第八十九話 別行動
通路の奥から重い足音をさせ、近づいてくる者たち。
暗闇の中から、それらが姿を現した。
赤黒い巨体に、額から角を生やし、手には大きな戦鎚を握っている。
青い目を細め、クエルは小さく呟いた。
「オーガ……」
クエルの前に現れたのは、オーガと呼ばれる人食い鬼であった。
外にいる魔獣とは、危険度が違う。
冒険者ギルドが定めた脅威度はDランク。
一体でも小さな町の危機に該当する魔獣であった。
それが複数ともなると、脅威度が跳ね上がる。
「こいつはまた、大層な歓迎だな」
そんな危険な魔獣を前にしても、フウは軽口を叩きオーガたちを面白そうに眺めていた。
「建物に入っていきなりコレ!? 冗談キツイわ」
バスタードソードを構えながら、ミレーヌが叫ぶ。
「通路を塞がれました。 こいつらを倒さないと、先に進めませんね」
ケインがロングソードを構えながら、オーガたちを見据える。
「それなら、蹴散らすか……ハァッ!」
フウは短い気合と共に獣気を練り上げると、全身に金色のオーラを纏わせた。
「やるしかないみたね。 オーラブレードッ!」
気合と共に、ミレーヌの持つバスタードソードの刀身が青白い光を帯びる。
「いきますっ! 身体強化!」
魔法で身体能力を向上させたケインが、一匹のオーガに向かって駆け出す。
オーガは向かってくるケインに向けて戦鎚を振り上げるが、振り下ろす前にケインのロングソードが一閃した。
次の瞬間、オーガの身体の上下が綺麗に切り離される。
本来であれば、生半可な剣など強靭な皮膚で跳ね返されただろう。
だがケインの斬撃は、まるで紙を切るかのようにオーガの肉体を切り裂く。
真っ二つにされた仲間の姿に、他のオーガたちは本能的に動きが止まった。
「どこ見てんだよ、オラッ! タイガーブロー!」
フウが動きの止まったオーガの一匹に、野生の獣を思わせる速さで近づくと、その腹の真ん中に獣気を込めた容赦のない拳を放つ。
ドゴォッ!
手甲と獣気を纏ったフウの拳は、オーガの鋼のような腹筋を無効化した。
打ち込まれた拳の威力に、オーガの巨体が浮き上がり衝撃と共に派手に吹き飛ぶと、床をゴロゴロと転がり倒れ、口からは大量の血があふれ出す。
それを見て、言葉にならない恐怖がオーガたち全員に伝播する。
「よっしゃ、坊やに遅れるなよ、剣聖ちゃん!」
「わかっているわっ!」
檄を飛ばすフウに続き、ミレーヌも青白く光るバスタードソードを手にオーガに向かって行く。
ケインたちの戦う様子を、クエルは少し離れた所から観ていた。
脅威度Dランクの魔獣オーガと言えど、獣気・闘気・身体強化魔法を使ったケインたちの敵ではない。
その証拠に、数で圧倒的に優位に立つはずのオーガたちは、すでに及び腰になっている。
オーガたちの全滅は、時間の問題だろう。
そんなオーガたちの一匹がケインたちには敵わないと思ったのか、無謀にも標的をクエルに変えて襲い掛かって来た。
小さなクエルならば、簡単に叩き潰せると思ったのだろう。
だが、相手が悪すぎた。
クエルの前に、三人の女性執事たちが歩み出る。
「クエル様の御前である。 跪け」
一人目の執事が腕を振ると、向かって来ていたオーガの両足が膝から切断された。
何をされたか分からぬまま、両足を失い体勢を崩したオーガは、床に手を付き四つん這いの格好になる。
「頭が高い、頭を下げよ」
二人目の執事が腕を振ると、身体を支えていたオーガの両腕が肩から切断された。
支えを失ったオーガは、頭から床に倒れ込むと訳の分からぬ恐怖に襲われ泣き叫ぶ。
「身の程を知れ、クエル様にひれ伏すのだ」
三人目の執事が腕を振ると、無慈悲にもオーガの首が落ちた。
三人の女性執事たちは胸に手を当てると、クエルに一礼する。
クエルの足元に転がったオーガの顔は、恐怖と絶望に歪んでいた。
◇
圧倒的な戦力の前に、オーガたちが全員沈黙してしまうまで、さしたる時間はかからなかった。
「流石はケインです。 この程度の魔獣など敵ではありませんね」
「クエル、油断は禁物だよ」
「こんな雑魚相手にも油断しないその姿勢、ステキです」
顔をほころばせウットリするクエルと、照れくさそうにするケイン。
そんな二人の元にセリカが近づいて来た。
「クエルお嬢様」
「どうした?」
「オーガなのですが、やはり魔石の原石へ変わりました」
そう言うとセリカは、クエルに魔石を手渡す。
「ダンジョンモンスター、天然のダンジョンに魔獣が住み着いていた……と言う訳ではなかったか」
受け取った魔石の原石を、クエルは手の平の中でもてあそぶ。
「このオーガたち、敵わないとわかっていても最後まで向かってきた。 まるで僕たちを先へ行かせないように」
「坊やの言う通りだ。 何者かの思惑が感じられたぜ」
「フウさん、何者かって一体誰が?」
「それは、先に進めばわかるかもな。 それより……」
フウがチラリと視線を向ける。
「……っく、はぁっ、はぁっ!」
視線の先には、ミレーヌが剣を杖代わりに身体を支えていた。
肩を上下させ、苦しそうに荒い呼吸をする。
剣聖と呼ばれるミレーヌも、勝手の違う状況に、相当な疲弊を強いられていた。
「大丈夫か剣聖ちゃん? これ飲んで気力を回復しときな」
「すまない、フウ殿」
荷物から取り出したポーションを、フウがミレーヌに手渡す。
ミレーヌは手渡されたポーションを開けると、静かに口を付けた。
「ミレーヌ、ポーションの飲み過ぎでお腹壊さないでよ」
「この状況だと、笑えない冗談だわ」
口元を拭いながら、ミレーヌは言った。
「疲れているだろうが時間が無い。 行けるか剣聖ちゃん?」
「行けるわ。 ここで置き去りにされる訳にもいかないでしょ」
ポーションを飲んだからといっても、直ぐに効果が出る訳ではない。
だが、すでに息の乱れは治まり、ミレーヌの気力は十分にみなぎっていた。
◇
石畳の通路にケインたちの足音と、クエルのジャラジャラというアクセサリーの音だけが木霊して響く。
今更だが、クエルの服装は隠密行動には向いていない。
音でモンスターを呼び寄せてしまうかもしれないが誰もそれを指摘する事もなく、一行は通路を直進する。
しばらく歩いていると、通路がT字型の左右に分かれていた。
「フウさん、どっちに行けば良いんですか?」
「ちょっと待て」
フウは攻略書を見ながら、それを指でなぞる。
丹念にマップを調べながら言った。
「右側は上階に上がる階段、左側には地下に降りる回廊があるな」
「では、我々が行くのは左側ね」
ダンジョンコアがあるとしたら地下である。
ミレーヌの言う通り、ここは左側へ行くのが正解だろう。
しかし、フウは即答せず通路の天井を見上げた。
正確には天井の先、上階である。
この場にいる全員が気付いていた。
強烈な悪しき闇の気配を放つ何者かが上階にいる。
天使であるケインは、特にそれを強く感じ取っていた。
見過ごすには余りに強い気配に、調べるべきかケインが考えていると……。
「……うぅ……」
胸を押さえ、クエルがその場に座り込む。
「クエル!? 大丈夫?」
「ごめんなさい、この辺り魔素が濃くて……」
「セリカさん、クエルに薬を」
しゃがみ込みクエルの状態を確かめるケインの手を、クエルが握る。
「ケイン、地下へ行ってください」
「えっ?」
「ここへ来たのは街を守るため、一刻も早く地下へ行きダンジョンコアを破壊するべきです」
「嬢ちゃんの言う通りだ。 予定通りまずはダンジョンコアを破壊する」
上階の存在は気になるが、優先順位を間違える訳にはいかない。
こうしている間にも、街は危険にさらされているのだ。
「ただし嬢ちゃんはここまでだ」
今でさえ濃い魔素の中、魔素を発生させているダンジョンコアに近づけば今の比ではないだろう。
クエルを地下に連れて行くのは危険だと、フウは判断した。
「貴女に従うのは癪だけど、このままじゃケインの邪魔になりそうだわ」
「クエル……」
「シルフィード様、クエルお嬢様は我々がお守りいたします」
「セリカさん、クエルをお願いします」
ケインはそう言うと、立ち上がった。
「行くぜ、坊や」
「行きましょう、ケイン殿」
「ミレーヌ! ケインの足を引っ張たらただじゃおかないわよっ!」
「承知している」
「……ケイン、気をつけて」
「ダンジョンコアを破壊したらすぐに戻って来るから」
左側の通路に入ったケインたちが見えなくなるまで、クエルは手を振り続けた。
ケインたちの姿が見えなくなると、クエルはゆっくりと立ち上がる。
先ほどまでの弱々しい姿はどこにもなかった。
「さてと、それでは我々も行動を開始するとしよう」
「クエル様、シルフィード様と別行動をしてよろしかったのですか?」
「ケインならば問題は無い、それよりも」
クエルはケインたちとは反対の通路に目を向けると、バッとコートを翻す。
「わたしとケインの手を煩わせてくれた者に、挨拶をしてやらんとな」
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