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第七十六話 道中


 舗装された街道を、二台の馬車がゆっくりとしたスピードで走っている。


 大き目な馬車の車内には、クエル、ケイン、ミレーヌ、フウの四人が座席に座っていた。


 クエルは隣に座るケインに身体を預け、小さな寝息を立てている。


 馬車が揺れるたびに、コートに付けた大量のアクセサリーがジャラジャラと音を鳴らしていた。


 ケインは寄りかかって寝ているクエルに嫌な顔ひとつせず、その寝顔を眺めていた。


 対面では、フウが酒ビンを片手にツマミの干し肉をかじっている。


 足元には、空になった酒ビンが数本、転がっていた。


 フウの隣では、ミレーヌが真剣な顔で本をめくっている。


「剣聖ちゃん、さっきから何を読んでんだ?」


 アルコール臭い息を吐きながら、フウがおもむろに尋ねた。


「冒険者の入門書です。 わたしは冒険者としての経験はほぼ皆無ですから」


「勉強熱心だねぇ。 まぁシルフィード領都までは、嬢ちゃんじゃないが旅行気分で行こうぜ」


 酒をひと口含むと、フウは馬車の窓から外を見る。


 馬車の外には、ガーランド家の女性執事やメイドたち十二人が馬に乗り護衛として馬車を取り囲んでいた。


 いずれもセリカが選んだ精鋭であり、この少人数で王国最強の近衛騎士団このえきしだんを圧倒できる戦力を持つ。


 冒険者が護衛されているという状況にフウは小さく笑うと、ケインに寄りかかり転寝うたたねをしているクエルの顔を覗き込む。


「しかし、こうして大人しく寝てる分には、本当に妖精みたいな嬢ちゃんだな」


 暗黒街の妖精、クエル=ガーランド。


 ベネディクト王国の裏社会を牛耳るガーランド家の令嬢。


 普段は粗暴な振る舞いの目立つ彼女だが、今は上品であどけない寝顔を見せている。


 その姿は、どこか幻想的で神秘的な雰囲気をかもし出していた。


 読んでいた本から顔を上げ、ミレーヌが言った。


「安心しきった顔をしているわ、ケイン殿の事を信頼しているのでしょう」


「わたしらは、信用されてないってか」


「ケイン殿以外には、壁を作っているようですから」


 ミレーヌとフウが話し合っていると、寝ていたクエルが身じろぐ。


「……ん」


 静かに瞳を閉じていたクエルが、ゆっくりと目を覚ました。


 それに気づいたフウが、笑みを浮かべて冷やかす。


「おい、眠り姫がお目覚めのようだぜ」


「フウ殿の声が大きかったからでしょう」


「……あふぅ」


 フウとミレーヌのやりとりを気にせず、クエルは可愛らしい欠伸をする。


 クエルは寄りかかっていた身体を起こすと、まどろみを払うように小さく首を振った。


「おはよう、クエル」


 クエルの目の前に微笑みかけるケインの優しい顔がある。


「あ、ケイン、わたし眠ってしまったみたい」


 クエルは薄紫色の髪を指で直しながら、青い瞳がケインを見つめる。


「よく眠れた?」


「んふ……まだ夢を見ているみたい」


 青い瞳を潤ませ、クエルはケインに抱きつく。


「ケインとこうして旅をしているなんて、とても心地よい気分です」


「ボクも、クエルと一緒で嬉しいよ」


 抱きついたクエルの頭を、ケインが優しく撫でる。


「……なぁ剣聖ちゃん、これから数日間、毎日これを見せられるのか?」


「仕方ないでしょう、シルフィード領都までの馬車を出してもらっているのですから」


 クエルとケインのイチャイチャを見せられ、フウとミレーヌがあきれているとタイミングを見計らったかのように馬車の小窓が開かれた。


「お嬢様、セーフエリアが見えてまいりました」


 小窓を開けて話しかけてきたのは、ガーランド家の女性執事セリカであった。


 セーフエリアとは、村や町を繋ぐ街道沿いにある安全地帯の事である。


 その区画には結界が張られており、脅威度の低い魔獣が入れないようになっていた。


 旅をする者の休憩所の役割を持ち、比較的安全に野宿をする事も出来る場所である。


「セリカ、馬車をセーフエリアに入れて、休憩と昼食にしましょう」


「かしこまりました」


 クエルの指示に従って、二台の馬車は街道沿いに整備されたセーフエリアへと入って行った。



 馬車をセーフエリアに停めると、メイド長のエリスの指示でメイドたちが手際よく昼食の準備を始めた。


 もう一台の馬車には、食料や旅に必要な魔道具などが積んである。


 ほんの少しの間でテーブルの上には、豪華な料理が並んでいた。


 旅の途中で冒険者が取る食事とは思えない料理に、この辺りはさすが貴族様とフウが感心する。


「そう言えばケイン殿、これから行くシルフィード領都はどのような所なのだ?」


 食事を口にしながらミレーヌが訪ねる。


「ケインの故郷の事、わたしも気になります」


 クエルが目を輝かせながらケインを見つめる。


 ケインは食事をする手を止めると、少し考えてから答えた。


「どのような所って聞かれても、そうだね冒険者が多い街かな」


「冒険者が多い?」


「街の近くに魔獣の森と呼ばれている大きな森があるんだ」


「魔獣の森? そのような場所があるのですか?」


「別に珍しくもないさ」


 フウが料理を頬張りながら、クエルたちの会話に参加してきた。


 魔獣の森と呼ばれている場所は、各地に存在する。


 そのような森の近くの街には、自然と冒険者が集まってくるのであった。


「フウ殿、ひょっとして魔獣活性の予兆と言うのは、その森の魔獣の事では?」


「向こうに行ってみなきゃわからんが、多分そうだろう」


「ケインは、その魔獣の森に入った事はあるのですか?」


「うん、小さい頃から魔獣の森で鍛錬や狩りをしていたからね」


「そいつは助かるな、森に入る時は道案内頼むぜ、坊や」


「任せてください、フウさん」


 ケインとフウの会話を、クエルは面白くないといった顔で見る。


「ところでフウ殿、魔獣の活性は何故起こるのですか?」


「嬢ちゃんたちは、魔素まそって知ってるか?」


「馬鹿にしないで、授業で習って知っている」


 魔素とは、自然に漂う魔力の事である。


 空気と同じように目に見えないが、この世界のあらゆるモノに対して無ければならない。


 魔素の濃度が高いとそれを取り込み、魔獣の増加や、魔獣の狂暴化などの現象が起きるのである。


「経験上、魔素溜まりを除去したり、魔素を垂れ流す脅威度の高い魔獣を倒せば、活性化は治まるはずだ」


「そう言えば以前、ギルドマスターが隣国で魔獣の活性化が起きて、脅威度Cランクの魔獣が現れたと話してくれたな」


 クエルは、冒険者ギルド本部の本部長ボビーが言っていた事を思い出す。


「脅威度Cランクの魔獣ですって!? 天災級の魔獣じゃない!」


 ミレーヌが驚きの声を上げた。


 脅威度Cランクの魔獣と言えば、大都市の危機とされる魔獣と位置付けられている。


「それで、その魔獣はどうなったのよ?」


「確か、獣人の少女がたった一人で闘いを挑み、退治したと言っていた」


「ひとりで脅威度Cランクの魔獣を退治するなんて、世の中には強い冒険者がいるものね……ん? フウ殿、どうかされたか?」


 ミレーヌの隣で、フウが自分の顔を手で覆い天を仰いでいた。


「……何でもねえよ」


 フウは、黒髪の青年と行動を共にしている狼族の憎たらしい生意気な少女の顔を思い浮かべていた。


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