第八十五話 闇の気配
「クエル様、どうぞこちらへ」
セリカが手のひらをリビングのソファに向け、クエルを誘導する。
クエルは、大量の銀色に輝くアクセサリーをジャラジャラと鳴らしながら、顔を伏せて跪く女性執事とメイドたちの前を歩くとソファに腰を降ろした。
「部屋には、外から分からぬよう結界を張っております」
横に控えるエリスが、クエルに囁くように告げた。
宿を貸し切っているとは言え、通路を挟んで向かいの部屋にはミレーヌがいる。
結界を張っておけば、魔族の会議を聞かれる事も無い。
クエルはソファのひじ掛けで頬杖をつき、桜色の唇を吊り上げた。
「皆の者、面を上げよ」
クエルの言葉に、伏せていた使用人たちが顔を上げる。
そこには、ケインに笑顔を向けている愛らしいクエルの姿は無かった。
獰猛な獣のごとき青い瞳が、相手を見下すような傲慢な視線を使用人たちに向けている。
邪悪な雰囲気を漂わせたその姿は、魔族の女王に相応しい姿であった。
「さて、此度の一件、魔獣の魔石化と、闇の気配について、何か分かる事はあるか?」
「魔獣の魔石化に関しては、我々にも見当がつきません」
横に控えるセリカが、申し訳なさそうに頭を下げる。
「……ですが」
「なんだ?」
「森の奥から放たれた闇の気配、あれには、我々魔族に似た魔力を感じました」
それは、クエルも感じていた。
魔力と言っても、人間・獣人・エルフと言った種族ごとに、波長と言うか質が微妙に異なっている。
日頃から魔族であるセリカやエリスたちと暮らすクエルは、魔族の魔力と言うモノを知っていた。
その為、森の奥で感じた闇の気配に、クエルは違和感を持ったのである。
クエルは脚を組むと、唇に指を添え考える。
闇の気配を持つ者の正体……可能性……。
「魔族の生き残り……と言う事は、考えられるか?」
クエルは跪く使用人たちを順繰りに見やった。
「可能性がゼロとは言えませんが……」
セリカは、困ったような顔で答えた。
世間では、絶滅したと思われている魔族。
セリカたち魔族が今まで生き残れたのは、偏にクエルの本当の母親であるリゼル=バーンシュタインの存在が大きい。
二百年前に起きた世界大戦、勇魔戦争。
クエルを身籠っていたリゼルは、勇魔戦争開戦前に側近であったソフィアたちと共に人里離れた山中の村に身を隠していた。
そのため、リゼルを護衛していたソフィアたちは、勇魔戦争に参戦しなかった。
この戦争で、クエルの父である魔王アルデ=バーンシュタインを初め、魔族の主だった者たちが亡くなっている。
戦後、ソフィアたちが人類による大規模な魔族の残党狩りをやり過ごせたのも、妊婦であったリゼルの世話をするために、外部との接触を遮断する結界内に留まり続けたからだ。
そして、リゼルの『人間社会に溶け込み、裏で力を蓄えよ』と言う命令。
この命令が無ければ、本来好戦的であるソフィアたち魔族が、人間社会に溶け込もうとは思わなかっただろう。
ただの魔族が、今まで大人しく身を潜めていられるものなのか?
疑問である。
クエルはヘブンリーフを取り出し桜色の唇に咥えると、エリスが火をつけた。
「クエル様、この度の一件、仮に魔族の生き残りが起こしていた場合、どの様になさるおつもりなのですか?」
エリスが遠慮がちに尋ねる。
「この事件に魔族の生き残りが関わっているのならば、止めさせる」
口から煙を吐き出すと、部屋の中にヘブンリーフの甘い香りが漂う。
「我々魔族の目的は、人間社会の破壊ではない。 我々の目的は人間社会を裏から支配する事、それが亡きお母さまリゼル=バーンシュタインの願い……そうだろう、エリス」
「は、はい……その通りでございます。 クエル様」
エリスは頭を下げ顔を伏せると、身体を小刻みに震わせる。
部屋のあちこちから、女性執事とメイド達のすすり泣く声が漏れ聞こえた。
リゼル=バーンシュタイン。
彼女の命令は、エリスたちにとって亡くなった後でも絶対なのだ。
魔族たちに愛され、慕われ、忠義を尽くさせる人物だったのだろう。
「クエル様、この事件に魔族ではなく、全く別の存在が関わっていた場合には、いかがなさるおつもりなのですか?」
セリカの問いに、クエルは一度大きくヘブンリーフを吸い込む。
そして、ゆっくりと煙を吐き出した。
「……魔族の生き残りであろうと、別の何者だろうと関係ない」
クエルは、指に挟んだヘブンリーフを目の前にかざし、跪く女性執事とメイドたちを見据えた。
「我々の邪魔をするのであれば、このわたし……」
クエルの持つヘブンリーフが、勢いよく燃え上がる。
ヘブンリーフは、白い煙を上げてあっという間に燃え尽きていく。
「魔王アルデ=バーンシュタインと、リゼル=バーンシュタインの娘。
クエル=バーンシュタインの名のもとに、消し去ってくれる!!!」
女性執事とメイドたちの前で、その手を強く握りしめた。
クエルが、ガーランドではなくバーンシュタインを名乗る。
それは、真の魔族の女王としての言葉であった。
セリカたち魔族が、背筋がゾッとするほどの、身の毛がよだち体が震えるほどの衝撃が全身を走り抜ける。
「皆も、そのつもりで事に当たれ」
「「「「「「「「「「「「 クエル様の仰せのままに 」」」」」」」」」」」」
クエル言葉に、その場にいた全員がひれ伏した。
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