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第八十話 魔獣の森


 翌日。


 身支度を終えたクエルたち一行は、調査のために領都を離れ、魔獣の森へと足を踏み入れた。


 森の中に入ると、むせ返るような樹の香りが鼻をつく。


 鳥のさえずりが聞こえ、木々の間からは木漏こもが差し込んでいる。


 クエルは、ヘブンリーフを取り出し桜色の唇に咥えると、メイドのエリスが火をつけた。


 口から煙を吐き出すと、辺りにはヘブンリーフの甘い香りが漂う。


 甘い香りと樹の香りに、鉄分のような金属臭が混じる。


 クエルの周辺には、赤黒い色の液体が地面に大きく広がっていた。


 日光にあぶられて立ち昇る濃い匂いは、間違いなく血臭けっしゅうである。


 ヘブンリーフの甘い香りと血臭けっしゅうが漂う中、クエルの視線の先には剣を振るうケインの姿があった。


 ケインの周囲には、すでに二十を超える数のゴブリンの死体が転がっている。


(あぁケイン、カッコ良い……)


 手にしたロングソードがきらめく度に、醜い容姿のゴブリンが悲鳴と血しぶきを上げて倒れた。


 血の匂いに酔いしれながら、クエルはうっとりとした表情を浮かべ、ケインの闘う姿に見惚みとれる。


 その姿はまるで、物語の主役のように美しい光景だった。


 クエルがヘブンリーフを一本吸い終わる頃には、ゴブリンどもは全滅していた。


 ヘブンリーフを揉み消し、るいるい々と築かれたしかばねの前を、アクセサリーをジャラジャラと鳴らしながらクエルはケインに近づく。


「ケイン、お疲れ様。 怪我はありませんか?」


「平気だよ。 それよりクエルの方こそ怪我はない?」


 ケインは、ロングソードにこびりついた血糊ちのりを振り飛ばすと鞘に納める。


「大丈夫です。 セリカたちが守ってくれていますから」


 クエルの背後には、セリカとエリス、それと使用人たちが立っていた。


 無謀にもクエルを襲おうとしたゴブリンは、彼女たちによって無残にも殺害されている。


「まったく、森に入るなり手荒い歓迎ね」


 静かな、ため息のような声に、クエルとケインは声の方向へ向き直る。


 そこには血にまみれたバスタードソードを手に、淡い水色をした鎧を着こんだミレーヌがいた。


 対抗戦で壊された甲冑に代わり、新たに新調した軽くて硬いミスリル製の鎧である。


 身支度をしている際に、フウからFランク冒険者の装備じゃないと笑われていた。


「流石は魔獣の森と呼ばれる場所なだけあるわ。 こんな森の入口にゴブリンの集落があるなんて」


 剣にこびりついた血を振り払いながら、ミレーヌが呟く。


「いや、普段はこんな森の入口近くに、魔獣が集落を作る事はないんだ」


「ケイン、そうなのですか?」


「うん、本来ならもっと森の奥にいるはずなのに、やっぱり何かおかしい」


「ところでケイン殿、フウ殿はどこに?」


 バスタードソードを鞘に納めながら、ミレーヌが辺りを見回す。


「フウさんなら、さっき向こうに……」


「終わったみたいだな」


 ケインの言葉が終わる前にフウが姿を現した。


「フウ、あなた何処にいたの? 魔獣退治をケインに押しつけて、サボってたんじゃないでしょうね?」


「おいおい、ひでぇな嬢ちゃん、サボっちゃいねえよ、向こうにゴブリンのガキが居たから始末してたんだ」


 フウは、心外だと言わんばかりに肩をすくめる。


「ゴブリンのガキ? まさかフウ殿、ゴブリンの子供を殺したのですか!?」


「お前らじゃりづらいだろ。 こいつらは害獣だからな、ガキだろうと見つけたら殺すしかない」


「そ……それは、そうかもしれないけど……」


「剣聖ちゃん、下手な同情は命取りになるぜ。 それよりも、ほらよっ」


 フウはそう言うと、ミレーヌにナイフと袋を手渡す。


「……? フウ殿、これで何を?」


「そいつでゴブリンの耳を切り落とすんだよ」


「えっ!? ゴブリンの耳を!?」


「ゴブリンは素材にならないが討伐の対象になっているからな。 倒した証明として身体の一部を提出するんだ」


「だからと言って、耳を切り落とすと言うのは……」


 フウの説明に、ミレーヌの顔が強張る。


「魔獣ぶった斬ってるのに今更なに言ってんだ、これは冒険者の基本だぜ。 それに見て観ろ、坊やを」


 ミレーヌがフウの指差した方を見ると、ケインが膝をつきゴブリンの耳を切り落とし、袋に入れている姿があった。


「ケイン、手慣れていますね」


 ゴブリンの耳を切り落とすケインを覗き込み、クエルが訊ねる。


「最初は抵抗感があったけど、冒険者としての仕事と割り切る事にしてるから、それよりもクエル、魔獣の血や遺体を見て気分が悪くなったりしていない?」


「平気です。 血も死体も見慣れていますから」


 ベネディクト王国の裏社会を支配するガーランド家。


 闇の貴族であるガーランド家には、血生臭い事情が付きまとう。


 笑顔で答えたクエルに、『何の?』とは、ケインもミレーヌも聞けなかった。


「そ、そう、それじゃ手早く済ませちゃうよ」


「セリカ、皆でケインの手伝いをしてあげて」


「かしこまりました」


 セリカが指をパチンッと鳴らすと、女性執事とメイドたちが手際よくゴブリンの耳を切り落としていく。


 慣れているのか、瞬く間に袋一杯のゴブリンの耳が集まった。


 収集し終えると、ケインが魔法で地面に穴を開け、その中にゴブリンの死体を執事とメイドたちが投げ捨てる。


「ケイン、何故わざわざ魔獣を埋めるのですか?」


「放置しておくと、血の匂いにつられて他の魔獣が寄って来ちゃうんだよ。

 それに遺体をそのままにしておくと魔素溜まりになる事があるから、出来るだけ埋めるように心がけているんだ」


「流石はケインです。 後の事も考えているのですね」


「わたしはそんな面倒な事、一回もした事ねぇけどな」


「フウ殿、かりにもAランク冒険者なのですから……」


 そうこうしているうちにゴブリンの死体を全て捨て終わると、再びケインが魔法で穴を埋めた。


「よし、後始末も終えたし、先に進むぜ。 坊や、このまま道案内を頼む」


「わかりました」


 フウに促され、ケインを先頭にクエルたち一行は森の奥へと進んだ。



 ケインの案内で当初の目的地である、森の奥の開けた場所に近づいたクエルたち一行。


 途中、何度か魔獣と遭遇したが、このメンバーの相手では無い。


 順調に進行していたクエルたち一行であったが、不意にクエルの前を歩いていたミレーヌが地面に膝をついた。


「ミレーヌ、何やってるのよ」


「ごめんなさい、何だか急に力が抜けちゃって」


 ミレーヌを襲ったのは、強い脱力感と眩暈であった。


「大丈夫? 怪我はない?」


「あぁ、ケイン殿すまない」


 先頭を歩いていたケインが異変に気が付き足を止めると、ミレーヌに近づき手を差し伸べる。


「ミレーヌ、あなた意外と体力が無いのね」


「おかしいわね、体力には自信がある方なのだが、慣れない魔獣との戦闘で疲れたのかしら?」


「いや、そう言う訳じゃなさそうだ」


 立ち上がるミレーヌを尻目に、フウが鼻をひくつかせ、獣の耳を動かしながら辺りを見回す。


 いつの間にか鳥の声が無くなり、森の奥とは言え、あまりに不自然な静寂が広がっていた。


「この辺り、魔素の濃度のうどいみたいだな」


 ねっとりとした形容しがたい空気が、クエルたちにからみついてくる。


 もちろん、目に見えて何か森が変わったと言う訳ではない。


 だが、この周辺を支配しているのは、まぎれもない闇の空気であった。


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