第一章 06 オンリー・スマート・ランアウェイ
《Α・ο 1400》
《〈南部辺境〉荒廃街道〈墜落孔湖〉近傍》
《主観:ユーヤ》
──想定出来なかった。
──偶然だった。
いや……違うか。むしろ、想定出来たからこそ、だ。
『サウリ』の方を見ていたオレは、その後方の〈戦車〉の事も視界に入っていた。
〈戦車〉の、砲塔が、動いた──
そう思った瞬間、オレは咄嗟にサウリを抱えて横に飛んだ。
──ッ!!
強烈な衝撃が、空気を震わせ、体を通過する。
偶然だった、というのも実際は違うか……本当は、見えていたからだ。
〈戦車〉に向かって歩いていた巨漢が、腕を振り上げていたのが。
そうだ。
連中が、ただでオレを帰す訳が無い。
ついでに、真実を知ったら敵に回りそうな、目の前のサウリも。
そう──想定できた事、だったのだ。
空中に在る間の、一瞬の思考。それが途切れると同時に、オレ達の体が地面に落ちた。
「──ゥッ!」
「グッ!」
なり振り構わぬ横っ飛び。当然まともに受身も取れず、サウリの体もカバーし切れなかった。
砲撃が至近距離を通過した衝撃に眩む目を何とか開き、抱きかかえた腕の中のサウリの様子を確認する。
こちらも衝撃にやられたのか、意識を失っている様子のサウリ。
だが、抱えた腕に鼓動も感じるし、呼吸もしている。出血も見当たらない。
ともかく──まだ生きている。
抱えた腕の中のサウリも、オレもだ。
安堵していると、耳障りな高笑いが聞こえてきた。ついさっきも聞いた、高笑いだ。
「ゲーッヘッヘッヘッヘッヘッ! すげぇなオイ! あのガキ共、〈滑空砲〉を避けやがったゼ!?」
ヒッヒッヒとかヘッヘッヘとか。 追従の笑いも、聞こえてくる。
……クソ、連中ここでカタをつける気だ。
何とかこの倒れた状態で、隙をついて──
「オゥ、起きろガキ共」
「……」
「その寝転がった状態のまマ、吹き飛びたいなラ……動かんでモ良いガナ?」
「……チッ。分かった、今、起きる」
オレは舌打ちしつつ、ゆっくりと体を起こす。
倒れた時の打撲は、大した事無い。だが〈大口径砲〉が至近距離を通った影響で、まだ頭がクラクラする。
そっと横目で確認すると、打ち所が悪かったのか、オレより近い距離で砲弾が通ったのか、サウリは力が抜けた状態のまま起きない。
まだ意識は戻らない様だ。
……このままじゃいけない。何とかしなければ、二人とも──死ぬ。
「オウ、しかし、何ダァ? そのクソ生意気な面を見るノが、今日が最初で最後カと思うと、意外にモ……小躍りしタくなっちまうゼ!?」
ギャハハハハハハハ! と、むかつく笑いを続ける巨漢。
……何か、何か無いか。奴の隙を付いて、この状況から離脱する術は。
正面は巨漢と〈戦車〉……もし奇跡的に横を抜けても、後ろから撃たれて終わりだろう……ナシ。
右も、左も、半包囲の状態で〈戦車〉がこちらを狙っている……そもそも、一両であっても撃破するだけの火力は持っていない。
唯一の火力と言える、左手に駐機している〈ナイト〉が動かせれば、目の前の連中全部が相手でも負ける気はしないが……まともに動かすには乗り込んでから動かすまでの間に、どんなに急いでも20秒は掛かる。そんな隙をつかれない訳が無い……ひとまずナシ。
後方は……僅かな盛り上がりこそあるが、抜けるには問題ない距離に『レイク』がある……あるが、ここもナシだ。
同じ外縁部でも、なだらかな斜面の場所なら一考の余地はあったが、この付近の岩盤が硬かったのかほとんど垂直に近い壁面になっている。そこに飛び込むのは、単なる自殺でしかない。
……クソ、八方塞がりじゃないか……!
「──サぁーてト」
オレが必死に考えを巡らす間に、馬鹿笑いに飽きたらしい巨漢が、ゆっくりとこちらに視線を向ける。
そのまま、ゆっくりと手を持ち上げていく。
何か……何か……何か無いのかッ!?
……ん? 〈アレ〉、は……?
顔を動かさず、横目で必死に周囲を見回していたオレは、〈ある物〉に気付いた。
そうか……〈アレ〉があった。〈アレ〉があれば、使えなかった〈ルート〉が逃げ道の一つになる。後の問題は……それを使う為の、隙。
何か、奴の気を引けるものは……!?
必死で考えるが、焦れば焦るほど考えが浮かばない。
そして、何も出来ないオレを見ながら、唐突に真顔になった巨漢が──言う。
「じゃーナ、クソガキ」
手を
(チクショウ)
ゆっくりと
(これで)
下ろし
(終わりか!?)
きる──
「──『ラギャ』! 〈スモーク〉全弾ッ!」
突然、足元から大声が響いたかと思うと、戦車の包囲の内にあった〈岩〉。
荒野では何処にでも転がっている、その〈岩〉の一つから唐突に、かつ盛大に、真っ白な〈スモーク〉が辺り一面に立ち上った。
まとわりつく様な白い煙は、あっという間に広範囲に広がると、戦車からオレ達を隠す。
「──少年!」
足元から声を掛けられたかと思うと、棒立ちだったオレは勢いよく手を下に引っ張られ、地面に倒れ込んだ。
──! ──!
すぐ上を、とんでもない速度で〈何か〉が飛んでいく衝撃。
一瞬眩暈にクラっとするが、意識を持っていかれないよう腹に力を入れて耐える。
慌ててうつ伏せのまま横を見ると、スモークで見え辛くなったとはいえ、そこにあったのは予想通りの顔。
オレと同じくうつ伏せのサウリの顔が、極至近距離にあった。
今、引っ張られなかったら……!
「あ、ありがとう……助かったよ」
「これでおあいこ、だ」
こんな状況にも関わらず、ニヤリと笑う彼女に、オレも思わず笑ってしまう。
と、真面目な表情に戻ったサウリが、言葉を続ける。
「少年、この煙幕はそう長くはもたない。何か、手はないか?」
「……よし、今なら〈ナイト〉で強行突破を──」
オレがそう言った瞬間。
──ッ! ──ッ! ──ッ!
断続的に腹に響く砲撃音。
──ゥゥゥン………
続けて、重たい物が倒れる音。
クソ……いくら〈ナイト〉でも、人が乗っていなければ単なる的。
集中砲火を浴びて、擱坐してしまった様だ。 このプランは……無理か。
となると──クソ、出来ればやりたくはなかったんだが。
周りを見回し、絶対に必要な〈モノ〉──放り出された〈サバイバルキット〉の位置を確認する。
「き──サウリ、水は平気?」
オレの質問に、サウリは一瞬驚いた顔をした。が、即座にニヤリと笑う。
「任せたまえ。気合で何とかなる」
「じゃあ──」
行こう、とオレは言おうとした。 しかし、被せる様に再度あの大声が響き渡る。
「テメェら、何やってやがル! すぐそこに居るだろうガ! どケ、オレサマが撃ツ!!」
咄嗟に声の方向を見れば、スモークの奥に薄っすらと巨漢のモヒカン頭が動いているのが見える。
マズイ、スモークが晴れてきている!
オレは無言でサウリの手を引っ張ると、後方──『レイク』に向けて走り出した。
途中で〈サバイバルキット〉を引っ掴み、胸の前に抱え──
「オレに掴まれ!」
「──ああ!」
『レイク』壁面の絶壁から、サウリと共に中心へ向けてダイブした。
□■□
《Α・ο 1405》
《〈南部辺境〉荒廃街道〈墜落孔湖〉近傍》
《主観:不明》
「──フン、バァーカな連中ダ」
スモークが晴れていく中、巨漢はぼそりと呟いた。
周りで慌てている手下を尻目に戦車から離れ、砲撃で倒れた〈ナイト〉へと近付いていく。
「か、カシラぁッ! 奴ら、一体何処へ?」
自分を追いかけながら呼びかけてくる手下の声を聞き流しつつ、〈ナイト〉のコクピット回りを確認する巨漢。
煙幕に紛れて乗り込まれないよう、おおよその位置で砲撃を叩き込んだのだが、どうやら戦車砲で傷付いたのは外部装甲だけらしく、内部電源系は異常無さそうだった。
もっとも、傷付いた外部装甲も貫通はしておらず、砲弾を弾くか装甲の途中で停止させていた。
「流石は〈ナイト〉、ってトコだナ……オイッ! 誰カそっちの〈移動支援ユニット〉も調べて来イ!」
〈移動支援ユニット〉の付近に居た戦車の乗員に、巨漢は指示を出す。
手下の威勢だけは良い返事を背中で受けながら、巨漢は自分の戦車を振り向きつつ言った。
「ガキ共ハ、〈クレーター〉の中ダ」
「ッて事は、まだ生きてるかも──」
慌てて確認に行こうとする手下を、巨漢は呆れたような視線を向けながら止める。
「バカかおマエ? あの〈穴〉が、ドンだけ深いか分かってんだロウガ。何の装備も無しで落ちれバ、ボロクズみてぇになるだけダ」
「で、でもカシラ……もしかしたら……」
言い募る手下を横目に、〈キャバルリー〉の方を眺める巨漢は言葉を続ける。
「マ、確かに何の手も無ク飛び込んだ訳ジャあねぇだろウが……オメェ確か、元『軍属』崩れだっタナ?」
「へ? あ、はい。そうですが」
「だったラ、聞いた事あるんじゃねェカ? 10何年か前の〈調査〉の事をヨォ」
「……ああ! あの〈調査〉って、ココの事だったんですかぃ!」
少し考え込んでいた手下は、唐突に何かを思い出した。
その様子を横目で見ながら、巨漢は言い捨てる。
「モシ、偶然だか強運だか、はたまた機転デ助かったとしてモ、長くはネェ……何セ──〈あそこ〉は『居住不可領域』、この世の『地獄』だからナ」
「そいつぁ……そうですね」
それに納得したのか、手下は押し黙る。と、〈ナイト〉の後方から他の戦車に乗っていた手下の声がした。
「カシラーッ! こっちの〈ウマ〉は、見た感じ問題無いみてぇですぜ!」
「ヨーシ! テメェラ! 〈アジト〉に帰るゾッ!」
大声で周りに指示を出すと、巨漢は〈ナイト〉のコクピットへと乗り込んだ。それを見て、手下は感心する。
「さ、さっすがカシラ! 〈ナイト〉の操縦も出来ちまうんですね!」
その視線を受けて、巨漢は一瞬動きを止める。が、一瞬後思わず呟くように声を出した。
「……まぁ、ナ。オレサマも、もう一度乗る事があるトハ、思わなかったがヨ」
「へ? カシラ? 今、なんて?」
「ウルセェ! さっサと出発の準備をシてこいヤッ!!」
「へ、へぇ!」
慌てふためきながら戻る手下を見ながら、『ある事』に気付いた巨漢はポツリと呟いていた。
「……あン? そういヤァ──」
「──後詰の連中ハ、一体何処で道草喰ってやがんダ?」
□■□
《Α・ο 1305》
《〈南部辺境〉荒廃街道》
《主観:不明》
「──戦闘の勘までは鈍っていなかったが、想定よりは手こずってしまったな……急がなければ。まだまだ青いユーヤでは、単純な戦闘技術ならばともかく、絡め手で来られては、如何ともし難い。支援が必要だろう」
ウォールは陣取っていた岩山から離れつつ、『シヴァル』のコクピットで一人ごちると、〈隠蔽網〉をかけていた自分用の『移動支援ユニット』へと乗り込ませる。
そのまま慣れた手つきで直結を終えると、『戦場』を後にした。
そう──文字通りの、『戦場』を。
……ウォールが離れていった、岩山の頂上付近。
『戦場』の跡地では、たなびく黒煙を伸ばす燃え盛る炎と、かろうじて原型が分かる程度の兵器の残骸が、無残な姿を晒していた。
そして運良く……か、どうかは定かでは無いが、ただ一人生き残った荒野迷彩のフードに偏光グラスの〈ゴーグル〉を付けた、先程までウォールと会話していた『男』が、岩陰で荒い息をついていた。
「ハァ、ハァ、ハァ……聞いてねぇ、聞いてねぇぞ……」
「あ、あれは……『アニキ』と……『アニキ』と同じ──」
「──『バケモノ』じゃねぇかッ!」




