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第七十五話 準備完了


 ベネディクト王立学園。


 学園長室に学園長のシルビアがデスクの上で、綺麗な手を組み合わせている。


 シルビアの前には、クエル、ケイン、ミレーヌ、それと担任のルシアが立っていた。


 クエルたちは学園に登校してホームルームが終わった後、担任のルシアに呼ばれ学園長室に連れていかれたのである。


 シルビアの鋭い目つきが、クエルたちを見据えていた。


「事情は、ここにいるセリカ殿から聞いております」


 シルビアの隣には、ガーランド家の女性執事セリカが控えている。


 セリカは昨日の内にシルビアに連絡を取り、クエルたちの休学申請を申し込んでいた。


 シルフィード領へ行く事も、魔獣活性化の調査に行く事も伝えてある。


「先生たちと協議した結果、ケイン=シルフィード、ミレーヌ=ソレイユ、そしてクエル=ガーランドの三名の休学を許可します」


「ありがとうございます、学園長」


 ケインが代表して礼を言うと頭を下げる。


「わたくしは、今でも反対の立場ですが」


 クエルたちの隣でたたずんでいた担任のルシアが、ぽつりと呟きをこぼす。


 担任のルシアは、クエルたちが学園を休学してシルフィード領へ魔獣活性化の調査に行くのを最後まで反対していた。


 まだ子供であり学生、そして何より貴族でありながら冒険者の真似事をする危険性を会議で訴えていた。


 最終的にAランク冒険者が同行すると言う事と、ガーランド家から護衛を出すとの事で渋々賛成したのである。


「ルシア先生、この事については、昨日の会議で結論が出た話です」


「承知しております」


 ルシアが黒縁メガネを指で上げると、クエルたちに向き直る。


「あなた達の実力であれば心配は無いと思いますが、魔獣と対峙すれば何があるかわかりません。 自分勝手な行動をせず同行する冒険者の言う事を良く聞くように、それと……」


「ルシア先生、その辺で」


 シルビアが椅子をきしませ、クエルたちに注意指導するルシアをたしなめる。


 ルシアはまだ何か言いたそうであったが、おとなしくシルビアに従った。


「三人とも校外活動ですが、学園の生徒である事と貴族である事を忘れぬように、良いですね」


「「 はい 」」


「お話は以上です」


「「 はい。 失礼します 」」


 ケインとミレーヌが頭を下げると、ルシアに連れられ部屋を出る。


 シルビアはわずかに唇を歪ませ、言葉を続けた。


「クエルさん、あなたは残ってもらえますか」


 ルシアに連れられて部屋を出ようとするクエルを、シルビアが呼び止めた。


「ん?」


「ガーランド家の護衛の事でお話があります」


 クエルは眉をひそめてシルビアを見ると、ケインに向き直る。


「ケイン、先に行っていてもらえますか」


「うん、また後でね」


 ケインたちを見送り部屋のドアを閉めると、クエルは椅子に腰かけ足を組み頬杖を突く。


 葉巻のようなヘブンリーフを取り出すと、桜色の唇に咥えた。


 セリカが火を点けると、学園長室にはヘブンリーフの甘い香りが広がる。


 煙を吐き出すと、シルビアがクエルの前に跪く。


「セリカから話を聞いた時は、驚きました」


「わたしのワガママで急な事であったが、迷惑をかけてしまったかな?」


「いえ、クエル様のする事に応えるのが我々の役目でございます」


 シルビアはクエルに深々と頭を下げる。


「しかし、女神教襲撃からまだ日が浅いと言うのに、シルフィード領へ遠出をする事にソフィア様はなんと?」


「母様とは、昨日の内に連絡を取った」


 暗黒街の魔女、ソフィア=ガーランド。


 ソフィアはクエルが倒れている間、王都に滞在しクエルの安否を気遣っていた。


 クエルが学園に通えるまで回復すると王都を離れ、現在ウィロー領へ出張中である。


 そこでウィロー家の当主、ウラジミール=ウィロー侯爵と商談を進めていた。


 商談と言っても実態は、ウィロー領での魔薬ルートの開拓である。


 ウラジミール侯爵の息子の不祥事と、女神教の襲撃補助をネタにしてウィロー家をバックに、ウィロー領の裏社会を手に入れるのが目的であった。


「心配をしていたが、セリカたちを連れて行くと言う事で納得してもらった」


「さようでございましたか」


 シルビアは頷くと、たたずんでいるセリカに視線を向ける。


「セリカ、女神教襲撃でのような醜態は許さんぞ」


「言われるまでもない。 クエルお嬢様をお守りし、汚名を返上する」


 セリカはシルビアを見据え、その瞳を細めた。


「本来であれば、わたくしもクエル様に付いて行きたい所存しょぞんでございますが」


「学園長が付いて行く訳にもいかないだろう。 気持ちだけもらっておこう」


 短くなったヘブンリーフを揉み消すと、クエルは立ち上がった。



 放課後。


 クエル、ケイン、ミレーヌの三人は冒険者ギルド本部を訪れていた。


 ベネディクト王立学園対抗戦での三人の活躍は、記憶に新しい。


 ギルド内に入ると、早速クエルたちに注目が集まる。


 ざわめくギルド内であったが、クエルたちの後ろにセリカがいる事に気が付くと、水を打ったように静まり返った。


 そんな中、奥の酒場から声をかけられた。


「おっ、来たな三人とも」


 酒場の一角に陣取っていたのは、虎族の獣人フウであった。


 クエルたちがフウに近づく。


 テーブルの上には酒の空ビンと、食べ散らかしたツマミが散乱していた。


 どうやら一人で酒盛りをしていたようだ。


「フウ、あなた昼間から飲んでいたの?」


「嬢ちゃんたちが来るまで暇だったんだよ」


 気怠そうに手にしたグラスを傾け、残っていた酒を飲み干す。


「っで、坊や、ちゃんと休みは貰って来たのか?」


「はい、学園長から休学の許可を貰ってきました」


「んじゃ、坊やと剣聖ちゃんのパーティー登録をしちまうか」


 フウは立ち上がると、酔っているとは思えない足取りで受付カウンターへ向かう。


 その後を、クエルたちが付いて行く。


「よぉ、冒険者パーティーの登録を頼むぜ」


「はい、かしこまりました」


 受付カウンターで受付嬢が対応する。


「坊や、剣聖ちゃん、二人の冒険者カードを出してくれ」


「はい」


「これでよいのか?」


 ケインとミレーヌが冒険者カードを取り出すと、受付嬢に手渡した。


うけたまわりました、少々お待ちください」


 受付嬢はケイン、ミレーヌ、フウの冒険者カードを受け取ると、四角い箱のような魔道具にカードを差し込む。


 しばらくすると箱がパァッと輝き、冒険者カードが排出される。


「お待たせいたしました。 メンバー登録が完了いたしました」


 受付嬢が冒険者カードをケイン、ミレーヌ、フウに手渡す。


 冒険者カードには、氏名の下にパーティーメンバーの名前が記されていた。


「これで私たちは正式にパーティーになったわけだ。 よろしくな二人とも」


「はい、フウさん」


「若輩者だが、よろしく頼む」


 ケインたちがパーティー結成を喜んでいるのを、クエルは面白くないといった顔で見ていた。


 仲間外れにされた気分である。


「それで、いつ出発するの?」


 クエルがケインたちの会話に割り込むように尋ねる。


「出発は、明日だ」


「フウ殿、何か持っていく物はあるのか?」


「剣聖ちゃんも坊やも武器と防具、それと着替えくらいで良いぜ。 移動用の馬車も道具も全部、ガーランド家が用意してくれるそうだからな」


 そう言ってフウは、チラリとセリカを見る。


「セリカ、旅の準備はどうなっている?」


「旅の準備は、既に整えてございます。 クエルお嬢様」


 クエルの問いに、セリカは頭を下げながら答えた。


 準備は万全。


 旅行気分のクエルは胸を躍らせていた。


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