「あんな滅びた弱っちい種族と、一緒にして欲しくないわよね~」


「何だと……」


 ツィーレンの軽口は、魔族であるセリカたちの地雷を的確に踏み抜いた。


 殺気をみなぎらせ今にも飛び出してしまいそうなセリカたちを、クエルが手で制する。


「魔族でないと言うのであれば、貴様らは何だと言うのだ?」


「オレたちは、この世の頂点に立つ闇の生物」


「世界を支配する最強の魔人まじんよ~」


 アルゴとツィーレンは、クエルたちに自分たちの正体を教えた。


「……魔人?」


 クエルはセリカを横目で見ると、セリカは首を横に振った。


 セリカの知らない、魔の種族と言う事か……。


 どうやら冒険者ギルド総本部の資料に書かれていた『なにか』とは、彼ら魔人の事らしい。


「その魔人とやらが裏でコソコソと、何が目的?」


「察しの悪いガキだぜ。 そんなもん世界征服に決まってんだろうがっ!」


「その為に、まずは世界中に魔素まそをばら撒いて混乱を起こし、血と死体によって大地を腐らせ瘴気しょうきを生み出して私たち魔人に最適な環境を作ってるのよ~」


 瘴気しょうき、それは魔に属する者以外が触れれば死に至る霧である。


 見た目通りアタマが悪いのか、それともクエルたちを生かして帰さないからか、ツィーレンがペラペラとクエルの知りたかった事を話してくれた。


 おかげで他の地域で起きた魔素の発生には、彼ら魔人が関わっているのは明白である。


「なるほど、それは困る」


「そうでしょ~、人間が住めなくなっちゃうものね~」


「……勘違いするな」


「へっ?」


「そんな事をされると、わたしが人間を支配できなくなるだろう」


 クエルはヘブンリーフを取り出すと、桜色の唇に咥える。


 横に控えるセリカがヘブンリーフに火をつけると、広間に甘い香りが広がった。


「この世界を余り舐めるな。 その程度の事で世界を征服できるのであれば、とうの昔にお父様が世界を支配しているわ」


 クエルは青い瞳を細めると、ゆっくりと煙を吐き出した。


「ところで、貴様らのボスはどこにいる?」


「んだと?」


「お前たちのような者が、そのような計画を立てられるはずがなかろう。 下っ端に用は無い」


 クエルの見下した態度に、ツィーレンは不機嫌な顔をする。


「ねぇアルゴ~、ひょっとして私たち馬鹿にされてる~?」


「ずいぶんと舐めたメスガキだぜ、ぶっ殺すぞ!」


 アルゴはこめかみに血管を浮き立たせると、拳を円柱に叩きつける。


 ドゴッと音を立て、円柱が粉々に砕かれた。


「弱い者ほどよく吠えるとは、よく言ったものだ」


 あくまで余裕のある笑みを絶やさず、クエルはヘブンリーフの紫煙しえんくゆらす。


「このガキ本当マジでムカつくわ~。 ねぇアルゴ、こいつっちゃっていいよね」


「あぁ、こいつの血と肉を瘴気の餌にしてやるぜ!」


 アルゴとツィーレンの姿が、変貌へんぼうしはじめた。


 筋肉が膨れ上がり、身体全体がひと回り大きくなる。


 耳が伸び上がり、鋭くとがった。


 両手の爪も鋭く伸び出すと、ゴキッと音を立て背中からコウモリのような翼が生える。


「……それが魔人とやらの姿か、まったくその様な姿にならなければ本来の力が使えんとは、欠陥種族も良い所だ」


 その変体を、クエルは邪魔する事もなく、ヘブンリーフを吸いながら見守っていた。


「嬲り殺してやるぜっ!」


「おチビちゃん、良い声で鳴きなよっ!」


 バサッと黒い羽根を広げると、アルゴとツィーレンが宙に浮く。


 羽根を力強く羽ばたかせると、クエル目掛けて宙を滑走する。


 迫る二人を前にしても、クエルは余裕を崩さない。


 クエルとアルゴ・ツィーレンの間に、セリカが割り込む。


 ゴッ! バギャッ!


 セリカの拳と蹴りが、向かってくるアルゴとツィーレンを吹っ飛ばした。


 左右に吹き飛ばされたアルゴとツィーレンは、共に円柱を破壊すると壁に叩きつけられる。


 壁に叩きつけられたアルゴとツィーレンの上にガラガラと円柱と壁の破片が降り注ぎ、二人は瓦礫の山に埋まった。


「愚か者共が、我々の目の黒いうちはクエル様に指一本触れさせんぞ」


 白い手袋をはめ直しながら、セリカは傲然ごうぜんと言い放った。


「うぐぅ、いでぇじゃねぇか!」


「ちょっと~、やってくれるじゃないの~」


 アルゴとツィーレンが瓦礫の山から出ようと、手足をバタバタと動かす。


 その滑稽な姿を横目に、クエルは振り返りもせず背後に控えている女性執事たちに言った。


「お前たち、クエル=ガーランドの名において命ずる。 この愚かなる者たちに誰を侮辱したか思い知らせてやれ」


「「「「「「 かしこまりました。 クエルお嬢様! 」」」」」」


「行くぞ、セリカ」


「はっ」


 クエルは執事たちに命令を出すと、セリカを従えて広間の奥にある扉へと向かう。


「どこ行く気だ、てめぇ……?」


「私たちを無視しないで欲しいわ~」


 瓦礫から這い出てきたアルゴとツィーレンが、この場を立ち去ろうとするクエルに怒りをあらわにする。


 その二人の前に、六人の女性執事たちが立ち塞がった。


「んだぁテメエらっ!」


「なになに~、あんた達わたし達とやる気~」


 アルゴとツィーレンは、執事たちに怒鳴り声を上げる。


「貴様らの相手は、我々がする」


「お嬢さまを侮辱した罪、その身でつぐなうが良い」


 女性執事たちは、アルゴとツィーレンに真っ向から対立する。


 クエルは背後の喧騒を気にする事もなく、セリカの開けた扉の先へと歩を進める。


 そして、セリカが扉を閉めるのを合図に、広間では轟音が鳴り響いた。


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