第八十四話 目的地
クエルの一撃に、応接室は静まり返った。
「どこへ行くのかしら? まだ、話は終わっていないわよ」
落ち着いた声でありながら、その声に怒気が込められているのが十分に汲み取れた。
すっかりクエルの言葉に飲まれ、リーズは口をパクパクとさせて立ち尽くす。
「お、落ち着け、嬢ちゃん」
「そうよクエル、暴力は良くないわ」
フウとミレーヌが、慌てて止めに入る。
クエルはいぶかしげに目を細めると、慌てる二人にゆっくりと顔を向けた。
「……二人とも、何を勘違いしているの?」
「え?」
「わたしは、冒険者ギルドなら、あの方角に何があるか知っているんじゃないかと、聞きたかっただけよ」
クエルは、地図上を指先でトンットンッと叩く。
ミレーヌとフウは、クエルが何を言っているのか直ぐに理解した。
それは、闇の気配を感じた方角の事であると。
「あ、あの、どういう事でしょうか?」
クエルの気迫に気圧されて、顔面蒼白になっていたモーガンが遠慮しながら訊ねる。
「質問に答えなさい、この方角に何かあるの?」
苛立たしくクエルは、再び地図をトンットンッと叩いた。
「……リーズ、魔獣の森の詳細な地図を持って来てくれ」
「は? はい、ただいま」
リーズは逃げる様に応接室から出て行く。
クエルは、ヘブンリーフを取り出し桜色の唇に咥えると、背後に控えていたメイドのエリスが火をつけた。
ヘブンリーフの甘い香りが部屋の中に漂う。
「ところでミレーヌ、フウ、あなた達わたしを何だと思っているの?」
「何って、あなたケイン殿の事となると、見境なく暴れるじゃない。 リーズ殿がケイン殿と親しく話していたから、クエルが嫉妬したのかと思ったわ」
「わたしは坊やに話しかけただけで、嬢ちゃんに殺されかけたからな」
「あら失礼ね、わたしはそんな嫉妬深い女じゃないわよ」
クエルは心外だと、口からヘブンリーフの煙を吐き出す。
(ウソだ)
(ウソね)
(よく言うぜ。 ほとんどキレかけてただろが)
ケイン、ミレーヌ、フウはそう思ったが、あえて口にする事はしなかった。
しばらくすると、リーズが巻物を手に応接室に帰って来る。
リーズから巻物を受け取ったモーガンが、テーブルの上にそれを広げた。
フウの持っている簡易的な地図と異なり、かなり正確に森の中が描かれている。
皆が注目する中、クエルは広場で感じた闇の気配の方向に指をなぞった。
そして、森の奥に描かれている古めかしい建物に指を止める。
「……これは、遺跡?」
「神殿じゃないかしら?」
「砦じゃないかな?」
クエル、ミレーヌ、ケインがそれぞれ感想を口にする。
「探索済みって書いてあるな、こりゃ天然のダンジョンだな」
フウが建物の横に書かれている文字を指差す。
「よお、探索済みのダンジョンなら攻略書があるだろ」
フウがモーガンに尋ねる。
攻略書。
それは、未探索のダンジョンに潜った冒険者たちが持ち帰った情報を、冒険者ギルドが買い取り、まとめた本である。
各フロアのマップ、ギミック、トラップ、出現するダンジョンモンスターなどが書かれた解説書であった。
「えっと、おそらく資料室にあると思いますが、なにせ今はそんな魔獣の森の奥まで行く冒険者がいませんから……」
「明日までに、探し出しておいてくれ」
「フウ殿、この建物を調べるつもりなの?」
「あれだけ強烈な気配のした方向にある建物だ、行って見なきゃわからんが調べてみる価値はあるかもしれねぇ」
不敵な笑みを浮かべ、フウはミレーヌの横顔を見る。
「明日の目的地は、決まったわね」
「あぁ、明日はこの建物へ行くぜ」
そう言うと、フウは立ち上がった。
「ギルマス、魔道通信室を使わせてくれ、王都の冒険者ギルド本部に、魔獣が魔石化した事を報告してくる」
「かしこまりました」
「それじゃボクも、騎士団の警備隊本部へ行って事情を説明してきます」
「ケイン」
そう言って立ち上がったケインの腕を、クエルが掴んだ。
「クエル?」
「ケイン疲れているのでしょう、あまり無理はしないでください」
「ボクは大丈夫だよ、騎士団に話をしたら戻るから、クエルは先に宿に戻って休んでいて」
「はい、わかりました」
ケインがクエルの頭を優しく撫でると、うっとりとした表情で大人しくなった。
先ほどまで不機嫌だったのがウソのようである。
「剣聖ちゃんも疲れてるだろ、嬢ちゃんと一緒に先に宿に戻って休んでな」
「そうね、ここに居てもやる事はないし、宿に戻らせてもらうわ」
ミレーヌもそう言うと、立ち上がった。
◇
宿へ戻ったミレーヌは、客室のリビングで水色のミスリルアーマーを脱ぐ。
実戦の機会を得ようと冒険者になったとは言え、初めての冒険であれだけの魔獣を相手にするとは思っていなかった。
いかに鍛えているとはいえ、女性である以上、男性と比べて体力的に劣ってしまう事は免れない。
オマケに、高濃度の魔素によって気力を削られたのだ。
ソファに腰を降ろし溜息を吐いたミレーヌには、明らかな疲労の色が見え隠れしていた。
「だらしない恰好だな」
ぐた~っとソファに寄りかかっているミレーヌを見て、クエルは肩をすくめた。
よほど疲れているのか、それとも仲間意識のあるクエルの前だからか、普段のミレーヌであれば、このような姿を他人には見せないだろう。
ミレーヌはズルズルとソファで横になると、天井を見上げる。
「はぁ、疲れたわ」
「気が抜けてるわね、まぁ良いけど、明日はせいぜいケインの足を引っ張らないようにね」
「無論だ、今のうちにゆっくり休んで、疲れを取る事にするわ」
「それならそんなところで寝てないで、シャワー浴びて、ちゃんとベッドで寝なさいよ」
「そうね、汗も流したいし、クエルはどうするの?」
「わたしはセリカたちと話があるから、先にシャワー使っていいわよ」
「そお? それじゃお言葉に甘えて、先にシャワーを使わせてもらうわ」
ミレーヌは笑みを浮かべると、のそのそと起き上がった。
「それじゃ、わたしは向かいの部屋に行くから」
「わかったわ」
ミレーヌが浴室に入って行くのを確認すると、クエルは宿泊している部屋を出た。
向かいの部屋のドアを開け、客室に入るとクエルの泊っている部屋と同様の広いリビングに入る。
「……皆、集まっているな」
「はっ、お嬢様、全員揃っております」
リビングには、セリカとエリス、そして、十二人の女性執事とメイドたちが跪いていた。
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