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貴方との結婚は五回まで ~突然溺愛してきた冷淡なはずの夫は、何度死んでも私を愛する人でした~  作者: 洲澄英里


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2/17

2.二度目の初夜

 結婚式後、祝宴は開かれなかった。

 私が歓迎されていないからではなく、常時隣国を警戒しているヴァルデック家では、城内で華やかなパーティーを開いたりしないのだ。それは以前も同じだったけれど……


 湯浴みを済ませ、ローブを着て寝室に案内される。離れではなく、本館の二階の部屋。

 豪華な寝室も、天蓋付きの大きなベッドも、以前の初夜とは雲泥の差だわ。


「こちらでお待ちください。では、おやすみなさいませ」


 侍女が頭を下げて出ていき、私は広い寝室に一人残された。……ベッドに腰掛けると、嫌でもあの初夜を思い出す。私を拒んだ、フェルディナント様が目も合わせずに寝室を出ていかれたことを。

 あの夜は涙を堪えて、ベッドで身を縮めて休んだ。


 この夢は、いつまで続くのかしら。

 式では別人のようだったフェルディナント様は、ここではどうなさるのだろう。

 ため息をついた時、扉をノックする音が聞こえた。


「アデライード。入ってもよろしいですか?」


 フェルディナント様の声。


「はい……どうぞ」

「失礼いたします。遅くなりました」


 扉を開けて入室してきたフェルディナント様は、私同様にローブを着ている。いえ、私の薄手の服とは違って、厚手のものね。首からたくましい胸元が見えていて、目をそらした。

 三年、この方とは夫婦でいたのに。名ばかりの妻で、こんなお姿を見たことがなかった。


 フェルディナント様は私に近づいてくると、隣に座った。


「緊張していますか」

「あ、ええ、少し」

「無理もない。あなたは、まだ十八だ。七歳上の、しかも戦いに明け暮れている無骨者では釣り合わない。こんな辺境まで、よく来てくださったと感謝しています」


 ――こんなに優しいお言葉を、フェルディナント様に言われたのは初めて。


「どうしても怖いのであれば、今後は無理なさらずとも結構です。ただし今宵は初夜なので、我慢していただくしかないのですが」

「……そんな。私は、フェ……辺境伯様に、嫁いだ身です。妻の務めは果たしたいと思っております」

「嬉しいお返事だ。できれば、名前で呼んでいただけますか」

「は、はい。フェルディナント様」


 俯いたままではいけない、と横を窺うと、フェルディナント様はじっと私を見下ろしていた。


「アデライード……あなたのことは、アデルと呼んでも構わないでしょうか」


 私をアデルと呼んだのは、優しかった祖母だけ。胸がきゅっとなる。


「どうぞ、お好きにお呼びください。その、敬語もおやめになって」


 言いながら、また顔を伏せた。どうしたらいいの。嬉しさと戸惑いが同居して、混乱してしまう。


「では――アデル。女神に誓った通り、私はあなたを必ず幸せにする。そう決めている」


 そんなはずがないわ。だって。


「嘘でしょう。あなたは、私をお嫌いだったはずです!」


 思わず叫んでしまった。あまりにも、私の知るフェルディナント様と違うのだもの。三年以上、顧みられることがなかったのに。


「――なぜそんな風に思われているのかわからないが、私はあなたを嫌ってなどいない。むしろその逆で……あなたはおそらく、私のことを知らなかったと思うが……私は以前から、あなたを知っていた」

「私を、ですか?」


 驚いて顔を上げたら、薄闇に琥珀色の瞳が光って見えた。


「二年前、王都で行われた王太子の成婚記念式典に出席した時だ。その折に、あなたを見かけた。……なんと美しい方だろうと見惚れてしまって、声もかけられずじまいだったが」


 今度はフェルディナント様が、恥ずかしげに視線を落とした。


「だから、この縁談は私には夢のような話だった。まさか、あなたを我が妻に迎えられるとは」


 そんな。それならどうして、以前は……以前。

 今この時が夢ではないの? あれが夢だったの? 何がなんだか理解できない。


「フェルディナント様は、私を妻に望んで……くださっているのですか」

「そう、だ。あなたにとっては、政略結婚にすぎないのだろうが」


 きっぱりと肯定されてしまった。三年前、フェルディナント様が私を望んでいたわけはない。死ぬ前の、あの世界なら。


「私は子供の頃から、いずれ家のために嫁ぐことになると思っておりました。そのことに不満はございません」


 ――それが侯爵家の娘の務めと、言われて育った。

 もし……もしも、この夢が本当なら。今度こそ、妻として私を受け入れてくださるのなら。


「私を、妻として……愛して、くださいますか」


 ゆっくりとこちらに向き直った、琥珀色と目が合った。


「私はあなたを愛している。アデル」

「……フェルディナント様」

「信じてほしい。――できる限り、優しくする」


 フェルディナント様の両腕に、私の体は包むように抱きしめられた。壊れものを、そっと胸に抱くように。

 アデル、と耳元で囁く声を聞きながら、私は両目を閉じた。



 * * *



 鳥のさえずりが、微かに聞こえる。ああ、朝なのだわ。


「ん……」

「お目覚めか?」


 その声で、寝起きのまどろみは吹き飛んだ。目を開けた私を、隣で横になっているフェルディナント様が、笑顔で見つめている。


「お、おはようございます」

「おはよう。体はどうだ? 具合は悪くないか」


 頬を撫でられ、大きな手のぬくもりに昨夜の出来事が思い出されて、顔が熱くなってしまった。……本当に、優しくしていただいた。


「大丈夫です……」

「そうか。では私は先に起きるが、すぐに侍女を来させる。湯浴みと食事の用意をさせよう。動くのが辛ければ、しばらくこちらで休んでいても構わない」

「は、い」


 ぎこちない私の答えに、フェルディナント様はふっと笑って、ローブを纏うと寝室を出ていった。……昨日入ってきた扉のほかに、部屋の左右に別の扉がある。フェルディナント様が行かれたのは、きっとご自分のお部屋ね。逆側は……私の部屋?


 体を起こすと、だるさと下半身の鈍い痛みがあった。


 一晩経っても、夢から覚めない。

 いえこれは――夢ではない。体の痛みに、現実だと知らされる。信じられないけれど、私は過去に戻った。フェルディナント様と結婚した、あの日に。


 侵入者に殺された。けれど戻って……

 しかもフェルディナント様が、私を本当の妻にしてくださった。あんなにも冷淡だったあの方が、二年前に私を知ってずっと想っていたと……


 やはり納得できないわ。二年前に私を気に入ってくださっていたなら、どうして戻る前は冷たくされていたの?

 ここは過去の世界ではない。きっと、別の世界。フェルディナント様が私を想ってくださる、優しい世界に私はやってきた。


「女神レグリーア様。これは、あなた様のくださった奇跡でしょうか」


 私は両手を組んで目を閉じた。


「私の不幸を、憐れんでくださったのだとしたら――感謝申し上げます」


 そうしているうちに、扉をノックする音と「奥様、おはようございます」という侍女の声がした。



 * * *



 ベッドの上に温かな食事が運ばれた。スープにパン、ハムとオムレツ、サラダ、紅茶、フルーツまで。こんな朝食も、いったい何年振りなのか。

 食べきれなかったけれど、とても美味しい。残したのが申し訳ない。


「私は小食の質(たち)なの。明日からはもう少し、少なめでお願いできるかしら」

「かしこまりました、奥様」


 頭を下げた侍女は、マイラと名乗っていた。私より少し年長に見える。この侍女は、見覚えがない。

 以前の世界ではいなかったか、本館に勤めていて顔を合わせる機会がなかった人ね。


「お食事がお済みでしたら、湯浴みをいたします」

「ありがとう」


 丁寧に世話をされて、さっぱりした。……体のあちこちにある痕を見られるのは、恥ずかしかったけれど。

 着心地のいいドレスは、王都で来ていた普段着より上質の絹だわ。辺境伯領には、鉄鉱山がある。たしか質のいいもので、この領地の特産でもあったはず。戦闘が多く、王家の褒美を置いておいても、領地が豊かなのはそのせいね。

 身支度を終えると、改めてマイラに案内された。


「こちらが、奥様のお部屋になります。寝室を挟んだ反対側が、旦那様のお部屋です。それぞれに個別の寝室もございますが、旦那様とお過ごしの際には、昨夜と同じ真ん中の寝室をご利用ください」


 私の部屋。明るい室内には、北方では珍しい白薔薇が花瓶に飾られている。窓際にソファーと椅子があって、ものを書く際に使う机と椅子もしっかりしているわ。壁に掛けられた色鮮やかなタペストリーは、新しいものに見える。

 女主人のために、用意された部屋……そう思えた。

 この部屋もフェルディナント様のお心遣いなのか、本来の辺境伯夫人が受けるべき待遇なのか。


「奥様、旦那様がお呼びでございます。お疲れでなければとのことですが、いかがなさいますか」

「あ……ええ、行くわ」


 フェルディナント様。……お顔を見られると思うと、嬉しくなってしまう。

 ずっと月に一度しか会えなかった方に、これからは毎日お会いできるの?


 私は侍女と護衛騎士に囲まれて、本館一階の部屋に足を運んだ。

 ふと見た窓の外は、陽射しが眩しく、いい天気だった。

お読みくださり、ありがとうございます。

続きが気になったら、評価やブクマをしていただけると嬉しいです!

今日は4話まで更新予定です。

次回一行予告:使用人に対する粛清。

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