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貴方との結婚は五回まで ~突然溺愛してきた冷淡なはずの夫は、何度死んでも私を愛する人でした~  作者: 洲澄英里


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7.暗転

 北の領地では秋が短いため、冬支度は早めに進めておいた。

 使用人の新しい冬服や寝具、食料の備蓄、城内の手入れと窓やカーテンの交換。必要なものにはお金を惜しまないけれど、不用品を購入するつもりはない。ハインリについていてもらいながら、商人との交渉や発注は私が行った。


「こちらのタペストリーはいかがでしょう。冬に相応しい、雪景色をモチーフにしたもので」

「装飾品はいらないわ。それよりも、厚手のカーテンを見せて」

「……失礼いたしました。では、こちらの生地はいかがでしょう。明るい色を重ねて織りあげておりまして、奥様のお部屋にもぴったりではないかと」

「見た目はどうでもいいのよ、暖かければ。これは少し、薄いようね。もっとこちらの意図を汲んでもらえるかしら」


 私が無駄遣いを嫌うのは、両親が反面教師になったおかげね。

 そのあとも見た目がいい分高価な品はすべて断り、必要なものを必要なだけ注文することができた。


「ははは、参りました。奥様は、同業者より手ごわいお方ですね」

「あまりいい客ではなかった?」

「とんでもない。十分ご注文いただきました。今後ともどうぞ、よろしくお願い申し上げます」


 納品日まできっちりと決めて、商談は終わった。ふう、と軽く息を吐く。


「お見事でした、奥様。あの男はやり手でして、見目も悪くないものですから貴族のご夫人相手に相当儲けているようです。これまでもこの領地では無駄なものは買いませんでしたが、奥様にお任せしても安心でございますね」

「口が上手い人のようね。でも、品物は悪くないのでしょう?」

「ええ、ですから毎年冬支度はあの者から買い付けております」


 商人としてはおそらく信頼できるわね。少しでも多く売ろうとするのは当然のこと。それに乗るかどうかは、客の勝手だわ。

 ……見目がいいと言っても、フェルディナント様とは比較にならなかった。


「年越しは、平和に過ごせそうね」

「はい、雪の中で戦を仕掛けられることはございません」


 戦闘……そうね。

 しばらくはただ、領地の経営に集中しておけばいい。


 雪に閉ざされたその年の冬は、何事もなく暮れた。



 * * *



 年越し後も冬の間に、お父様から二度手紙が来た。内容はいつも同じ。


『領地の蓄えが不十分で、心許ない。辺境伯の領地では昨年は豊作だったそうではないか。辺境伯にお前からお願いして、我が家へ援助金を――』


 最後まで読むことをせず、私は手紙を暖炉にくべた。灰になっていく紙を見つめて、祈るのは領民のことだけ。

 いっそ、エーデルシュタイン領でなくなればいい。ほかの貴族が領主になったほうが、上手く治めてくれるでしょうに。王家と縁続きの侯爵家では、多少浪費が過ぎるぐらいのことで領地替えなどされないだろう。


「レグリーア様、どうぞエーデルシュタイン領にもご加護を。領民をお守りください」


 私はただ、領民のために祈った。それしかできない。あの両親が心を入れ替えることなど、ありえないと知っている。


「……アデル?」


 暖炉の前に立って祈っていると、フェルディナント様が部屋に入ってきた。


「ノックしたが、返事がなかったのでな」

「申し訳ございません、女神に祈りを捧げておりました」


 フェルディナント様は私の側に来ると、暖炉に目を遣った。手紙が燃え尽きようとしている。


「侯爵から無心があったか」

「――はい」

「困ったものだ。あなたが望むなら援助することもやぶさかではないのだが、そうではないだろう?」


 フェルディナント様は、私と両親が不仲だと察してくださっている。前にも私から打ち明ける前に「あなたが受け取るべきものも掠めとるような方々を、義両親とは考えられない」とおっしゃっていた。持参金が聖剣だけだった理由も、きっと調べてご存じなのね。


「一生関わりたくはございません。領民は気になりますが……」

「あなたが気に病むことはない。目に余るようであれば、国王陛下がお考えになる」


 そうなればいいけれど。


「ところで、やがて雪解けの季節だ。春になると、一時期雨も増える。東側の河川では昔氾濫が起こったこともあってな、整備をしておこうと思うのだが」

「私も、以前の記録を見て気になっておりました。近くに農村がございますし、護岸工事と堤防の整備を予算に組んでおきましたの」

「ああ、予算案を見て驚いた。あなたは細かいところもよく気が回る人だ」


 私は以前の世界で、氾濫で東の農村が大変なことになったらしい、と侍女が噂しているのを聞いただけ。この世界でも同じように過去の記録があったから、また氾濫が起こる前に工事すれば万一の時に助かると思った。

 むしろ、フェルディナント様が気がつかれてよかったわ。前回の氾濫の頃は、騎士団は戦闘で多忙だったはずなのに。


「意見が合ってよかった。工事の手配を始めておこう」

「ええ、それがいいと思いますわ」


 目が合って、互いに微笑んでしまう。


「私たちは気が合うようだ」

「ふふ、そうですわね」


 フェルディナント様の顔が近づいてきて、私は瞼を下ろした。



 * * *



 雪が解ける頃、護岸工事が始まって堤防を築いた。そのため、春の雨で氾濫が起こることはなかった。畑への治水も整えておいたので、農村の村長から感謝の便りがあったとハインリが教えてくれた。

 悲しい記憶はすべてなかったことにしておきたいと思ったけれど、こうして役に立つこともあるのね。


 気になるのは――フェルディナント様が、いまだに子作りをしようとなさらないこと。

 私は以前よりずっと健康なのに。……二人きりの時間をもっと楽しみたいだなんておっしゃるから、私も後継者を産むことよりフェルディナント様とこうしていたい、と考えてしまう。

 夫婦生活はあるのに。……領主夫人としては失格だわ。ただ愛されるだけで満足しているだなんて。

 今日もまた、フェルディナント様の腕の中で眠りに就こうとしている。こんなことで、いいの……?



『アデル! アデル、大丈夫か!』

『フェルディ……ナント、さま……』

『しっかりしろ、アデル!! ――子はこの際諦める、せめてアデルの命を守ってくれ!』

『う……』

『奥様、深く息をなさってください! 奥様!!』


 ――お腹の痛みがどんどん強くなるのに、意識は遠のいていく。

 ああ……どうして……

 私は、母親に、なれないの……? この子は、どうなるの……


 フェルディナント様……申し訳ございません。

 子供だけでも、無事に……


 ――あ。ああ。ダメよ。逝かないで。

 母を置いて、逝かないで。


『アデル……? アデル!!』


 私も……一緒に……



「――!」


 荒い呼吸とともに、目が覚めた。……夢。

 なんて夢。出産の時に、子供が……そして、私も同時に。


 フェルディナント様が必死に呼びかけてくださっていたのに、私は消えていく子供を追っていってしまった。こんなことは正夢になってほしくない。

 私はフェルディナント様の子を産んで、三人で幸せに……


 ――背筋が寒い。眠っているフェルディナント様は、私の体を両腕で包んでくれているのに。

 あれは夢よ。ただの悪夢。


 ……ただの。



 * * *


 

 そして、私が嫁して三年の月日が経った。


 フェルディナント様は「そろそろ、ドラグニア王国が動くかもしれん」と騎士団をまとめ、城壁もさらに頑丈にして備えていらっしゃる。

 あと一週間ほどで「あの日」がやってくる。私が、死んだ日が。

 ……大丈夫よ。フェルディナント様は襲撃もわかっているかのように、騎士を鍛えて配置されているのだもの。


 領地はこの三年で一段と豊かになっているし、城内も落ち着いている。

 私はまだ、身籠っていない。こればかりは、私だけでどうにかなるものでもないから……

 物思いながら廊下を歩き、なんとなく窓の下を見る。ここからは、裏庭がよく見えるわ。


 ――何かしら、あの騎士たちは。集まって話して……侍女が一人、混ざっている。あの子は、少し前に雇われた子ね。西のナハトヴァルト子爵家の紹介で来た……名前はなんだったか。

 侍女が離れていったわ。籠を持っていたし、騎士に差し入れでもしていたの?


 どうしたのかしら。寒い。

 今は春なのに、どうしてこんなに寒いの? 氷に漬かっているような寒さ。


「少し、休んだほうがいいかしら」


 雪解けからこれまで、多忙な日が続いていたせいで疲れているのかもしれない。私は自室へ足を向けた。



『エーデルシュタインの子よ。我が呪いを受けるがいい』


 ……呪い?


『我が体を滅ぼした、忌々しき血筋……』


 誰? 何を言っているの?


『ここで、貴様の血は途絶えるのだ……!』



 遠くから悲鳴が聞こえた気がして、私はベッドから体を起こした。

 昼寝をしていたら、もう外が暗い。今は何時? 誰も呼びに来ない?


「……を!」

「敵……」

「……様……!」


 大声で誰かが言い合っている。まさか。

 私が急いでベッドを降りた瞬間、寝室の扉が開いた。


「アデル、逃げろ!」

「フェルディナント様!?」

「ドラグニアの兵に侵入された! 何者かが手引きしたようだ、あなたは早く街へ――」


 言いかけたフェルディナント様の背後から、人影がやってくる。


「くそっ、もうここまで!」


 フェルディナント様がすぐさま振り返り、相手の剣を止める。


「フェ、フェルディナント様!」

「早く逃げろ! 外に馬と騎士がいる、街まで逃げるんだ!」

「フェルディナント様は!?」

「俺は……っ!」


 フェルディナント様と敵が斬り結んでいると、援軍が……違う、敵兵がまたやってきた。

 いけない、私が足手まといになってしまう。今は逃げないとフェルディナント様まで危ない!


「逃げますわ! フェルディナント様、お気をつけて!」


 フェルディナント様が敵を一人二人と倒している。この隙に、廊下の逆側へ……


「――アデル、危ない!!」


 その瞬間、時間が止まった気がした。

 振り向いた私の視界に飛び込んできたのは、私をかばう夫の胴に敵の剣が深々と突き刺さる悪夢のような光景だった。


 ――嘘。嘘、よ……

 これは……夢、だわ……

お読みくださり、ありがとうございます。

続きが気になったら、評価やブクマをしていただけると嬉しいです!

※毎日20時頃更新予定です。

次回一行予告:過去の真実。

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