第一章 04 ボーイ・ミーツ・ガール
設定多め回
《Α・ο 1330》
《〈南部辺境〉荒廃街道》
《主観:ユーヤ》
「──しっかし『用事』って、一体どうしたんだかな、ウォールの奴? ……ま、良いか。アイツ、たまにフラッと居なくなるし。気にしても仕方ない」
〈アジト〉に向けて出発したオレは、〈移動支援ユニット〉で走りながら、ふと呟いていた。
出発した直後こそ何も無い荒野だったが、少し移動すればすぐに道が険しくなってくる。
〈アジト〉のある〈フォスト〉の街への道筋には、過去の戦争で使われたと言う、とんでもない『兵器』によって作られた天然……と言っていいのかわからないが、人を寄せ付けない『危険地帯』──『居住不可領域』が、幾つかあるからだ。
──その昔、宇宙開発が盛んだった頃に作られたと言う、全長1000mもの〈戦宙艦〉が墜ちた跡であり。
今も中心にはその〈戦宙艦〉の残骸が〈塔〉の如く突き刺さり、中には何故か一年中霧が立ち込め雲海の様になった、直径が8km近くもあるクレーターである──『墜落孔湖』
──惑星開発用の送電レーザーを転用した、軌道上からあらゆる地点を攻撃出来た〈衛星兵器〉が暴走し。
宇宙から降り注いだ極高密度熱線により、溶け落ちた岩盤によって壁面が〈高密度セラミックス〉と化した、遥か地平線から続く深さ3000mを超えると言われる──『断絶峡谷』
──大規模な極秘兵器生産工場が、管理する人間を失った後も人工知能によって〈NBC兵器〉を生産し続け。
後に制圧しようとした敵の軍隊を巻き込んで自爆、異常なまでに多重汚染され、生物は存在すら許されない──『終末の丘』 etcetc..
ある意味では『絶景』だが──正直呆れる景色と言うしかない。何の為の科学技術だか。
周りの連中が言うには、一昔前と比べて相当情勢も安定してきたらしいが、正直今だってそんなに良くは無い。とある事情で、『一昔前』ってのがオレにはイマイチ分からないんだが、今より悪いってのはろくなもんじゃなかったんだろうな、とは思う。
オレ達が今の住処にしてる、この〈ヒムカス帝国〉も近隣の国とは……やっぱり仲が悪い。
〈ムア大陸〉南部に位置するこの国の周囲は、幾つかの国と接している。
北の〈ナパジェ共和国〉。
東の〈リブーサ王国〉。
そして、西にある『碧獄』を抜けた先にあると言う超大国〈ドエン連合〉。
他にもいくつも小国はあるが、国として力を持っているのはこの4つだそうだ。
んで。
〈ドエン連合〉はともかく、『碧獄』のこっち側じゃあ3つの国が周囲を巻き込みながら、日夜小競り合いに明け暮れている、って訳だ。
──そうそう、今言った大陸のほぼ中央を南北に分断する『碧獄』。何とまぁ、これも戦争の産物だそうだ。
北の方では『碧獄』の切れ目もあるらしいが、南のこの辺りでは正直な話、自殺願望のある人間以外誰も近付かない。
と言うのも、この〈森〉と言うのはただの〈森〉ではない。過去の戦争で使われた、植物をベースにした〈生物兵器群〉。その成れの果てがこの『碧獄』なのだとか。
様々な危険があるこの大陸の中でも、広さ・危険度・厄介さを含めて、オレの知る限り一番の『禁忌領域』と言えると思う。
まず、『碧獄』を構成する〈森〉は特殊な〈胞子〉を全体から放出しているのだが、これは熱への強い耐性と異常な粘着性、加えて人体への強烈な毒性を持つ。
生身で何の装備も無く近づけば、それだけで致命傷だ。
加えて、〈胞子〉により通常の技術ではこの『碧獄』を越えるどころか、近付く事も出来ない。一般的な車両や航空機で一番使われる事の多い〈ガスタービンエンジン〉や〈ジェットエンジン〉が、この〈胞子〉を吸い込んだら……どうなるか。よく考えなくとも分かる事だろう。
……ま、幸い大陸の北から吹く強い気流によって、『碧獄』の東に位置する〈ヒムカス〉には、余り流れてくる事は無いのだが……季節によっては気流の流れが変わり、こちらにも多少なりと降ってくる事がある。
そんな時期は、ただの外出にも〈防毒マスク〉と〈耐性マント〉が欠かせなくなってしまう訳だ。正直、不便でしょうがない。
特に、ここ〈南部辺境地域〉ではその傾向が強い。その中心より少しばかり西に位置する〈フォスト〉の街も、『碧獄』による被害があまり減らない場所だ。
それでも〈フォスト〉の街は、〈南部辺境地域〉で一番大きな街であり続けている。
何故なら、このどうしようもなく荒廃した大地では、まとまった数の人が生存できる場所はとても貴重だから。
例え、すぐ近くに数多くの『危険』があるとしても、だ──
□■□
《Α・ο 1340》
《〈南部辺境〉荒廃街道『墜落孔湖』近傍》
《主観:ユーヤ》
「──っと、いけね。考え事してる間に『道』を逸れるところだった」
バカでかい『レイク』を左手に見つつ北上していたオレは、〈操縦桿〉がいつの間にか傾き過ぎていた事に気付いて、慌てて進路を取り直す。
いくら、ある程度の操縦を肩代わりしてくれる『巡行モード』中でも、基本的に〈ライダー〉の操縦が優先されるからな。
『レイク』の周りは、盛り上がった土砂によって小さな丘で囲まれたようになっているが、所々中心方向に崩落している。場所によっては相当大規模に、抉り取られている所すらあるのだ。
そのせいで、街同士を移動する〈キャラバン〉なんかも、この近辺には滅多に近づかない。いくらショートカットになっても、もし事故って落ちでもしたら、それこそ元も子も無いからな。
オレが走行している『道』も、しっかりと安全な距離を取れている訳ではないから、いつ崩れてもおかしくは無いときてる。正直オレだって、隠密行動が必要でないのなら可能な限り使いたくはない。
要らないショックは、与えないに越した事は無いのだ。
──そんな風に、ついつい目に入る『レイク』に向けていた意識を、進行する路面へ向けたから。オレは、次に起きた事に反応出来たのだと思う。
突然、進路右横に存在していた大き目の岩陰から『人間』が現れたと思ったら、そのまま地面に飛び込むように倒れ込みやがったのだ。
それも、よりによって、オレの〈機体〉の──進路の真上にッ!!
接触警報が鳴り、『巡行モード』の〈機体〉が自動で逆噴射を掛ける。が、このタイミングでは間に合わない!
「だぁぁぁぁッ!? どっ……せいっ!」
咄嗟に体が動き、機体コントロールを完全手動へ。〈移動支援ユニット〉の右後部だけに緊急時制動アンカーを射出と同時に、〈機体〉自身の上体も右へ傾ける。そして進行ベクトルがずれた瞬間に、右後部のアンカーをパージし正面と左の逆噴射を全力で掛け──まずい、このままでは当たる。
自分の『感覚』を信じて、同時に〈機体〉の上体を振り回すようにして左へ。一瞬〈移動支援ユニット〉ごと機体の右半分が浮き、その瞬間に全力で前へ抜ける!
──! ────!
〈機体〉と〈移動支援ユニット〉の何処かから、金属の軋む音と……『何か』が、ゴキンと折れる音が派手に鳴り響いた。
そりゃあ、あんな無茶苦茶な操縦は多分想定外だろうしな……ああ、クソ……『ニゾウ』の親方に殺される──ってそれ所じゃなかった!
慌てて、土煙で霞んでいる〈メインモニター〉に目を凝らし……だぁぁぁ、全然見えん!
……右後部が倒れた『人間』ギリギリを掠めつつも、何とか当たらずに回避に成功した……と思うんだが。イマイチ確証が持てない。
えーっと……とりあえず救護処置をした方が、いいのか? ……でも、もしまともに当たっちまってたら……多分その、『ミンチ』だよな……うううやべえ。折角『仕事』が上手くいったと思ったらこれだよ! ……と、とりあえず〈サバイバルキット〉を出して……後ろの〈搭乗口〉の辺りだったよな?
かなり派手に地面を引っ掻き回したせいで、一向に晴れる様子の無い土煙にやきもきしながら、ゴソゴソと〈サバイバルキット〉を取り出そうと姿勢を変えたオレの目に、ふと〈コンソールパネル〉上にある一つの〈ボタン〉が映った。
……あ、こう言う時にも使えるんだっけ、〈熱探知視覚〉。
オレは急いで〈メインモニター〉の表示方法を変更した。微妙に見にくいモノクロ状態に変化する〈モニター〉を確認すると──そこには、倒れた『人間』……らしきモノが表示された。
少なくとも、パッと見では『ミンチ』にはなっていないように……見える。何とか、当たらずに済んだか?
思わず安堵し掛けた……のだが、そのまま数秒観察しても、マズい事に人影は動かない。
「や、やっぱり当たって……たのかッ?」
だが、『ミンチ』じゃないなら……まだ助かるかも!
俺は急いで〈キャバルリー〉から〈機体〉を分離させ、冷や汗をかきながら慌てず急いで近づける。その間にも、〈機体〉の〈複合センサー〉が対象の情報を収集する。
〈機体〉が近づいた事で、近くの土煙が段々と晴れていく。徐々に露わとなる人影の外見は、荒野を歩く時の常装である〈フードつきのマント〉しか見えない。フードも被ったまま……みたいだ。
きっちりと確認出来る訳ではないが、男にしてはやけに小さい。女性……それとも子供か?
と、そこで集音センサーが反応し、微弱な音声を捉える。
『──ま──、よ─た?』
僅かに顔を上げつつ、こちらを見る倒れた人間。
モニターに映し出される、フードの下から覗くその顔は。若い女性のものに見えた。
──生き、てた!
一瞬の停止の後、オレは慌てて声を掛ける。
「だ、大丈夫か!?」
『──えッ』
急いで〈機体〉を屈ませると、すぐに背部を解放しそのままコクピットから飛び出しかけるが、咄嗟に思い直し取り出しかけたままだった〈サバイバルキット〉を引っ張り出した。
緊急時の〈メディカルキット〉から、〈サバイバルツール〉、〈純水燃料〉、果ては衝撃吸収剤の詰まった予備の〈搭乗者保護装置〉まで付いている。この状況なら何かの役に立つかもしれない。
引っ張り出した〈キット〉を抱えつつ近寄ると、とりあえず状態を見ようと声を掛ける。
「悪い! 咄嗟だったからすぐに反応出来なかった! 何処か怪我をしたかッ!?」
「──あ……む、胸を」
一度は上げた顔をうつ伏せて、少女は自分の胸を押さえるように倒れている。その声はかすれて、震えていた。
腕や足じゃなく、もし体にぶつかっていたら、実は重傷の可能性だってある……単なる打撲程度であってほしい。
「ひ、ひとまず起こすぞ! 体に触るからなッ!」
声を掛けながら屈みこみ、直接触れて分かったその細い肩を持って、少女の体を仰向けにした──瞬間だった。
「──おいおい、なんなんだ? とんでもない『お人好し』だな、少年?」
かすれて震えていたはずの声は、ハキハキとした喋りに。僅かにハスキーなその声は、活力に満ちている。
「──そんな性格で、よく今まで『辺境』で生きてこられたもんだ」
そして、痛む胸を押さえていたはずの手には、いつの間にか〈拳銃〉が握られており、その銃口は真っ直ぐにオレを狙っていたのだ。
思わず一歩後ずさると、少女がすかさず声を掛けてくる。
「おっと、無駄なケガをしたく無ければ、不用意に動かない事だね」
ここまで来て、オレもようやく事態が呑み込めてきた。と同時に、自分のバカさ加減に思わず溜息をついてしまう。
「これは……やっちまった、のか」
「フフッ……ま、そういう事だよ。まさかこちらの『仕掛け』を避けられるとは思わなかったし、大分『想定』とは違ってしまったが……ともあれ、悪く思うなとは言わんよ」
オレの呟きを聞き取り、苦笑しながら返事をする少女は、〈拳銃〉を持っていない方の手をフードに掛けると、ゆっくりと後ろに落とした。
雲一つ無い荒野の強い日光を反射しつつ、綺麗な栗色の髪が零れ落ちる。
……そう、正に『零れ落ちる』と言うのが、的確な表現だった。
オレは──自分の置かれた状況も忘れ、思わず目を奪われた。
肩より少し下まで伸びた栗色のストレートヘアをポニーテイルにして、肌は活発さを現すかのように綺麗に薄い小麦色に日焼けしている。
すっと伸びた鼻梁と、少し小さめの唇は彼女を理知的にも見せるが、大きな瞳が僅かに笑む様はいたずら好きの少女のようにも見える。
身長の小ささともあいまってまるで少女のように見えるが、同時にその茶色い瞳は深く大人を感じさせるものでもあった。
美人なのは間違いないが、年齢不詳で年上にも年下にも見える、不思議な少女……いや、女性、か? まぁ、少女で良いか──だったからだ。
オレが言葉を失って立ち尽くしていると、小首を傾げた彼女がニヤッと笑いながら言った。
「ん? どうした? あたしが美人なのは分かるが、流石に一目惚れするような状況ではないと思うが?」
「だ、誰が一目惚れなんか! その……ち、ちょっと驚いただけだ!」
「へぇ……美人なのは否定しないんだ……フフッ、ありがとう」
「ぐッ……」
どこかヒトをおちょくった様な言葉に、オレは思わず意味も無いのに反論していた。
同時に心の何処かで、きっとコイツとは気が合わない! とも思った。
オレは反論ついでに、疑問もぶつけてみる。
「何で……こんな事をする? 単なる『強盗』か? それとも……オレに何か『恨み』でもあるのか?」
あまり答えを期待していた訳でもないオレの質問に、意外にも少女はすぐに否定を返してきた。
「いやいや。少年に個人的な恨みは、何も無いさ。あたしが用事があるのは、少年の後ろの『ソレ』だけでね」
そう言いながら、綺麗なカーブを描く顎で〈MD〉を示す彼女。
少女の言葉を信じるなら……単純に〈MD〉目当ての物取り、となるが……ともあれ返事が返ってくるのであれば、今の内に情報を得られるだけ得ておこう。
「……君みたいな『女の子』が、こんな〈盗賊〉みたいな真似をするなんて……それに、オレの行動をどうやって知ったんだ?」
オレが続けて質問すると、少女は一瞬キョトンとした顔になり……やがて、何故か笑い出した。
段々とエスカレートする笑いに、理由が分からず憮然とするオレを放置して笑い続ける。
と、それまでぴったりとオレに合わせられていた銃口が、一瞬外れかけた。
──今ならッ!
オレが〈銃〉を奪い取ろうと体に力を溜めた途端、滑らかに動いた銃口はピタリとオレの額に合わせられる。
「おおっと、動かないように。それにしても……フフッ──『女の子』、か」
笑いを堪えながらも、その手はぶれる事も無く構えられている。
「そんな呼ばれ方……大分と久しぶりに聞いた気がするよ。〈銃〉を奪う為に隙を作ろうとしたんだったら、イイ線行ってたね。でもまぁ、自分でも意外と……そう、嫌な気分では無かったかな」
そう言いながら、少女はふわりとした笑顔を見せる。
……クソ、本当に顔は綺麗だな。
「ああ、笑った笑った──と、やっと来たか」
ひとしきり笑った少女は、何かに気付くと笑顔を消してオレの後ろに視線を送る。
同時に、後ろから重く響く移動音が聞こえてきた。
……何だ? 『何』が……来たんだ?
「ああ、『少年の行動』をどうやって知ったのか、だが──〈彼ら〉に聞いたんだよ」




