第百一話 ドラゴン教の影
「嬢ちゃんたちは、ドラゴン教って知ってるか?」
フウはクエルとミレーヌの顔を見回しながら訊ねる。
ドラゴン教。
200年前、勇魔戦争において魔王を倒し世界を平和に導いた聖龍セイントドラゴンの使者である竜の戦士。
聖竜セイントドラゴンと竜の戦士を崇める為に出来た聖竜教が元となり、そこに各地のドラゴンを崇拝する組織が集まり、一大組織が結成される事となった。
現在は、聖龍セイントドラゴンの使者である竜の戦士が現れたと言われている聖龍山の麓に作られた聖龍国に本部を置いている。
この世界に生きている人間で知らぬ者は居ない、世界最大の宗教組織である。
ソフィア・セリカ・エリス・シルビアたち魔族の生き残りにとっては因縁の組織。
竜の戦士にいたっては、クエルの実の父親である魔王アルデ=バーンシュタインの仇でもある。
「えぇ、知っているわ。 それで、そのドラゴン教がどうかしたの?」
「実はここベネディクト王国に、ドラゴン教の視察団が送られてくるらしい」
「視察団? 何のために?」
「少し前、ベネディクト王立学園主催の対抗戦があっただろ。 あの襲撃事件の調査に来る事になってる」
「いまはらでふか?」
相変わらずパンケーキを頬張りながらミレーヌが疑問を口にした。
「ああ言ったデカい組織ってのは、決定から実行まで時間がかかるもんなんだよ」
フウの言う通り、ドラゴン教は巨大な宗教組織である。
宗派も多く一枚岩とは言い難い。
「んっん……あの事件は既に、騎士団や冒険者ギルドが調査報告を上げているはずでは?」
ミレーヌの言う通り、あの事件は王族と貴族を狙った謎の襲撃事件として処理され、テロの実行犯をケインとミレーヌが倒した事になっている。
「何処から聞いたか知らないが、襲撃犯たちが女神教と聞いて剣聖ちゃんたちに会いに来るみたいなんだ」
「げふぅっ!?」
再びパンケーキを頬張っていたミレーヌが盛大にむせた。
隣に座っているクエルが思わず身を引く。
「ゲホッゲホッ……わ、私にですかっ!?」
「……本命はケインでしょ」
狼狽するミレーヌを横目に、クエルは低く冷たい声を出す。
「フウ、あなたさっきから回りくどいのよ」
「……そうだな、悪かったよ。 ちょっと言いづらくてな」
フウは紅茶に口をつけると、真剣な顔になった。
「嬢ちゃんの言う通り、ドラゴン教の本命は坊やだ」
その言葉を聞いた瞬間、クエルから漆黒のオーラがあふれ出る。
カフェの店内の空気が一気に重くなった。
さすがのミレーヌも食事を止め、顔を引きつらせる。
カフェのウェイトレスたちは、その異様さに店の端で震えていた。
クエルの持つフォークが小刻みに震えてる。
「ドラゴン教が、なぜケインを?」
店内はパンパンに空気を入れた風船のような緊張感が漂う。
いつ破裂してもおかしくない雰囲気に、フウの頬を汗が流れる。
「坊やには、ある疑惑がかかってる」
「疑惑? ……何の疑惑?」
クエルが刺すような視線をフウに向けた。
ミレーヌは察する。
次のフウの言葉で、風船が破裂すると。
「坊やには……『天使』の疑惑がかけられている」
スコーーーーーーーーーッン!
甲高い音と共に、フウの座っていた背後の壁にフォークが突き刺さる。
クエルが手にしていたフォークをフウに投げつけたのだ。
フウがわずかに顔を避けなければ、顔面にフォークが突き刺さっていた事だろう。
ミレーヌはつばを飲み込み、ウェイトレスたちは小さな悲鳴を上げた。
「ケインが……天使ですって……」
「落ち着けよ嬢ちゃん、あくまでも疑惑、天使候補ってだけだ」
ガタッ!
漆黒のオーラを立ち昇らせ、席から腰を上げようとするクエルに、メイド長のエリスが背後から両肩に手を置いた。
「クエルお嬢様、その様に興奮なされますとお身体に障ります」
立ち上がろうとしたクエルは、ゆっくりと席に座り直すと震える手でヘブンリーフを取り出す。
その姿は、必死に怒りを抑えようとする震えであった。
制服に付けた大量のアクセサリーが、ジャラジャラと小刻みに音を奏でている。
クエルが震える指先で桜色の唇にヘブンリーフを咥えると、エリスが魔法で火をつけた。
火のついたヘブンリーフを吸うと、クエルは煙をゆっくりと吐き出す。
カフェの店内に、ヘブンリーフの甘い香りが漂う。
店内が重苦しい沈黙に包まれる。
その沈黙を破ったのはミレーヌであった。
「フウ殿、その天使と言うのは、あの女神教の神官が言っていた」
「あぁそうだ」
「その天使とは、何なのですか? 天才とは違うのですか?」
以前ミレーヌは、クエルに天使の事を聞いた時、剣と魔法両方を使える天才の事だと聞いていた。
だが、それだけではないと言う事は、薄々気が付いていた。
天使。
それは、異世界から転生してきた女神の使い。
その力は、異世界から転移してきた勇者に匹敵するとされていた。
この力は有望である一方、脅威にもなりうる。
ケインはただでさえ天才と呼ばれ、世間からは若き英雄と称えられているのだ。
天使である事が確定すれば、ケインは国の管理下に置かれる事になるかもしれない。
むろん、ケインが正真正銘の天使である事を知っているのはクエルだけであった。
だが、天使候補と言うだけであらゆる組織から狙われる事になる。
女神教だけではない。
既にベネディクト王国の上層部も、ケインを天使候補と見ている。
クエルの青い瞳には、大切な人を奪われまいとする狂気が宿っていた。
「ドラゴン教が、ケイン殿を天使だと思っていると?」
「そうだ、ただ今は魔人の出現でドラゴン教内もごたついてるみたいでな。 視察団の方もそこまで高位の神官が来るわけじゃないみたいだが……」
そこまで言って、フウはドラゴン教が最も警戒している者の顔を思い浮かべる。
生意気な狼娘の隣に立っている、黒髪の男の事を。
フウが考えていると、ゆっくりとクエルが口を開く。
「そのドラゴン教の視察団、いつ来るかわかる?」
「あ……あぁ、既に隣国辺りに来ているはずだ、もうじき国境を超えるんじゃないか」
そこまで聞いて、クエルはエリスに命令を出す。
「エリス! 今すぐセリカに連絡を取りなさい」
「かしこまりました」
「フウ、有益な情報ありがとう、使える内は生かしておいてあげるわ」
そう言うとクエルは席を立ち、エリスたちメイドを伴ってカフェを出た。
お読み頂き、ありがとうございます。
この作品を「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたなら
ブックマーク登録と下にある★★★★★をポチッと押していただけるとありがたいです。
感想やレビューも是非お寄せください! 皆様からの応援をお願いします!




