16. 未来へ 【本編最終話】
白い世界。どこまでも真っ白な……
意識が戻った時、目の前にはフェルディ様がいた。
「アデル! ……ここは」
「フェルディ様……」
この白い世界は――まさか、また……
『遂にやり遂げたか』
私とフェルディ様が、同時に声のしたほうを振り向く。そこには、聖剣が今までに見たことがないほど眩い光をまとっていた。
「やり遂げた、というのは……私たちは」
「ドラッヘンの呪いを解けたのか!?」
……え?
『そうだ。エーデルシュタインを呪うドラッヘンの残り滓はかけらも残さず消え去った。――すべて思い出したようだな、辺境を守る者よ』
「フェルディ様、思い出されたのですか!?」
「……ああ、覚えている。あなたが剣を投げてくれた時、思い出した。そして、あのドラグニア兵にドラッヘンの呪いが憑りついていたのがわかったのだ。……ようやく」
フェルディ様に、強く抱きしめられる。
「ようやく、あなたを守ることができた」
震えながらもしっかりを私を包む、暖かな腕。私も考えるより先に抱きついた。世界で一番安心する、愛する方の腕の中。
「フェルディ様……フェルディ様、フェルディ様!」
「愛している、アデル。ずっと……ずっと以前から、あなたを愛していた」
涙がこぼれ落ちた。三度の死と、フェルディ様の死を乗り越えてやっと、私たちはともに生き延びることができたのだ。
『辺境を守る者よ、お前が初めに望んだのは“アデライードの幸せ”であった。生きているだけでは叶わぬ願いだった』
「私は、フェルディ様と生きたかったのです。愛する、あなたと」
喜びに満ちていたフェルディ様の顔が、わずかに歪む。
「……済まない、アデル。俺は何度も間違えて、あなたを苦しませた」
「いいのです、もう……何もかも、終わったのですから」
『ドラッヘンの呪いを断ち切ったゆえに、おそらくお前たちの残る望みも叶うであろう。ドラッヘンが憑りついていたのは、ドラグニアの王家だったのだからな』
ドラグニアの王家に……だから、何度も不毛な戦いを挑んでいたの?
「では、和平が結べるか?」
『人の子が定めることだ、我にしかとはわからぬが……ドラッヘンの影響はもはやない』
「そうか……改めて礼を言おう、聖剣。あなたのおかげだ」
「ありがとうございます」
私たちの礼に、聖剣の光がほのかに点滅する。まるで、笑っているみたい。
『そのために、女神レグリーアは我をエーデルシュタインに託したのだ。我の役目は終わった。まだ一度時を戻す力はあるが、この先使われることはなかろうな』
柄についている透明な宝石のひび割れが消えて、元通りになった。
やり直すということは、悲劇が起こるということ。
「はい、もうあなたを起こすことはいたしません。時を戻さなければならないような事態には、決してさせませんもの」
「俺からも約束しよう。聖剣はレグニア王国とドラグニア王国までをも救ったのだ。これからはヴァルデック家の宝として、代々伝えていく」
『……女神の代わりに、我が見守ってゆこう。では行くがいい、祝福されし者たちよ。女神は姿を見せぬが――いつまでも、レグニアに住む者を護っていく。忘れるな、人の子よ。この世界に竜が遺したのは、呪い。女神が遺したのは、愛だ』
聖剣を包む光が、四方に広がって――消えた。
※ ※ ※
私とフェルディ様は、ドラグニアの兵士を取り囲む森の中に戻っていた。
ドラッヘンの呪いに操られていた騎士は、ドラグニアのほかの兵にもただの悪あがきにしか見えなかったらしい。彼らは敵意も薄れていて、王へ休戦ではなく終戦とすべきであると進言することをフェルディ様に約束し、引き上げていった。
「捕虜の一人も捕らえずに、よかったのですか?」
「必要ない。いずれ、よい知らせが来るだろう」
ランツェルク副団長の問いに、フェルディ様は力強く答えた。
不安そうな副団長と目が合って、私も微笑む。
竜が遺したのは、呪い。
女神が遺したのは、愛。
竜が……ドラッヘンが消えた以上、女神レグリーアが遺していかれた愛によって、私たちは護られていく。
そうして、三週間後。
ドラグニアから、正式に和平の使者が立てられてやってきた。ヴァルデック騎士団が随行し、王都へと向かうことになった。
フェルディ様と私、二人だけが知っている。ドラゴンが、ドラッヘンが消えたから王家が戦闘にこだわることもなくなったのだと。人間として判断すれば、今のレグニア王国とは手を取り合うほうが遥かに平和で豊かになっていくのだもの。
「アルブレヒト・フォン・ローゼンハイム国王陛下に申し上げます。我がドラグニア王国のヴォルフガング・フォン・ドラグニア国王陛下より、平和条約を結びたいとのお言葉をお預かりしてまいりました」
使者が恭しく掲げた手紙を侍従が受け取り、アルブレヒト王に捧げる。同席したフェルディ様と私は、陛下が手紙を読んで安堵と憂いを漂わせた複雑な表情をされたのを見ていた。
「長く、戦いが続いてしまったが……こちらも本意ではなかった。ドラグニアの王の意向は、余の希望にも適う。正式な平和調印の場を設けるべく、我が国からも使者を送ろう」
「ありがたきお言葉にございます」
ずっと戦闘を仕掛けてきていた国の使者とは思えないほど、ドラグニアの使者団は肩の力が抜けたように思える。ドラッヘンの呪いがなければ、とうの昔に両国は手を取り合えていたのだろう。ドラグニア王国の神だったドラッヘンは、すでにドラグニア国内でも信奉者はほとんどいないらしい。今後は国教のない国として、新たに歴史を刻むと。
――この場に和平の立役者だったフェルディ様がいたのはともかく、私まで呼ばれていた理由は、ドラグニア王国の使者が下がってから陛下に告げられた。
「エーデルシュタイン侯爵並びに侯爵夫人は、拘束中だ。場所は侯爵邸内だが、皇室騎士団の者が見張りとなり出入りは厳しく制御されている。……ローゼンハイム家との血縁ゆえ、牢には入れなかったが……ドラグニアとの密輸があったのだ。もう少し待てば、平和に取引もできたものを」
やはり、そういうことだったのね。ブリギッテをヴァルデック家へ送り込んだのは、密輸のための契約の一つだったのでしょう。お父様が事情をどこまで知っていたかは、わからないけれど。
「その上、ヴァルデック家の名で借金を重ねていた」
「は……わたくしの、家名でございますか!?」
「うむ。そなたからの手紙をもとに、サインを偽造していたようだ。返済させるために、エーデルシュタイン家と領地に残る財産を徴収した。裁判は今後行われるが……」
フェルディ様が目を見開き、私は俯いた。……お父様が、まさかそんなことまでしているだなんて。
「王家に連なる侯爵家ゆえに爵位は留め置くが、領地の大半は割譲させ、侯爵は領内への蟄居を申し渡すことになろう。アデライード、そなたはすでに辺境伯夫人であり、エーデルシュタイン家の罪科は無関係だ。……会いたければ、手配もできるが」
「……いいえ。陛下のご温情には感謝いたしますが、わたくしは侯爵夫妻とは会うつもりはございません」
血を分けた肉親でありながら、幼い頃から愛された記憶もほとんどない。私に愛を教えてくれたのは、フェルディ様だった。
……侯爵夫妻は名ばかりの領主となって、厳しい暮らしが待っているでしょう。自業自得というものだわ。
「さようか。では、エーデルシュタイン家より召し上げた領地は、ヴァルデック家に下賜するものとする」
「陛下……!」
私が見上げた陛下のお顔は、慈愛に満ちている。
「ドラグニア王国から国境を守りきり、和平実現への道を開いた功績への報奨である。フェルディナント・ヴァルデック辺境伯、今後も忠臣として国を支えてくれることを期待している」
「……謹んでお受けいたします。このフェルディナント・ヴァルデック、王の剣となり盾となりて、生涯王国の守りとなることを誓います」
フェルディ様とともに、私も心から陛下に頭を下げた。
※ ※ ※
正式な和平の条約・調印式、終戦の宴、領地の受領。多くの人の祝福を受けた。
一ヶ月以上も王都に留まってしまって、ヴァルデック領が懐かしい。私の故郷は、もうずっと前からヴァルデック領なのだわ。
久しぶりに、すっきりと目覚めた。タウンハウスの寝室は、領地の寝室によく似ている。
「起きたのか、アデル。おはよう」
「……おはようございます、フェルディ様」
挨拶をし合って、ベッドの中で寄り添って見つめ合う。どちらともなく笑みがこぼれて、私はフェルディ様に抱き寄せられた。
「今日はようやく、帰れるな」
「ええ。私も、早く帰りたく思います。あの城が、私たちの帰るべき家なのですから」
そう、あの家が。
――あ?
「ん? どうした、アデル」
「いえ……何か、誰かに呼ばれたような」
私は無意識に、自分のお腹を撫でていた。
同時に、フェルディ様と顔を見合わせる。
「フェルディ様、私……」
「待っていろ、アデル! 侍医を呼んでくる」
ローブを慌てて引っかけて、フェルディ様が出ていく。
私はベッドの上で起き上がり、もう一度お腹を撫でた。
「……来て、くれたの?」
遠くから、フェルディ様の声が聞こえる。ばたばたと走り回る音。
「ふふ……あなたと会うのは、二度目……になるのかしら。待っていたわ」
今度はもう、何も起こらない。この先はわからないことだらけだけれど、未来は光に満ちている。
私は目を閉じて、囁いた。
帰りましょう、私たちの城へ。二人で……いいえ、三人で。
未来をともに、生きていくために。
(本編・完)
これにて、本編完結です! ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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※明日の更新はお休みですが、明後日に外伝を更新予定です。




