第一章 03 ライアー・ライダー
《Α・ο 1245》
《〈南部辺境〉荒廃街道》
《主観:不明》
「──そろそろ……良いか」
凄まじい勢いで、輸送小隊が離脱して行ったのを確認すると。
その『男』は一言ぼそりと呟きつつ、モニターを望遠追尾から広域索敵に変更し、〈操縦桿〉から手を外した。
男が居るのは、先程ガート中尉と『謎の人物』が接触していた地点から3kmほど離れた位置にある、荒野から隆起した小規模な岩山の上。その頂上付近の岩陰に隠れた一機の〈MD〉の中である。
右背部に接続された〈多目的砲撃ユニット〉からは、まだ薄く熱気が立ち上り透かし見る景色を歪めている。
その時、男の乗る〈MD〉内のモニターに、表示が出た。
砲撃後、離脱していった輸送小隊も『謎の人物』の〈MD〉も、居なくなった筈の荒野に、動体反応が一つ。
男が一瞥すると、動体反応の内容は〈MD〉。
モニターに映し出される特徴的な逆間接を持つのシルエットは、離脱し居なくなった筈の〈MD〉、その物。
確認と同時に、通信が入る。敵味方識別信号は、友軍の表示だ。
『──もう、大丈夫そうか?』
モニター横のスピーカーから聞こえてくる声は、ツァルコー中尉とやり取りしていた『謎の人物』の物。
「──ああ。お前さんの援護を受けて、わき目も振らず全力離脱。その上、離脱して行きながらも周辺警戒は厳のままだった。流石はツァルコー中尉の輸送部隊、素晴らしい錬度だ。お陰で、今まで身動き一つ取れなんだよ」
感心したように溜め息をつきながら『男』が言う。その言葉を聞いて通信の相手も笑いながら同意する。
『ハハッ! 流石だよなー。ま、実際のところ今回はその必要も無かった訳だけど、な。お疲れさん【ウォール】!』
□■□
《Α・ο 1250》
《〈南部辺境〉荒廃街道》
《主観:ウォール》
『ユーヤ』の得意気な声が聞こえてくる。通信機の向こうでは、おそらく得意気な顔もしている事だろう。
その顔を見たくないから、私がモニターに映していない訳だが……しかし、得意気なユーヤには一つ釘を刺しておかねば。
「……にしても、だ。態々あんなに派手に、〈煙幕榴弾〉まで使用する必要があったのか。無駄に目立つ事になる上、比較的安いと言ってもタダでは無いのだぞ」
渋面で苦言する私に、ユーヤは気楽な調子で返す。
『リアリティを出す為、ってヤツだよ! 信憑性が増すんだから、硬い事言わず勘弁してくれな! ……それに、どうせそろそろ使用期限が──っと、なんでもない!』
……聞こえたぞ馬鹿者め。変な所でケチる癖は、まだ直っていなかったのか。
いつもいつも注意しても、えりくさぁ? が、どうのと訳の分からん事を言って逃げてしまう。戦場で使い惜しみをするヤツは、長生き出来ないと何度も言っているのだがな。
こと〈MD〉の操縦技術に関してはだけならば、相当なセンスがある事を認めざるえないが……実戦投入には、まだ早いのかもしれん。
──さて。
もし、仮に私達の行動を見ている者が居るとすれば。いい加減、どういう理屈なのか分かったかもしれない。
そう。この私、ウォールと、先刻直接ツァルコー中尉と会っていたユーヤ。私達二人で、あの輸送部隊の連中を『ペテン』にかけたのだ。
……もっとも、自己弁護をするならば、この道を進んでしまえば実際に〈ホワイトスケルトン〉の襲撃は在る。それから結果的に守っているのだから、全てがペテンと言う訳ではない。
……ない、のだが……やはり……やり方が、な。
普段であれば、こんな迂遠な事はせず持ちつ持たれつ。
こちらは表向きの『辺境軍』の動向を探る事が出来、代わりに先方の道中を多少なりと安全にする様な情報をやり取りする。それで終わるだけだった、のだが……今日に限って、『恩を売る』等と言い出すとは……何を考えているのか。
……いや、了承した私も同罪だな。
何か──『勘』が働いた気がしたのだが、結果を見るにどうやら気のせいだった様だ。ここしばらく、ユーヤの訓練も兼ねて、実戦から離れているからな……一度『団長』に、相談しておく方が良いかもしれん。
と、私が一人〈MD〉の中で自省していると、モニターの中でユーヤの〈MD〉が大きく手を振った……バカかアイツは。
隠蔽状態の味方に向けて、あからさまな行動をする等あり得んぞ。
と、が呆れ果てていると、通信機からは気の抜けた声が聞こえてきた。
『よーし! んじゃ、〈アジト〉に戻るか! オレは先に戻ってるけど、ウォールはどうする?』
……これは、本当に何も考えていないのかもしれない……私がしっかりしなければ。
「了解した。私も戻──」
──、──。
……この、反応は?
ユーヤに返答しかけた際、私は周辺の環境データから、ある違和感を感じ取った。
『ん? どうした?』
「──いや、少し『用事』が出来た。私は後から戻るので、先に〈街〉に入っていてくれ」
『後からって……何かあったのか?』
突然言葉を翻した私に、ユーヤが訝しげな言葉を返してくるが……やれやれ、まだまだ、だな。
「いや、問題ない。大した『用事』では無いからな」
『あ、ああ……分かった? んじゃ、また後で』
どこか腑に落ちないようだったが、ひとまず納得したらしい。
モニター内の〈MD〉は反転すると、隠蔽網を掛けていた、〈移動支援ユニット〉にドッキングする。
──見た目はまるで子供の乗る『三輪車』だが、サイズは桁違いの上、タイヤでは無くホバークラフト式と言う代物だ。
単独での長距離移動が難点の〈MD〉には、概ね共通で使用できる〈汎用ユニット〉がある。
とは言え。基本的には移動に使う物の為、装甲は無いに等しく、速度も殆どの〈ユニット〉で落ちる。
更に〈ユニット〉単体では〈補助エンジン〉しか搭載していない為、速度もほとんど出ない上に燃費も悪い。
つまり〈キャバルリー〉とは、〈ナイト〉の〈反応炉〉と直結して、初めて真価が出る代物と言える──
私が〈キャバルリー〉について考察していると、ユーヤはこちらに向けて腕を一振りし、〈アジト〉へと走り出した。
……どうにも短慮だが、これも仕方が無い事、か。
一通りの技術を身に付け、半人前でも〈操機手〉になったとは言え……ユーヤはまだまだ若い。
時たま異常な鋭さを見せる事もあるが、まだ純粋に経験が足りないのだ。
故に──こういう事にも、気付けない。
────
先刻から、微弱な反応を続けていた〈短距離レーダー〉が、完全に反応しなくなった。
〈妨害電波〉……どうやら『包囲』が終わったらしい。こちらが、一機になるのを待っていたのか。
流石に、二機の〈MD〉を相手にするだけの『戦力』は保持していない、と言う事だろう。
だとすれば。恐らく『目標』は、私の〈MD〉一機だけ、と見て良いか。
「やれやれ……どうも私は、昔から厄介なモノにばかり好かれるな──」
私が、思わずぼやいた一言が聞こえた訳でも無いのだろうが。
〈隠蔽網〉を使って、隠れつつ岩山に接近していた『連中』が、一斉に姿を現した──ふむ。これはどうやら、先刻の『芝居』が嘘から出た真になってしまったらしい……むしろ、盛大な『煙幕』を炊いたせいでは……よし、戻ったら説教だな。
一つ心に決めながら、モニターに次々と表示される『敵戦力』を確認する。
「〈軽装甲戦闘車両〉に〈ガンワゴン〉〈軽戦車〉……ほぅ、〈重戦車〉も居るのか。他人員多数、と……まったく、『南部辺境』戦力の『見本市』でもやる気か?」
余りに多彩な戦闘車両や兵器群に、つい呟いてしまう。よく、ここまで数を揃えた物だ。
一人感心しながらも、〈妨害電波〉のせいでレーダーが使用できない事から、念の為に全方位の光学センサーと上空に飛ばしてある〈斥候ドローン〉を用いて、他にも伏兵が居ないかチェックしていく。流石に、全ての戦力を一気に露見させる、何て馬鹿な事はしないだろうからな。
臨戦態勢に入りつつ、落ち着いてサーチをおこなっていると。
周囲を取り囲んだ戦闘車両の一つ、唯一の〈重戦車〉の上部ハッチが開き、一人の人間が顔を出した……上に、そのままの姿勢で手に持ったマイクを使い、外部スピーカーを使ってこちらに呼び掛け始めたのだ。
……正気か?
『オイッ! そこの〈ナイト〉野郎!』
荒野迷彩のフードに、偏光グラスの〈ゴーグル〉を装着している為、人相は分からない。が、大げさなまでの身振り手振りを行いながら発する、粗雑な声からしておそらく『男』だろう相手に、私は思わず返事をしていた。
まさか、この状況で生身を晒す様な人間が居るとは、ついぞ思わなかったからだ。興味本位と言っていいだろう。
私は〈操縦桿〉近くの制御盤を操作し、外部スピーカーを有効に変更し──
『──ア、ア……さて、何か用だろうか? 私には、〈君達〉のような知り合いは居た記憶が無いのだが』
『オゥ! 初対面だからなッ! ハジメマシテ〈ナイト〉野郎ッ! ……って、違うッ! 舐めてんのかテメェッ!? ……チッ、調子の狂う。オイッ! 一回しか言わねぇぞ! 〈武装解除〉して降りて来い!』
……『中央』の『帝都』で流行っていると言う、新手の芸人か何かだろうか。ノリの良い相手は嫌いではないが、そうでも無ければ、言っている事がおかしい事に気付く筈だが。
ある意味生真面目な男に内心で苦笑しつつ、私も返答する。
『では、一つ聞こう。何故、〈武装解除〉しなければならない? 理由を簡潔に述べて貰うと、非常に助かる』
『あ、ああッ!? か、カンケツに、だと? あー、その、だな……つまり……って、何でオレサマがんな事考えなくちゃならねぇんだよッ!? こちとら早いトコ始末つけて、『アニキ』の後を追いかけなくちゃなんねぇんだからよぉ!』
……ノリが良いのか、はたまたバカなのか。男は喋らなくても良い事を、べらべらと喋っている。
まだ少しサーチにも時間が掛かる事だし、多少なりと時間稼ぎと情報収集が出来るかもしれない。もう少し質問してみるか。
『んん? 『君達』は、もしかして結構大規模な『組織』なのか?』
とぼけた様に、疑問に思った事を聞いてみる……まぁ、実戦力はともかく、数としてこんな規模の戦力を展開する非合法組織など、この近辺では1つしか無い訳だが。
『オゥ! 聞いて驚けッ! オレたちゃあ、泣く子も黙る大盗賊団ッ! 〈ホワイトスケルトン〉だぜッ! どうだッ!? ビビッたか〈ナイト〉野郎ッ!』
『ああ、やはりか。と言う事は……この場に居るのは総力では無いな──いや待て、むしろ──〈主力〉だけが居ないのか?』
外部モニターの向こうで、何で知ってやがるッ!? 等と騒いでいる『男』、いや〈盗賊〉を無視しつつ、私は急ぎ考える。
予測通り、こいつらは襲撃計画を立てていた『盗賊団』の連中だった。 それは良い。
しかし……事前に行った調査では、『盗賊団』の戦力に、多少旧式とはいえこの〈辺境〉では虎の子と言える、〈高速戦車〉が五両存在した筈だが──
──何故、この場に存在しない?
そこまで思考して、ようやく私も一つの『可能性』に気付いた……イカン、本気で鈍っている様だ。私もユーヤの事を、『経験不足』等と言えないぞこれは。
自分だけならばどうにでもなると、慢心してしまっていた。
『……〈アイツ〉を追いかけて行った……むしろ──最初から〈向こう〉が第一目標、という事か』
私の呟きを拾い、外部に伝えたスピーカーに、盗賊が嬉々として反応する。
『おうよッ! 今頃は『アニキ』と、あの『ネェちゃん』が、テメェの相方をぶっ潰してる頃だろうぜッ!』
調子に乗って吠え立てる、〈重戦車〉の盗賊。それなりに面白いヤツだったが──
『──やれやれ。中々楽しかったが、時間が無くなってしまった。私も『急ぎの用事』が出来たので、この場は失礼させて貰おうか』
滑り止めも兼ねて着けている、革の〈指貫グローブ〉を締め直す。
同時に、行っていたサーチが終了、隠蔽戦力は……おいおい、まさかのゼロか……私が言う事では無いが、大丈夫かこいつら……?
『な、何言ってやがるテメェッ!? 意味がわかんねぇぞッ! 大体、こんだけの〈戦力〉に囲まれて、逃げられる訳がねぇだろうがッ!?』
〈盗賊〉が、さも当然のように怒鳴る。
しかし──
「──聞いていなかったのか? 誰も逃げるとは言ってない」
どうやら、この〈盗賊〉は世間知らずの様だ。
確かに、ここまで囲まれてしまえば、〈普通の兵器〉ではどうしようもない。文字通り『お手上げ』だろう──だが。
〈MD〉は、違う。
先ほどユーヤが乗っていた様な、通常の〈量産型MD〉であっても。
眼前の集団程度の『戦力』は、多少の苦戦こそすれども、どうにか出来る程度の物でしかない。
まして、この〈改良型MD〉、『シヴァル』であれば──
私は無言で頭上に手をやると、〈MD〉の〈中枢制御系〉への〈接続端子〉を引き出しつつ、口の中で一人呟く。
やれやれ──『10分』、という所か?
……頼むから、慌てて迂闊な事はしてくれるなよ───相棒。




