第一章 05 ロバーズ・スルー・マイネイム
《Α・ο 1350》
《〈南部辺境〉荒廃街道〈墜落孔湖〉近傍》
《主観:ユーヤ》
少女が〈銃〉を持たない手で、オレの後ろを示す。
促されるままに、ゆっくり『レイク』と反対の方角を確認すると、こちらを囲むように接近してくる数台の〈戦車〉が見えた。
……いや、速度と形状からして〈高速戦車〉か……あの部隊構成……それに、段々と大きく見えてくる車体にマーキングされた『白い骸骨』……って事は。
「〈ホワイトスケルトン〉!? 何で連中が、オレの行動を……?」
驚愕するオレを見ながら、少女が微笑む。
「まぁ、少年は相当なレベルで嫌われていたって事さ……いや、少年の居る『盗賊団』は、と言うべきかな」
ニヒルな笑みを浮かべつつも、一瞬真顔になった少女が言葉を続ける。
「今までに、いくつも『傭兵団』や『隊商』を潰していたんだろう? 生き残りが流れていった『傭兵団』もあったって事だよ。『彼ら』みたいにね」
その言葉に、オレは思わず彼女を睨んだ。
人を襲い、物資を巻き上げ、場合によっては皆殺しにする『盗賊団』……連中と情報を共有すると言う事は、目の前の彼女も。
「お前も〈ホワイトスケルトン〉の一味だったのか……クソッ、助けようなんて思うんじゃなかった!」
横目で睨みながら吐き捨てるオレに、彼女が表情を険しくして言う。
「心外だな……あたしはフリーだよ。と言うより、『利害』の一致……と言うか交換条件と言うか。少年の所属する『盗賊団』があまりにも悪逆非道だと言うので、協力しただけさ」
言い終えると、フンッとばかりに顔を背ける彼女。そういう仕草は、外見に応じて幼く見えるのだが……って、違う! それ以前に今、コイツ何て言った!?
「ちょっと待て! 『オレ達』が何だって!?」
「……ふむ? その反応と良い、さっきの甘さと良い……実際の所、まだ少年は余り関わっていないのかもしれないな……あまりにも善人が過ぎる」
オレは慌てて確認しようとするが、少女は特に表情を変えずに答える。
「──潰した『傭兵団』や『隊商』のメンバーを全員虐殺し、その死体を他の『傭兵団』に見せびらかすように街道にばら撒くような人間には見えん」
「な……何だよそれはッ!? オレ達が、そんな事する訳無いだろうがッ!」
事実無根な事を言っている少女に反論しながらも、さっきから少女が言う内容に何か違和感があった事に、ようやく気付いた。
コイツ、〈ホワイトスケルトン〉の連中の事を『傭兵団』と言っているのだ。それに、オレ達の事を『盗賊団』とも。
まるで逆だ……この少女、多分連中に騙されている!
「逆だッ! オレ達は『盗賊団』じゃないし、連中は『傭兵団』じゃない! お前、連中に騙されてるぞッ!」
必死に訴えるも、少女は動揺する素振りすら見せない。
むしろ、呆れたように半眼でこちらを見ている。
「やれやれ。言い訳をするなら、せめて対等な立場の時にするべきだよ。今言った所で、どうにか逃げようとしているとしか思えないさ。それに──」
最初から騙まし討ちされてるのに、いつ弁解するんだよ!?
理不尽なセリフに内心地団駄を踏みつつ、オレは何とか弁解しようとするのだが──次の彼女のセリフに、思わず動揺してしまった。
「──ついさっき『軍』の輸送トラック小隊を襲撃しておいて、何を今更ってヤツだよ」
しまった……! どこからかは分からないが、さっきの『作戦』を見られていたのか……!?
オレが動揺する様子を見ながら、半眼のまま彼女は言葉を続ける。
「結果的に取り逃がしたみたいだけれど、あんなに派手に煙幕を張ったら、かなり遠距離からでも確認できたよ」
「あ、いや、さっきのは……」
「さっきのは?」
「……えーっと」
う、上手く説明出来ないッ!!
何てこった……! まさか、使用期限間近の〈スモークグレネード〉が、ここに来て足を引っ張るなんて誰が思うか!
「説明出来ないって事は、そういう事だね」
「ち、違うんだが、こう、すぐには上手く説明できない……」
少女が苦笑し、オレが自分の行動を悔やむ間にも。
戦車による包囲の輪は、段々と縮まっていく。
それに合わせて、少女はゆっくりとオレの周りを円を描く様に動き、お互いの立ち位置を変えていく。
焦燥にかられたオレに出来るのは、それをただ眺める事だけだった。
「……まぁ、安心すると良い。〈MD〉は無理だろうが、最低限少年の命くらいは、あたしが何とかしてみよう……気になる事も、あるしな」
□■□
──やがて、一定の距離を置いて〈高速戦車〉の群れが停止した時には、オレに逃げられるルートは無くなっていた。
後ろは〈レイク〉の縁、前には銃を構えた少女、合わせてオレと少女を半円状に囲む戦車。
クソ……〈MD〉に乗っているならまだしも、生身のオレだけでこの状況は覆せない……あるかは分からないが、何か機会を待つしか無い。
オレがそう考えていると、こちらに向けた目線はそのままに、少女が後方の戦車へ向けて声を掛ける。
「──やぁ、諸君。随分遅かったじゃないか」
にこやかに少女が呼びかけると、すぐに包囲の真ん中の戦車から、窮屈そうにしながら一人の『巨漢』が降りてきた。
「へっへっへッ! ワリィワリィ!」
特徴的な金髪のモヒカンヘアと、左の側頭部に描かれた『白い骸骨』。
白っぽい砂漠迷彩で統一された、ダボっとした〈カーゴパンツ〉と短めの〈ツールベスト〉が、盛り上がった褐色の筋肉のせいで全然適正サイズに見えない。
そして、ベストの上から〈ショルダーホルスター〉を着けており、ちらりと顔を覗かせているのは木製の様に見える銃把……もしあれが本物なら、『帝都』にあるとか言う『歴史資料館』にでも収蔵されてそうな、骨董品を使ってでもいるのだろうか。
……そんな感じで、全体的にいかにも〈盗賊〉か〈ならず者〉……そんな印象を受ける男だった。
……と言うか、こちらに近付いてきて分かったが、この男……体の『サイズ』に違和感がある。何か……妙にデカく、ないか。
巨漢が、一歩一歩地面を踏みしめる度に、いやに重量感のある音が荒野に響く。
おかしな感覚の理由を見極めようと、ジッと観察している間に。巨漢は少女から数mの位置に立ち止まり、やおら腕を組んで喋りだした。
「──そこのクソ〈ナイト〉野郎が、やたら飛ばすもんでナッ! オレサマ自慢の『ボーンヘッズ』でも、なぁかなか追い付けなかったのヨォ!」
巨漢の発する独特の音程の声、何処か機械的な雑音が混じるその声を聞いて、ようやくオレは理解した。
コイツ……『機械強化式』の『サイボーグ』か!
オレの驚きを余所に、『サイボーグ』の巨漢は言葉を続ける。
「にしても、流石ダゼッ! 宣言通り、たった一人で〈MD〉を捕獲するとハ!」
「……まぁ、『想定』とは少々違ったが……結果は予定通りと言う所だろう」
「なぁニ、何事も結果ガ全部って言うじゃねェカッ! ヘッヘッヘッ!」
腕を組んだまま、下品に大笑いする巨漢。
戦車から顔を覗かせている手下連中からも、追従の笑いが聞こえてくる。と、笑いを納めた巨漢は少女に大声で言った。
「さーて、お嬢ちゃンヨ! 早速だガ、その〈ナイト〉野郎をコッチに渡して貰おうカ!」
「ふむ、良いだろう──と言いたい所だが……その前に、一つ良いかな?」
それまでにこやかだった少女が、急に真顔になると巨漢に聞き返した。
「最初の話では、君達に仮の〈通行税〉として預かられたあたしの〈トレーラー〉を、そこの〈MD〉と交換で返して貰える、という話だった筈だが……あたしの〈トレーラー〉は、何処にあるのかな?」
「ああ、アレカ? アレなら……オレサマ達の〈アジト〉に、ちゃーんと保管してあるゼ! 何ダァ、心配してるのカ?」
逆に聞き返された少女は、一瞬止まったがすぐに笑顔になると言った。
「ああ……すまないね。何分、大事な〈トレーラー〉だ……旅には、必要な物がたくさんあるんだよ」
「確かニ、アレだけ設備の整った〈トレーラー〉ハ、なかなか無ェナ! ヘッヘッヘ! ダーイジョーブー! オレサマ達は〈義賊団ホワイトスケルトン〉! 生きていく為に、仕方なく多少の『税』を集めているガ、本来は困った人々の味方ダ! ──そう、そこに居る極悪非道の〈盗賊団サーペントブレイズ〉等とは、違うのダヨ!」
ビシィッ! と、音がなりそうな勢いでオレを指差すと、巨漢は空を見ながらゲッヘッヘと高笑いをする。
それまでは何とか堪えていたが、その余りに身勝手な物言いに、いい加減我慢できなくなったオレは、思わず巨漢に反論してしまった。
「──テメェ、何言ってやがる……! 民間や軍の〈輸送車〉を襲っては、命も含めて何でもかんでも奪い取るのは、お前らの方じゃねぇか!」
オレの言葉を聞くと、空を見ながら高笑いしていた巨漢は、ゆっくりと笑いを収めつつ視線を下ろしていく。
やがて、真っ直ぐオレを見据えると低い声で言った。
「──アァ? ナマ言ってんじゃネェぞ、クソガキガ。どうやら、今すぐぶち殺されてぇらしいナ?」
そう言うと、巨漢は流れる様な動作で脇の〈ホルスター〉から〈銃〉を取り出して、オレに向けてきた。
向けられる冷たい、まるで路傍の石を見る様な……いや、それよりも尚冷たい視線。
マズイ……コイツ、オレの命なんて本当にどうでも……!
巨漢の視線と向けられた銃口に、完全に呑まれてしまったオレ。
引かれていく引き金が、すぐ目の前に有る様な感覚を感じた瞬間──唐突に横から、少女が口を出した。
「──ああ、そうそう。この少年はまだ若い。それに、〈団〉の悪事にもほとんど関わっていないようだし、逃がしてやろうじゃないか。なに、これだけの思いをしたんだ。また〈団〉に戻る事も無いだろうさ」
少女の言葉に、巨漢はコロッと態度を変えて応じる……銃口は、こちらを向いたままだが。
「おいおいお嬢ちゃン、そいつは出来ない相談ダ! このガキから何を聞いたか知らねェガ、こいつらは〈団〉に入った時点で相当の悪人ヨ! いくら若くても、逃がす訳にはいかネェ……イかねぇんだガ──」
勢い良く、大袈裟な身振りも加えて言う巨漢だったが、何かを思いついたのか一旦言葉を切ると、弄ぶ様にゆっくりと言葉を続けた。
「──マ、もしも……お嬢ちゃンが、あの〈トレーラー〉を諦めるんなラ……考えない事も無いが、ナァ?」
「……ふむ」
少女は〈銃〉を持たない手を細い顎に当て、少しだけ考えると……じゃあ仕方ない、と呟いた。
……少女はさっき、自分の事を『無所属』だと言っていた。そんな人間が、旅に絶対必要な〈トレーラー〉を諦めろと言われて、うんと言う訳が無い。
……こうなったら何とか、殺される前に無理やりにでも逃げ出す算段をするしか──
「構わんぞ」
「……は?」
「……ぁア?」
思わず驚いて固まるオレと巨漢を余所に、きっぱりと言い切った少女は、こちらに向けて構えていた〈銃〉を下ろしながら言う。
「あの〈トレーラー〉は譲ろう。代わりに、この少年はあたしが預かるが、もちろん構わないな?」
「ア? ……ああ、そりゃ構わないガ……本当に良いのカ? そんなクソガキ一匹と、あの〈トレーラー〉を交換デ?」
「何度も言う気は無いぞ……では、これであたしは失礼する。ああ、今後も義賊活動頑張ってくれ」
それだけ言うと、巨漢に背を向けて少女はオレに近付いて来た。いまだに呆然としている周囲を無視して、少女が話しかけてきた。
「──ふむ。まぁ、少年も命が助かっただけマシだと思うのだな」
「……君は……何を考えてるんだ」
呆然としながら呟くオレに、少女は細い指を横に振りながらウィンクをする。
「チッチッチ──『サウリ』、だ」
「……サ、ウリ?」
「そう、あたしの名前は『サウリ・ザンド』。さっきから思っていたんだが……『君』、と言うのはどうにも面映ゆくてね」
「……はぁ」
「気軽に、名前で呼んでくれたら助かるよ……さて、少年──」
にこやかに話しかけてくるサウリに、オレは根負けした……開き直ったとも言う。
「──君は、何と言う名前なのかな?」
呆れてうつむけていた顔を上げながら、苦笑しつつ少女──サウリに、答える事にする。
「オレの名前は──」




