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第八十七話 防衛計画


 クエルはヘブンリーフを取り出し桜色の唇に咥えると、セリカが火を点ける。


 応接室に、ヘブンリーフの甘い香りが漂う。


 口から煙を吐き出すと、クエルは順繰じゅんぐりとケイン・ミレーヌ・フウを見やる。


 その姿は、愛らしさと邪悪さを身にまとう、暗黒街の妖精と呼ぶべき姿であった。


「街を守る戦力が足らないみたいですね」


 その時、ケインたちは気が付いた。


 街を守る最強の戦力がある事を。


「……ケイン、困っていますか?」


 ヘブンリーフの煙をくゆらせながら、クエルは甘えた声で尋ねた。


 これは、クエルからケインへの協力の申し出である。


 さぁ、わたしを頼って、と言わんばかりの態度。


 ミレーヌとフウは、無言のままケインを見る。


「クエル……うん、困ってるんだ」


 ケインは頷くと、熱い眼差まなざしでクエルを見据えた。


 クエルの顔に邪悪な笑みが広がる。


「あぁセリカ、ケインが困っているみたいなの」


 ソファに座っているクエルは、猫なで声で傍らに控えるセリカに聞こえる様に呟く。


「ケインが困っているのを見ていると、わたしの胸が張り裂けてしまいそう」


 クエルは華奢きゃしゃな肉体に似つかわしくない豊満な胸を両腕で抱きしめた。


 身体をくねらせる度に、大量のアクセサリーがジャラジャラと音を奏でる。


「この胸の苦しみ、どうすれば治るかしら?」


 芝居がかった仕種しぐさで優しく、そして冷たくセリカを見上げた。


 その期待に応えるべく、セリカは胸に手を当て答える。


「お嬢様、ご安心ください。 その苦しみ、我々が取り除いて差し上げましょう」


「あら……どうやって治してくれるのかしら?」


さいわい領都は深い堀と、高く強固きょうこ外壁がいへきに守られております」


 シルフィード領都は、魔獣の森があることから守りが厳重になっていた。


 そのため正門を突破されなければ、魔獣が領内に入る事はない。


「街を防衛するだけでございましたら、我々の半数も居れば守り切れるかと」


「……誰に、その防衛を任せる?」


 クエルの問いに、セリカはパチンッと指を鳴らす。


 すると応接室のドアを開け、廊下で待機していた六人のメイドたちが部屋に入って来ると一列に整列する。


「エリスを含めた、この者たちで十分かと」


 ヘブンリーフを揉み消すと、クエルはソファから立ち上がる。


 ジャラッと銀色のアクセサリーが大量に付けられているコートをひるがえし、エリスたちメイドの前に立った。


「クエル=ガーランドの名において命ずる。 魔獣を迎え打ち、領都を守り抜け!」


「「「「「「「 かしこまりました。 クエルお嬢様! 」」」」」」」


 クエルの命を受け、エリスたちメイドは一斉に頭を下げた。


「そう言うわけで、街の防衛にガーランド家のメイドたちを参加させます」


「シルフィード様、領都は我々がお守りいたしますので、どうかご安心を」


「セリカさん、エリスさん、ご協力感謝します」


「お礼でございましたら、わたくしではなくクエルお嬢様に言ってあげてください」


 エリスはケインに頭を下げると、手の平をクエルに向けた。


「クエル、ありがとう」


「うふっ、ケインの為ならば、この程度の事お安い御用です」


 クエルは笑みを浮かべると、両手を広げた。


「ケイン……」


「クエル……」


 青い瞳を潤ませるクエルを、ケインが優しく抱いてあげる。


「……フウ殿、私たちはいつまで、この茶番を見ていれば良いのですか?」


「そう言うな剣聖ちゃん、下手な冒険者なんかより頼りになる連中が街の防衛をしてくれるんだ。 これで安心して魔獣の森へ行けるってもんだぜ」


 ミレーヌとフウは、抱き合うクエルとケインをあきれ顔で見続けていた。



「門を閉めるぞー!」


「早く門の中へ!!」


「住民は街の中央へ避難するんだ!!!」


 街中では、既に騎士団の警備隊が住民の避難誘導を開始していた。


 住民たちは悲鳴を上げながらも、騎士の指示に従って避難所へ移動する。


 外壁の上では、弓を携えた騎士たちが魔獣を迎え撃つべく準備をしている。


 そんな中、集まった冒険者を前にギルドマスターのモーガンが防衛作戦を説明していた。


「既に知っての通り、魔獣の大群が領都へ向かって移動してきている。 CランクDランク冒険者を中心に街の防衛に当たってもらいたい」


 冒険者たちはモーガンの説明を聞きながら、その背後にいるメイドたちが気になりチラチラとそちらを見ていた。


 彼女たちが誰なのか、冒険者たちは皆知っている。


「それと言っておくことがある。 この防衛にはAランク冒険者のフウ殿は参加しない。

 フウ殿は、これからケイン=シルフィード様とミレーヌ=ソレイユ様と共に魔獣の森へと赴き、魔獣氾濫の原因となっているモノの対処をしていただく」


 冒険者たちの間から、ざわめきが起きる。


 顔を見合わせ囁き合う冒険者たちを、モーガンは順繰じゅんぐりと見回した。


「その間、我々だけで街の防衛をする事に不安を覚える者もいるだろうが安心して欲しい。 街を守るために、あのガーランド家の使用人の方々が加勢してくれる事になった」


 モーガンの言葉と共に、エリスたちメイドが冒険者たちの前に一列に並ぶ。


「クエル=ガーランド様の命により、街の防衛に加わる事になりました。 どうぞよろしくお願い致します」


 エリスが代表して、冒険者たちの前で一礼する。


 悪名高い闇の貴族、ガーランド家に仕えるメイドたち。


 ただのメイドだと侮る者は、この場にはいない。


 彼女たちは、あの暗黒街の魔女ソフィア=ガーランド子爵夫人ししゃくふじんの私兵。


 表向き、ソフィアによって集められた優秀な魔導師たちである事は、周知の事実となっていた。


「街を守り抜いた暁には、ギルドから特別報酬も出す! 皆で街を守り抜くぞ!」


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!


 強力な助っ人と特別報酬に、冒険者たちは拳を突き出して叫んだ。


 その様子を、クエルたちは離れた場所から眺めていた。


「向こうは、ずいぶんと盛り上がっているわね」


 冒険者たちの怒号を聞きながら、ミレーヌが呟く。


「あれなら街の防衛も任せられる」


 手甲をはめながらフウが答えた。 


「……珍しいですね、フウ殿が手甲を装備するなんて」


「何を相手にするかわからないからな。 それより剣聖ちゃん、無理について来なくても街に残っていて良いんだぜ」


「今更何を、同じパーティーメンバーなのだから一緒に行くわよ」


「そうか、なら当てにさせてもらうぜ」


 ミレーヌとフウが話し合っている横で、クエルとケインも二人で話し合いをしていた。


「クエル、本当についてくるの?」


「もちろんです。 ケインだけを危険な場所に行かせられません」


「気持ちは嬉しいけど、クエルを危険な場所へ連れて行くのは……」


「ご安心ください、シルフィード様。 クエルお嬢様の身の安全は、我々がお守りいたします」


 クエルとケインの会話にセリカが割り込む。


 振り向くと、馬を引き連れてセリカたち女性執事がやって来る。


 セリカには、王都から乗って来た馬を取りに行ってもらっていた。


 これに乗り、領都へ向かって来ている魔獣を迂回して森に向かう算段である。


「お待たせ致しました。 馬をご用意いたしましたので、どうぞお使いください」


「すみませんセリカさん、使わせてもらいます」


 ケインはこれ以上クエルに言っても仕方がないと諦め、馬にまたがる。


「クエルお嬢様は、わたくしの馬にお乗りください」


「わかった」


 セリカは身体の小さいクエルをヒョイと持ち上げると馬に乗せ、自身もその馬にまたがった。


「剣聖ちゃん、馬には乗れるのか?」


「剣士にとって馬術は必須、それよりフウ殿こそ馬に乗れるのですか?」


「それこそ冒険者の基本だぜ」


 そう言い合いながら、ミレーヌとフウも馬にまたがった。


 クエル・セリカ・ケイン・ミレーヌ・フウ、そして六人の女性執事たちの準備が整う。


「よし、出発するぞ! 目的地は魔獣の森!」


 クエルの号令の下、一行は正門から魔獣の森へと馬を走らせた。


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