4.女主人として
侍女頭のハンナを筆頭に、一通り私付きの侍女と護衛騎士の紹介が済んだ。食堂で、フェルディナント様と昼食を取る。
この食堂、こんなに明るかったかしら。部屋の四隅に花が飾られている。壁紙もどこか違って見えるのは、気のせい?
ジャムを添えた白パン、若鶏と薬草のスープ、白身魚の蒸し煮……どれも、私の好きなさっぱりした味付けだわ。特に蒸し煮にはレモンがかかっていて、アクセントになっている。
「美味しいですね。こちらでは、魚は珍しいとお聞きしておりました」
「ああ、海の遠いここでは、魚というと川魚になるからな。臭みが出ないよう、ハーブと果汁で工夫しているそうだ」
川魚なのに、まったく臭みを感じなかった。嬉しくて、給仕に声をかける。
「調理してくれた人に、とても美味しかったとお礼を言いたいわ。伝えてもらえるかしら」
「お伝えいたします。奥様にお喜びいただけたとあれば、料理人にとりましても光栄でしょう」
笑顔で答えてもらえて、私の食はさらに進んだ。食後のミントを浮かべたハーブティーも、すっきりした味わいでほっとする。
「アデル、今日は疲れただろう。明日には城内を案内する。私も騎士団の業務があるのでな、午後は部屋で休むといい」
「ありがとうございます、フェルディナント様」
実際、体のだるさは残っている。甘えさせていただこう。
食後に自室へ戻り、ふと目に入った鏡の前に立つ。……改めて見ると、やつれていた死ぬ前の自分とは別人のよう。
使用人をあんなに入れ替えるほど、フェルディナント様に大切にされている世界にいる。まだ戸惑いのほうが大きいけれど、本当に幸せ。
「女神レグリーア様、これから毎日お祈りいたします」
胸元で両手を組む。以前は「旦那様に気にかけていただけますように」「騎士団ともども、ご無事でありますように」と祈っていた。
今は――そう。
「この幸せが続きますように、と……騎士団の無事は、変わらず祈るべきね」
隣国は数年に一度、侵略を試みてヴァルデック騎士団と戦闘になっている。もう、あんな死に方はしたくない。
フェルディナント様と、平和に暮らしていきたい。そうできますように。
* * *
翌日の朝食後、約束通りにフェルディナント様が城内を案内して回ってくれた。
私の右手はフェルディナント様の左腕に乗せられて、歩く速度もゆっくりしたもの。フェルディナント様は背が高いから、私の歩幅に合わせてくださっている。
案内される途中で会ったどの使用人も騎士も、礼儀正しい。結婚式の時に見かけた騎士もいたけれど、「命に代えても奥様をお守りいたします」と言われた。
式の時はもっと冷たい視線を感じたのに。もしかしたら、この人たちもフェルディナント様にお説教されたのかしら。
「この先は騎士団の宿舎や、食堂、訓練所がある。そちらは、今はいいだろう。あなたが行くこともない」
「一度は、ご挨拶したいと思いますが」
「騎士団員には気の荒い者も多くてな。あなたが驚かないよう、ここでの暮らしに慣れてからにしよう」
実家の侯爵家は騎士団を維持できずに解散させてしまったけれど、私が子供の頃は領地を彼らが守っていた。有力貴族が持つ騎士団に、なじみがなくはない。とはいえ、国境の辺境伯領では平和な侯爵領とは異なるのでしょうね。
広い城壁内の南端に、私たちが結婚式を挙げた神殿が併設されている。
「こちらは、案内するまでもないのだが」
そう言いながら、フェルディナント様が中の礼拝堂に足を踏み入れる。当然誰もいないけれど、掃除が行き届いていて綺麗だわ。式では緊張して、そんなに見る余裕もなかった。
誓いの言葉を口にした祭壇を見て、私は「あ」と思わず声を上げた。
持参金代わりに持たされた、エーデルシュタイン家に伝わる「聖剣」が、その上に飾られている。
「この剣は、あなたが持ってきた宝だからな。女神から贈られた聖剣とのことなので、ここに置かせていただいた」
笑顔でフェルディナント様に言われ、私は恥ずかしくて俯いた。聖剣の伝説など、エーデルシュタイン家では信じる者はいなかった。物置の奥から探し出して持たされたぐらいで、そんな大層なものではないのに。本来は王家にいただいた持参金をお渡ししなければならなかった。両親が横取りしたためにこんな古い剣を持ってきたなんて、本物の英雄である方に申し訳ない。
「アデル?」
「いえ……ありがとうございます」
「では、あとは――回廊でつながっている離れがあるのだが、あちらは貴人がおいでの際に客室として使うものでな。普段は何もないところだ」
胸が痛んだ。
貴人の、客室。扱いは使用人以下で、しかも妻でありながら押し込められた客室。……でも。
あの扱いは、フェルディナント様のご意思だったのかしら。嫁いだ直後の調度品は立派だったし、部屋を飾るタペストリーも多くて。三年の間にどれもこれも入れ替えられて、粗末な部屋に変わっていった。
私が死ぬ時、フェルディナント様は悲痛な声で「アデル」と私を呼んでいた。私が冷遇されていたことを、フェルディナント様はご存じなかった……と、考えることもできる。
私を受け入れてはくださらなかったけれど、好きに暮らしていいと言われた。あの待遇は、侍女や使用人が勝手にしていたのかもしれない。だとしても、フェルディナント様が私を顧みてくださっていたら、気づかれたのでは……
――死ぬ前の世界を思い返しても、なんにもならないわ。今のフェルディナント様は、私が恐縮するほど大事にしてくださるのだから。
* * *
城内の案内後、私はフェルディナント様と城主の執務室に連れてこられた。ソファーの前には、昨日と同じく家令のハインリがいる。
「アデル、今後はハインリが代行していた権限をあなたに渡そう。年間の予算や、使用人の雇用といった家庭内の差配だな」
「私に、ですか?」
「当然だろう。通常は女主人の持つ権限だ」
たしかに、貴族の家では正妻が家庭内の雑事を決める。でも、以前はまったくそんな話はされなかった。
「ただし辺境伯領では、騎士団に関する権限は団長である私が持つ。あらかじめ、今年のあなたの予算は別に組ませておいた。来年以降は、騎士団に関するもの以外すべてを任せたい。……あなたは、侯爵家でも領地経営をしていたと聞く。問題ないと思うが、わからないことはハインリに聞いてくれ」
「よろしくお願いいたします、奥様。こちらは、去年の記録でございます」
ハインリが、テーブルの上に台帳を置く。フェルディナント様に開かれた台帳の中には、城内外の細かな予算配分と、実際の収支が記録されていた。
私が領地経営をしていたことまで、知られているなんて。両親が義務を放り投げた結果だから、家の恥だと思ってあまり外には言っていなかったけれど。縁談があって、調べられたの?
でもそれなら……
「ハインリ。ここでの領地経営や予算配分についても含めて、過去五年分の台帳を見せて教えてもらえる?」
フェルディナント様は、騎士団長としてのお役目が重い。私は私のできることで、お助けしたい。
「領地経営もしてくれるか、アデル」
「よろしければ、お手伝いさせてください」
「もちろんだ。そうしてくれるとありがたい」
フェルディナントが嬉しそうになさるので、その表情に後押しされた気がする。ハインリは一旦下がると、分厚い台帳を何冊も侍従とともに持ってきた。
農地で育てているものは、寒さに強いじゃがいもが中心。小麦は買っている。鉄鉱山の鉄を売って、食料を仕入れているのね。ただ、思った以上に鉱山の規模が大きい。
「これだけの鉱山でしたら、卸すだけでなく商会を直接経営なさるのもいいのでは」
言いかけて、踏み込みすぎたかと思った。
「あなたが指導してくれるのであれば、商会設立と運営を申請しよう」
フェルディナント様は、私の提案に頷いてくださった。辺境伯が申請すれば、さして時間もかからずに許可が得られるはず。
「商会のことは承知しておりますが、領地について理解が足りませんので、そこから始めさせてください」
「そうだな。明日は、領内の視察に行こう」
よかった。領地も領民も、過去はよくわかっていなかったから学ばないと。
……あら? 鉄鉱山があることを、私は知っている。場所柄優れた武具を作る職人が揃っていて、ヴァルデック騎士団の強さは武具の良さにもよると――誰に聞いたのだったか。以前の世界では、話す相手もいなかったのに。誰にどこで教えてもらったのか、思い出せない。
直接取引していなくても、辺境伯領は国防の要。その領地の話だから、王都で聞いたのかもしれないわね。
そのあとは台帳をもとに、まずは城内の予算配分を教えてもらった。実家とは何かと違って、冬支度が大変らしい。でも、やりがいがある。
嬉しいわ。フェルディナント様に相応しい、立派な女主人になってみせる。
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※5話以降は毎日20時頃更新予定です。
次回一行予告:おかしな夢を見る。




