6.収穫祭にて
幸せな日々は、矢のように過ぎていく。
商会は無事認可を受けて、まずはジャガイモなど日持ちのする食べ物と毛織物の小取引から始めた。
鉄鉱山では今まで外の商会に卸していた鉄鉱石を、鉄塊に加工する施設を整えることにした。鉄塊であれば、無加工の鉄鉱石より価値が上がる。高価な品を輸送する際には盗賊を警戒しなければならないけれど、幸いにして王国最強のヴァルデック騎士団がいる。見習いも入れれば騎士団の人数は相当で、商団の護衛任務は実務訓練になると約束してくれた。
「騎士団は国境警備と同時に、領民を守る者です。大切な領主様の商会を守ることは、領民の生活を守ることにつながります」
「ありがとう、ランツェルク副団長」
「お役に立てて光栄です、奥様」
騎士団の団員たちにも、私はフェルディナント様の妻と認められ、尊重されている。
そうして夏の間に、私はすっかり元気になっていた。食事に気を遣っていただいたことと、フェルディナント様があちこちに連れ出してくださったおかげなのか。
商会運営も順調に進み、村や街ごとに売っていたものを商会を通して一律同じ値段で買い上げることで、領地全体の収入が安定している。夏の終わりには鉄塊の取引も始まる。加工施設は領民の職場提供にもなって、設備投資分も思ったより早く回収できる見込み。
夕食を取りながら、今後についてフェルディナント様と話す。
「あなたは領主の才もあるのだな。アデルが来てくれて、領地経営がこれまで以上に上手く回っている」
「侯爵領で経験があるだけですわ。騎士団の協力も大きいと思います」
「あなたが領民を想ってくれているのがわかるので、騎士も手を貸したいと思えるのだ。やはり、女神のお恵みだな」
「フェルディナント様ったら……」
いつでも手放しで褒めてくださる。幸せすぎて、怖いぐらい。
「今年は豊作で、収穫祭も盛大に行うそうだ。一緒に街へ行かないか」
秋の収穫祭は、侯爵領でも行っていた。ここではジャガイモ、キャベツ、タマネギにニンジンと、果物は林檎とベリー類が多い。穀物はライ麦だけで、平民は黒パンにして食べている。
「収穫祭は、どのように行うのですか?」
「露店が食事やデザートを無料でふるまったり、音楽隊が来たり、演奏に合わせてダンスをする……まあ、普通の祭りだ。私たちからの寄付は、その準備金に使われる。小麦で作った白パンも喜ばれるな」
「では、当日焼き立てのパンを差し入れましょう。私の予算を……」
「アデル、あなたは予算を寄付に使いすぎる。悪いことではないが、祭りのための寄付金は別に用意してあるから、十分足りるだろう」
また言われてしまったわ。
たしかに領地を視察するたび、あちこちに寄付や援助をしている。
「でも、私の予算は多すぎて余ってしまっておりますの」
「それなら、冬支度に使えばいい。防寒着はまだ用意していないはずだ」
少し前に、ハインリに「シルバーフォックスのコートはどうか」と話していたのは聞いたけれど、フェルディナント様は大抵一着二着で済まされずに、十着ほど用意なさるのよね。
「あの、コートのご用意は嬉しいのですが、一・二着で足ります」
「五着は買っておこう。汚れやすいしな」
……五着なら、まだましかしら。なんて、私もフェルディナント様の甘やかしに慣れてしまっている。
以前の世界の記憶があるから、完全に慣れきることはできないけれど。でも、あれは悪い夢を見ていただけなのかと思うほど、今は満ち足りている。
「収穫祭は、どんな格好で行けばよろしいでしょう?」
「私一人の時は、視察に行く時と変わらなかったが……そうだな、せっかくだ。住民も着飾るのだし、あなたもドレスを用意しようか」
「そ、そんなつもりで申し上げたのでは」
私が慌てると、フェルディナント様が楽しそうに笑う。
「貴族の宴に着るようなドレスを作ろうというのではない。住民に似た、素朴な服がいいだろう。女性は花冠もよく着けている」
「花冠、ですか。素敵ですね」
「造花でそれらしいものを作らせよう」
造花の冠なら、大した値段ではないわね。贅沢をしたいわけではないし、住民に紛れるような衣装がいいわ。
* * *
収穫祭当日、私の支度をしてくれた侍女のハンナが微笑む。
「奥様は、可愛らしい服もよくお似合いですわね」
短めのドレスで、袖の裾にレースのような飾りはない。でもこの生地は、花模様が織り込まれた特注品。シルエットは平民のワンピースのようだけど、胸元のリボンは絹でできているし、花冠は白やピンクの薔薇を模した職人の手によるもの。住民の中では、浮くのではないかしら。
「街で悪目立ちしないといいのだけれど」
「まあ、何をおっしゃいますやら。どのようなお姿でも、奥様の美しさは誰しも目を止めますよ」
「――たしかに、豊穣の女神が降臨したようだ」
いつの間にか、開いていた扉からフェルディナント様が入ってくる。
フェルディナント様も住民に合わせたラフな洋服で、白シャツに革パンツの上にマントを羽織って、羽根飾りの付いた帽子を被っている。収穫祭らしい服装でも、威厳は消せないわ。
「フェルディナント様こそ、街の守り神のようですわ」
「女神の側に立つに相応しく見えるのなら、ありがたい。ではお手をどうぞ」
差し出された手に、私の手を添える。
「お二人とも、よくお似合いでいらっしゃいます。楽しんでいらっしゃいませ」
ハンナに笑顔で見送られて、街へ出発した。
馬車が着いた時には、もう祭りは始まっていた。音楽がそこかしこに流れて、歌う人や踊る人、旅芸人も来ているのね。
フェルディナント様と歩くと、いつものように住民たちに声をかけられる。
「ようこそ、領主様、奥様」
「お二人も祭りを祝うお姿ですな!」
「奥様はどんなお姿でも、やっぱり気品がおありになりますねえ。秋の収穫祭なのに、春の女神がいらしたようですよ」
フェルディナント様が私を女神女神と言うものだから、住民にもこんな風に言われるようになってしまった。
レグリーア様の高貴な女神像と私では、似ても似つかないと思うのに。
「ほら、やはりあなたは女神だ」
「フェルディナント様がそのようにおっしゃるから、住民にも気を遣わせていませんか?」
「あなたはどうにも、ご自分の魅力に鈍感だな」
楽しそうに笑うフェルディナント様に、困りつつも……嬉しい。
「そうそう、今年は豊作だと言ったが、ちょうどあなたが来た頃から雨が多すぎず少なすぎず、農作物が非常に育てやすかったそうだ。あなたは本当に、豊穣のお力があるのではないか? かつてエーデルシュタイン家は女神の祝福を受けて、当主が聖剣を、その夫人が聖女のお力を授けられたと聞いたぞ」
「――そんな大昔のことを、今信じる者はおりませんわ」
聖女の力は、守る力。周囲を豊かにし、苦難を排除する。
体調が悪い時期に私が領地で静養した年は、例年より小麦の収穫が多いことがあった。でも本当に苦難を排除する力があるなら、両親のためにあんなことにはなっていないわ。
……侯爵領は、どうなっているのかしら。父から援助を乞う手紙が来ていたものの、フェルディナント様が「私が対応しておく」とおっしゃったので、「援助しても無駄遣いをされますので、必要ありません」とお伝えしておいた。
「アデル? どうかしたのか」
「……いいえ、なんでもございません」
実家のことを考えるのはやめよう。私とはもう関わりがない。来年の予算は私が管理するのだし、侯爵家に援助をするつもりはない。侯爵領は領地の家令に任せておけば、ある程度経営できているはず。肥沃な土地を、きちんと管理すればいいだけのことよ。
歩いていると、男女一組になって踊っている人たちがいた。貴族のダンスとは違う、音楽に合わせて自由に踊っているようね。
「ダンスか。女神アデライード、私と一曲いかがですか」
……もう、フェルディナント様はまた。いいわ、それなら私も。
「では守り神フェルディナント様、よろしくお願いいたします」
向かい合って、腕と手を預ける。フェルディナント様はワルツのようでいて、音楽に合わせて自由に動く。この動きなら、私もついていきやすいわ。
「さすがに、アデルはダンスも見事だ」
「フェルディナント様のリードがお上手だからですわ」
「いいや。昔からあなたは、本当に……大輪の花のようで」
フェルディナント様が、少し眉を寄せて苦笑いをした。
「どうかなさいまして?」
「以前、私があなたに王都で見惚れていたと言ったことがあっただろう?」
「あ、ええ」
「あれは、一度ではない。何度かあなたをお見掛けして、ほかの女性との結婚など考えられずに家臣の持ってくる縁談を突っぱねて。……王に望みの褒美を取らせると知らされた時、私はあなたを望んだのだ」
「――え!?」
フェルディナント様が、私を?
「では、この縁談は……」
「私が、エーデルシュタイン侯爵令嬢をお迎えしたいと申し上げた。現実になるとは思わなかったが、了承の手紙が来た時は飛び上がりそうになるほど嬉しかった。あなたが実際に来た時も、これは夢なのではないかと思って」
フェルディナント様の頬が、赤らんで見える。
「今もずっと、幸せな夢を見ている心地がする。決して、目を覚ましたくない。私は二度と――」
笑顔でありながら、琥珀の瞳が強い光を宿している。ふわりと体を回されて、足が止まった。
「あなたを離さない」
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次回一行予告:そして三年後、近づくあの日。




