第一章 07 レイク・オブ・クレーター
《Α・ο 1425》
《〈南部辺境〉〈墜落孔湖〉壁内外縁部》
《主観:不明》
「──イタタタタ……ふ、む。何とか、助かったようだな……」
そう呟きながらゆっくりと身を起こしたのは、一見少女に見える小柄な女性。
ユーヤに対してサウリと名乗った彼女は、どこかにぶつけたのだろうか? 片手で頭を押さえつつ、自分の体の様子を確かめている。
あちらこちら全身が痛む様だが、どうやら大きな怪我はしていないらしい。
「──ッ!?」
上体を支えようと伸ばした手に感じた、やたら冷たい感触に思わず手を引き寄せ、そちらに目を向けると。体のすぐ横に、僅かに揺れる浅い水面が存在しており、そこに手を突っ込んだからだと分かった。
そのまま視線を上げ前方を確認してみれば、辺りは真っ白な霧に覆われていて有効視界はおそらく50mも無い状況だった。
次に周囲を見回したサウリの後方、ほんの二、三歩の距離に見覚えのある少年。ユーヤがうつ伏せで横たわっていた。
辺境ではそう珍しくも無い、所々擦り切れた砂漠迷彩の〈戦闘服〉を着た、サウリの体感だとつい先ほど一緒に崖から身投げした間柄だが……一向に動き出す気配がない。
まだ不調を訴える自分の体をなだめつつも、サウリは倒れたまま起き上がらないユーヤに近付き、急いで安否を確認する。
……幸いな事に、ユーヤには大きな外傷は見当たらず、仰向けにして確認した呼吸や脈もしっかりとしていた。
どうやら……単に気絶しているだけの様だった。
フゥと一つ息を吐いたサウリは、視界に入った『ある物』に気付く。
二人を取り巻くように、霧とは違う〈白いフワフワとした物体〉が、辺り一面に散乱している事に。
「これは……」
好奇心から、近くの『ソレ』を手に取って確認してみれば……その正体が〈発泡特殊樹脂〉であると分かった。
同時に、それが利用される『道具』についても思い至る。
「……なるほど、緊急用の〈搭乗者保護装置〉か。やるな、少年」
ニヤリとした笑みを浮かべると、サウリは一人感心した。
高速で動く〈航空機〉程ではないが、〈MD〉も急激な加減速による加重が発生する。
通常は機体に備え付けられた〈慣性制御装置〉が、その大半を吸収・軽減するのだが、極端な衝撃や機体自体が破壊されるような状況に陥った場合、コクピット後方に備え付けられた〈搭乗者保護装置〉が作動し、『搭乗者』を守る。
どうやらサウリとユーヤは、これを使って高所からの落下に耐えきったようだった。
(あの緊急時に、よく思いついたものだ)
(辺境に生きる人間にしては、えらくお人好しと言うか、警戒心が薄かった様に感じたが、頭の回転はそこまで悪い訳では無いらしい)
(もっとも……この状況でのんきに気絶したままなのは、少しばかり頂けないが)
□■□
「──おい、少年。起きろ」
耳に心地のいい声が聞こえてくる。
出来れば、このまま安眠を貪りつつその声を聞き続けていたい位──
「起・き・ろ!」
──!
「あだぁッ!?」
心地のいい世界から一転、頭に感じた強烈な一撃は、強制的にオレを目覚めさせるのに十二分だった。
《Α・ο 1430》
《〈南部辺境〉〈墜落孔湖〉壁内外縁部》
《主観:ユーヤ》
グワングワンと響く頭をこすりつつ、オレはゆっくりと目を開いた。
「アタタタ……な、何が……」
「……ふむ。ひとまずは『おはよう』、とでも言っておくべきかな?」
オレの疑問の声に答えてくれたのは、あまり聞き覚えがある声ではなかったが、つい最近聞いた覚えがある声ではあった。
声の聞こえた方向へ視線を向けて見れば、そこにはぼんやりとした逆光の中、とても綺麗な少女──サウリが。オレの頭のすぐ横で、こちらを覗き込んでいた。
「えーっと……おはよう?」
「やれやれ……寝ぼけている場合では無いのだけれど、少年には先に言っておかないといけない事がある──」
そう言ってサウリは両膝を揃えて正座すると、こちらに深く頭を下げてきた……って、どうしたんだ?
「──少年のお陰で助かった。ありがとう」
……ああ、なるほど。
「いや、それは……オレも助けて貰ったし、礼を言うならこっちの──」
と、そこまで口を開いた所で、先程までの状況が頭をよぎった。
……よくよく考えてみると、だ。
「──でも無いな。考えてみたら、そもそもこんな事態に陥ったのは、きみ──サウリのせいじゃないか」
憮然とした表情で呟くオレに、サウリは顔を上げると苦笑しながら答えた。
「それについて否定は出来ない。しかし、あたしは少年の所属する『団体』に問題がある、と聞いていたものでね。その辺りはお互い様、と言ったところにして貰えないかな?」
「あ、そう、それだ! 君は誤解してる。オレの所属している〈傭兵団〉は、そんな極悪非道な集団なんかじゃないんだよ!」
言い募るオレに思案の表情を浮かべつつも、サウリは冷静に意見を述べる。
「……確かに先程までの状況を鑑みれば、『ホワイトスケルトン』の言い分の方が疑わしいのは間違いない、あたしも認める……が、それはひとまず置いておこう」
「え、ちょ」
「何よりまずは、『ここ』を脱出する為の算段でもしようじゃないか。いつまでも、こんな場所にいる訳にも行かないだろう?」
「……それは……そうだな」
ちょっと話を逸らされた気がしないでもないが、サウリが言っている事自体は正しい。
まともな野営装備どころか、ろくな物品をロクに持たずに、こんな〈墜落孔湖〉に飛び込んでしまったのだ。
折角、窮地を脱出して九死に一生を得たと言うのに。このまま『ここ』に居ては、非常に『不味い事』になるのは間違いないのだから。
どうにかして、脱出しなければ。
と、黙って考えるオレに、サウリはニコリと微笑みながら言葉を発した。
「その為にも、だ」
「うん?」
「さっき聞き損ねた、少年の──名前を、聞いても?」
「あ、ああ。オレの名前は、ユーヤ……ユーヤだ」
□■□
《Α・ο 1435》
《〈南部辺境〉〈墜落孔湖〉壁内外縁部》
《主観:不明》
ユーヤも一時的に言葉を収めると、周囲を見渡して脱出の助けになりそうなものがないか見渡した。
とりあえず、手持ちの物を確認するとろくな物が無い事が分かった。
ユーヤは普段からの手持ちの装備に、サバイバルキットの中身。サウリに至っては、持っていた銃も崖上で落としていた為、ほぼ何も持っていない有様だった。
「これだけかぁ……ロープの一本もないんじゃ、直接上る訳には行かないか」
「そもそも、例えロープがあってもこの距離は登れないんじゃないかな? 少なくとも、あたしには登れる気はしないよ」
壁面を見上げながら言うサウリに、ユーヤも壁面を見て嘆息する。
「ま、確かに……」
漂う霧の向こうに透けて見える緩やかに湾曲した壁面は、頂上付近ではほぼ直角になり、登ろうとする者を阻んでいた。直線距離で考えても、100m程もあるだろう。
よくもまぁ、あんな所から飛び降りたものである。
「良く生きてたな、オレ達……まぁそれはともかく、これは自力での脱出はほぼ無理。となると、やっぱりコイツの出番になる訳だけど……」
そう言いながらユーヤが取り出したのは、サバイバルキットの中身の一つ。〈非常用通信機〉だった。
「何だ、便利な物があるじゃないか。それでキミの仲間に連絡を取れば、簡単に解決するな」
「……連絡できれば、ね」
表情を明るくして言うサウリに、ユーヤは暗い調子で返す。不審げな顔をして見返すサウリに、ユーヤは通信機の後ろを見せる。そこには、本来無い筈の大きな亀裂が走り、内部構造にも断線などが見て取れた。
「あー……壊れて、しまったのか」
「落ちてくる時、サバイバルキット本体まではしっかりとは確保出来てなかったから、中身が散らばっちゃったみたいで。よっぽど運が悪くなければ、壊れる事なんか無かった筈なんだけど……そのよっぽど運が悪い、を引いちゃったみたいだ」
通常であればまず考えられない事だが、実際に起こってしまったものはしょうがない。
「何か、他の手段を探すしかない、か」
「……少々遠くはなるけど、壁面沿いに北東方面へ3km程進めば、かなり無理すれば登れない事も無い『地点』が、あるにはあるんだけど……それは最終手段にして、出来れば他の手段を探したい」
「うん? 登れなくもないのなら、さっさとそこに向かうべきでは?」
「その一帯は……ココが、『居住不可領域』である事が、よく分かるエリアでもあるんだよ……」
□■□
《Α・ο 1445》
《〈南部辺境〉〈墜落孔湖〉壁内中層部》
《主観:不明》
「──知ってるかもしれないけど、『ここ』は旧文明時代の〈戦宙艦〉が、墜落ちて出来た『クレーター』、だそうだ」
ジャブジャブと足首程まで溜まった水を掻き分けつつ、ユーヤはサウリに説明しながら進んでいく。その後ろを付いて歩きながら、サウリは辺りを見渡した。
「なるほど、宇宙から落ちてきた訳か。あたしも人づてに話に聞いた事はあったが……中々、凄まじい光景だね」
「うん……まぁ、オレも話で聞いただけだから、実際に落ちた所とか見た訳じゃないんだけど」
そう言いながら、ユーヤは周辺の地面に突き立った巨大な『岩のような物』を調べていく。サウリも気になり、ユーヤの調べている周辺を確認すると、驚きの声を上げた。
「これは……見た目はまるっきり〈岩〉だが、〈金属〉……いや、もしかして〈機械〉なのか?」
質問を背中で聞きつつ、ユーヤは肯定する。
「ああ……宇宙から落ちてきた瞬間の破片は、ほとんど燃え尽きるかもっと遠い所に落ちたんだってさ。けど、落ちてからしばらく経って、船体が真ん中から真っ二つにへし折れたらしい。その時の衝撃で、外部装甲やら内部の構造材やらが大量にバラ撒かれたらしいんだけど……あー、やっぱりダメか」
ざっと調べ終えたのか、あまり時間も掛けずに立ち上がると、ユーヤは軽く肩を落とした。それを見て、サウリは一瞬何かを気にしたようだったが、納得したかのように首を縦に振る。
「──なるほどな。その内部の部品を利用して、お仲間に『救助信号』を送る算段をつけようとしてる……いや、していたんだな」
「その通り。でも、長い間雨風にさらされていたのと、落下時の衝撃で中身はもうボロボロになっちまってる。思ってた通りどれも使えそうにない……何とか生きてるのを探すしかないか」
周囲を見渡しながら、ユーヤは溜め息をついた。その様子を不思議そうに眺めながら、サウリは『ある物』を指差した。
「ユーヤ、この辺りの物が使えなくても、『アソコ』まで行けば使える物もあるんじゃないか?」
サウリが指差したのは、まだまだ離れたこの距離からでもその巨大さが感じられる、落ちた〈戦宙艦〉の本体だ。
しかし至極真っ当そうなその意見にも、ユーヤは首を縦に振るわけには行かなかった。
「それが出来ればなぁ……確かに〈戦宙艦〉まで行けば、外と違って風雨に晒されていないし、きっと使える部品があると思う。けど同時に、〈戦宙艦〉に近づく事は例え〈MD〉に乗っていたとしても──不可能なんだ」
そこまで言って、ユーヤはガリガリと頭をかきながら言葉を切る。
「……何か、あるのか? あの中には?」
真顔になったサウリに、ユーヤは重々しく答える。
「宇宙からの落下。その衝撃や熱で、〈戦宙艦〉の搭乗者は全員死亡してしまった……けど、そんな中でも生き残った『存在』があったんだ。いや、正確には機能停止しなかった『存在』が」
「……まさか、〈戦宙艦〉の『自動防衛装置』が生きているのか!」
一瞬考え込んだ後、ハッとした様にサウリは目を見開き、ユーヤに確認する。それを聞いて、ユーヤも肯定した。
「確か……10年位前だったらしいけど、何度か『ヒムカス軍』が旧文明の技術や資源を回収しようと、回収部隊を送り込んだんだらしい。けど、その度に部隊は全滅。ろくに資源も技術も回収出来なかったから、結局全てを放棄する事にされたんだってさ」
「なるほど……でも、確かに。そんな理由でもなければ、いくら巨大なクレーターのど真ん中にあると言っても、『軍』の連中がこれほどの膨大な資源を放って置く訳がない、か」
深く納得した様子のサウリに、ユーヤが疑問の声を掛ける。
「……でも、おかしいなぁ? こんな事、『南部辺境』で非合法活動していたら、割と常識なんじゃないかと思ってたけど。サウリは何で知らないんだ?」
ユーヤの疑念を含んだ視線に、サウリは落ち着いて答えた。
「いや、何。あたしは今まで『東部』に居を構えていたものでね。そこから旅をしてきたばかりだから、こちらの事情には疎いんだ……後、非合法活動は今回だけ、たまたまだからな?」
「ふーん、『東部』か……ま、それなら良いけど」
完全に納得した訳ではなかろうが、ひとまずそれが大きな問題ではないと判断したのか、ユーヤはその話題を流した。と、逆にサウリがユーヤに問い返した。
「ユーヤ、私からも質問して良いかな?」
「うん? 構わないけど、何?」
サウリはユーヤの眼前に握った手を持っていくと、ピッと指を二本立てた。
「聞きたい事は二つある。まず一つ目は、先ほどキミが言った『やっぱり』と言う言葉だ。あの外形はボロボロの〈岩〉にしか見えない代物を調べた時に、キミは『やっぱりダメだった』と言った。なるほど確かに、こんな外見をしていれば中身もまともに使えない可能性のほうが高いだろう。しかし、先ほどのキミの言葉は、ニュアンスが違った。
まるであらかじめ──中身はダメな事が分かっているが、一応調べていたかのような……そんな言い方だった気がするんだ」
流れるような問い掛けに、ユーヤは思わず視線を逸らした。
「これは確認だが……キミはもしかして、以前にも『墜落孔湖』に来て、『コレ』を調べた事があるんじゃないか?」
コンコンと横に岩のようにそびえる金属塊を叩きながら、サウリが問う。
しばらく目を逸らしたまま黙っていたユーヤだったが、チラリとサウリの様子を確認し、その確信を持っている様子にゆっくりと目を閉じると、大きく息を吐き出した。
「……はぁ、何で分かるんだ……確かにオレは前にも一度『墜落孔湖』に来た。んで、この中身も調べたよ。概ねダメになっている事は、その時に分かってたんだ」
「やっぱりね。じゃあ……何故わざわざ、その事を隠したんだい?」
不思議そうなサウリに、ユーヤはバツが悪そうに顔を背けると呟くように言った。
「一応、念の為にもう一回確認しておこうっていうのはあったんだ」
「ふむふむそれで?」
「……最初っからこの辺りに望みが無い事を知らせて、その……落胆させる事も……無いかと……」
「落胆? ……えーっと、つまり、なんだ……あたしが?」
ユーヤはそっぽを向いたまま、首を縦に振る。
それを見て、サウリは思わず──笑い出した。
「フッ、フフッ……ハハハッ!」
「な、何だよ!」
顔を赤くしていきり立つユーヤを手で遮りながら、サウリは段々と笑いを抑えていった。
「ハハッ……いや、すまない。人間あまりにも意外な事に直面すると、笑ってしまうものらしいな」
それでもなお押さえきれないのか、まだ少し口角をひくつかせるサウリに対して、ユーヤは憮然とした表情を隠しきれないようだった。
少しして発作的な笑いを抑え込んだサウリが、穏やかな表情でユーヤに言葉を続ける。
「キミの気遣いには感謝するよ。ところで、これから協力してここから脱出する上で、一つ共有しておきたい『情報』があるんだが──」
「……何だ?」
唐突な事を言い出したサウリに、訝し気なユーヤが問う。
すると、ニヤリと笑ったサウリが。
「──あたしは、キミの事が結構気に入ってきたみたいだよ?」
「……なッ!?」
「さ、もう一つの質問だ──」
赤くなったユーヤを放っておいて、サウリは質問を続けた。




