第百話 女神教のその後
クエルがフウに連れられて訪れたのは、以前ケインと共にお茶をしたカフェであった。
テーブルの上にはパンケーキと紅茶のセットが置かれている。
チラリと隣を見ると、ミレーヌの前に、ホイップクリームが山盛りとなり溢れんばかりのフルーツを載せた巨大なウルトラハイパーデラックススーパーパンケーキスペシャルが置かれていた。
視線を戻し、前に座っているフウに話しかける。
「……っで、重要な話って、何?」
ティーカップに口をつけるフウを、クエルはジト目で睨みつける。
「そう焦るなよ嬢ちゃん、話す事が多くてな、まずは剣聖ちゃんなんだが」
「わらひでふか!?」
パンケーキを口いっぱいに頬張っているミレーヌが、令嬢らしからぬ声を上げる。
「冒険者ギルドから受けてた魔獣活性化の調査と討伐の件だが、正式に依頼完了になったぜ」
元々シルフィード領へは、魔獣活性化の調査の為に赴いていた。
だが、魔人の出現により本来の魔獣調査報告が保留になっていたのだ。
「それで剣聖ちゃんは今回、調査と討伐に貢献したとして冒険者ランクアップだ」
「んっ……んぐ……ラ、ランクアップ!?」
「Eランク冒険者にランクアップだぜ、おめでとう」
口に詰め込んだパンケーキを飲み込み驚くミレーヌに対して、フウはパチパチと拍手を送る。
「ついでに報酬も出るから、後で冒険者ギルドへ行ってくれ」
「報酬は、別によいのですが……」
「侯爵令嬢様からしたら、はした金かもしれねぇが、お小遣いだと思ってもらっときな」
「わ、わかりました」
実際、ミレーヌからしたら報酬よりもランクアップの方が重要なのだろう。
ミレーヌは素直にフウの言う事を聞く。
「さて、次の話は嬢ちゃんと剣聖ちゃんにも関係する話だ」
「ようやく本題が聞けるのかしら?」
パンケーキにフォークを刺し、クエルがいぶかしげに尋ねる。
「それで、何の話をしてくれるの?」
「女神教についてだ」
フウの言葉にクエルは目を細め、ミレーヌは口に運ぶパンケーキの手を一瞬止めた。
女神教。
学園対抗戦の際に、ケインの魂を奪うために暗躍した女神を崇拝する狂信者たちの集団である。
クエルたちは奪われたケインの魂を取り返すために、女神教と死闘を繰り広げた。
そして、クエルたちの活躍によりケインの魂は取り戻され、女神教の信者たちは一人残して抹殺。
生き残った一人は、ボロボロになりながら敗走した。
その後、国外に逃亡した為、女神教に関しては冒険者ギルドが追っていたはずである。
「……何かあったの?」
「結論から言うと、女神教のデカいアジトをぶっ潰した」
「ほれは、ほいことではないのれふか?」
パンケーキを頬張りながら、ミレーヌが訪ねる。
「まぁ良い事なんだが、ちょいと気になる事があってな」
「何よ、気になる事って」
「それがな、ぶっ潰した女神教のアジトを調査したところ、地下に妙なモノがあったそうなんだ」
「妙なモノ?」
フウの話では、潰したアジトを冒険者ギルド職員と、派遣された魔導師協会の魔導師たちで調査していたそうだ。
そして彼らは、アジトの地下で奇妙な祭壇を発見する。
祭壇には、人間がひとり入れるほどのガラスのケースが置かれていた。
魔導師たちの調査によって、祭壇は錬金術に使うモノではないかと推察された。
「そのガラスケースの中身は?」
「調査団がそいつを発見した時には、既にガラスが割られて中身は無なかったそうだ」
「それなら、アジトにいた女神教の信者にでも尋問して何があったのか聞けばいいじゃない」
「そりゃ無理だ」
「何でよ?」
「その場にいた女神教の信者たちは全員、皆殺しにされたからな」
「皆殺しですって!?」
「信者の連中はバラバラにされたり潰されたりしてアジトの中は一面血の海、調査団の連中なんかそれを見て全員吐いたって話だぜ」
それを聞き、ミレーヌのパンケーキを食べる手が一瞬止まる。
クエルも、その様子をリアルに想像してしまった。
「一体、誰がそんな事を?」
「冒険者ギルド総本部が女神教の調査を依頼した、Sランク冒険者たちだ」
「Sランク冒険者……たち?」
「冒険者の中では、いろんな意味で悪名高い三人組でな、盗賊や犯罪組織なんかを専門に狩る連中だ」
「フウ殿、それがなぜ悪名高くなるのですか?」
ミレーヌの疑問はもっともである。
普通、悪党を退治すれば名声が上がるはずなのだが。
「女神教の連中にしたのと同じさ、奴ら犯罪者であれば合法的に人を殺せると思ってるイカレタ連中だ」
「そのような者たちがSランク冒険者なのですか……」
ミレーヌは言葉を失い、パンケーキを口に運んだ。
「まっ、その連中の話は脇に置いてだ、嬢ちゃんはガラスケースの中身、何が入っていたか心当たりがあるんじゃないか?」
フウにそう言われ、クエルは考える。
クエルには、ガラスケースの中身に関して心当たりがあった。
「……天使の器?」
女神教がケインの魂を狙ったのは、ケインが天使だと思ったからだ。
女神教は、クエルと交わったケインの肉体を天使に相応しくないと言った。
そして穢れた肉体の代わりに、天使に相応しい肉体へケインの魂を移そうと計画したのである。
「おそらくな、女神教の何者かがアジトを襲撃される前に、ガラスケースから天使の器を移動させたんだろう」
「何者かって……まさか、ザビーネ」
学園対抗戦の時に、ケインを手に入れようと暗躍していた女神教のシスターである。
女神教の中でも幹部クラスの人物であり、ケインをめぐりクエルと激しい死闘を演じた。
結果、クエルに敗北し、襲撃者たちの唯一の生き残りとして逃亡した女でもある。
「皆殺しにされた信者の中に、それらしい女は居なかったそうだ、可能性は高いだろうな」
「あの女が天使の器を……」
ザビーネの天使に対する信仰は、常軌を逸していた。
それこそ、クエルがケインに狂気的に依存する感覚に近い。
天使の器がどのようなモノかは分からないが、クエルとケインにとってろくなものでない事は確かだ。
それがザビーネと共に消えた可能性がある。
「女神教の残党どもがどれくらいの規模なのかはわからんが、今回アジトを潰された事で今後当分の間は大きな活動は出来ないはずだ」
「……そうね」
女神教は事実上無力化した。
天使の器とザビーネの行方は気にはなるが、これでケインが女神教に狙われる事もないだろう。
「ケインに関して有意義な情報だったわ。 命拾いしたわね」
ティーカップを手に紅茶を口にするクエルに対して、フウが申し訳なさそうな顔をする。
「あ~悪い嬢ちゃん、坊やの重要な話ってのは、もう一つの別の話なんだ」
「……何ですって?」
女神教の話は十分に重要な話であった。
これより更に重要な話とは……。
「それじゃ、改めて聞かせて頂戴、ケインの重要な話って言うのを」
クエルはティーカップを置くと、フウに促す。
その横では、口の周りをホイップクリームだらけにしているミレーヌが、口を動かしながら見守っていた。
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