14.内通者
三年が経とうとしている。
私が嫁ぎ、この地で最後に死んだあの日が、刻一刻と近づいてくる。
女主人として、ここまで私はできることをすべてやってきた。
領内の収穫増加に治安強化、商会の取引拡大、騎士団の増員。幸いにして私の力は強まっているようで毎年豊作が続き、ジャガイモの輸出も順調に販路が広がった。小麦を手に入れやすくなったので、白パンが平民の食卓にも上るようになったと聞く。毛織物も冬にはよく売れるし、ヴァルデック領の収入は右肩上がり。
特にやはり、鉄鉱山の鉄塊の収益がとても大きい。武具の職人も増えて、騎士団は本人たちの強さに加えて装備も充実している。
その上、騎士団の一部を「A&F商会護衛団」にしたことで、王都の「ただの辺境の野蛮な兵士」という偏見を変えさせるきっかけになった。当然よ、ヴァルデック騎士団はどこに出しても恥ずかしくない騎士たちだもの。フェルディ様の名声も上がったのは嬉しい。国境を守る要であるのに、上流貴族は辺境伯を下に見る方々もいるのだから。
フェルディ様は城壁の上に弓を射る箇所を増やし、ドラグニア王国に対する守りは非常に固い。……でも、そもそもフェルディ様はずっと国境を守ってこられたのだから、いきなり城内に侵入されたのがどう考えてもおかしい。
何度も考えた。何があって、私やフェルディ様が城内で襲われる羽目になったのか。
――最も恐ろしく、あり得てしまうことは……内通者が城内に入り込んでいた、という可能性。
本館にも離れにも侵入されていた。敵の動きが早すぎる。城内を知る者が手引きしたのであれば、納得がいく。
使用人は、きちんと身元を調査して雇っている。この数年はことさら神経を使った。
でも、私が嫁いでくる前に雇用されていたら……? 考えたくないけれど、それならば防げていない。調べ直さなければならない。
私は意を決して、眠る前にフェルディ様に話すことにした。
「フェルディ様、お話があります」
「話? ……何かあったのか?」
「笑わずにお聞きいただきたいのですが……私、夢を見たのです」
フェルディ様のお力を借りるため、不誠実でもこんな方法しか思いつかない。
「この城内に、ドラグニア王国の兵が侵入してくる夢です。ただの夢と思っていたのですが、あまりにも同じ夢を繰り返し見るので、不安になってしまって」
「侵入者など、入れはしない」
「いいえ、それが……城内で、手引きするものがいて。その者のせいで、私が命を落として」
「アデル……」
「夢だとわかっています。それでも、怖くて」
私の言葉に、フェルディ様は考え込んでいる。申し訳ないけれど、過去を覚えていないフェルディ様に「このままでは侵入者に私かあなたが殺されてしまう」なんて言うわけにもいかない。
「虫の知らせ、ということもあるか。城内の者に手引きされた、という夢なのか?」
「そのような夢でした。誰のことも疑いたくなどないのですが」
「――わかった。俺も使用人を疑うわけではないが、一応調べよう。何もなければ、あなたも安心するだろう?」
「……そうですね。ありがとうございます」
その後、フェルディ様はハインリを含めた城内の全員について調査をしたらしい。私に分厚い書類を笑顔で差し出す。
「疑わしい者は、誰もいなかった。ただの夢だ。安心してくれ、アデル」
誰も――
本当に夢にすぎなかったら、これで安心できただろうに。それとも、私の考えすぎなの?
※ ※ ※
何も起こらなければいいのに。
この三年間、私が止められたのは事前に対応できたことだけで、河川の増水はいつも通りに起きた。氾濫は事前に工事をして止められた。でも守りを固めたところで、ドラグニアの動きまでは制限できない。
あの日まで生き延びれば、きっとまた襲撃される。侵入されずに済むと思えるほど、以前との違いはないわ。騎士団は強くなったけれど……
ハイジとともに訓練場へ差し入れに行くと、ほかの侍女が騎士たちを親し気に話していた。
「あら、ウルスラですね。彼女、フォークト卿に憧れているみたいで。暇があると騎士団の訓練場に来るようなのですが、お目こぼしいただけますか」
「まあ、そうなの。もちろん、構わないけれど……」
――あ。
思い出した。以前侵入者が現れた日、城壁付近で騎士たちと話している侍女を見た。赤毛だったからウルスラではない。
たしか、あの侍女は……ブリギッテ?
ブリギッテのことも、フェルディ様は調べてくれていた。問題なかったはず。
「ハイジ、ブリギッテの出身は王都だったわね?」
「え? あ、はい。ご主人様の縁戚に当たる伯爵家から紹介されて来た侍女ですね」
ヴァルデック家の縁戚から。それでは、身元はしっかりしている。でも、それなら……伯爵家の前には、どこにいたの?
「フェルディ様、今度商団が王都へ取引に行く時、私も同行してよろしいでしょうか?」
「あなたが、王都に?」
驚かれるのは仕方ない。今まで代表者として指示はしても、私が商会のためにヴァルデック領を離れたことはなかった。
「大きな取引になりそうなので、私自身で確認したいのです」
「……そうか。俺は、同行できそうにないが」
「ええ、大丈夫ですわ。護衛団が一緒ですし」
「うむ……念のために、騎士団の護衛騎士もつけてくれ。女主人の移動となれば、しっかり守らせなければ」
心配しすぎだと、言う気になれない。――今度こそは、死にたくないから。
私はフェルディ様の提案を受けて、騎士団の精鋭二人を護衛に旅立つことを約束した。
※ ※ ※
三年振りの王都。私の感覚的には、十年以上経っている。
実際には三年しか経っていないのに、貴族用の道は整備されて、新しい店も増えているよう。王国全体の豊かさが反映されている。
ヴァルデック家のタウンハウスも、きちんと管理されていた。前庭にも美しい花が咲いていて、普段主人が不在でいるのが申し訳ないわ。
「お帰りなさいませ、奥様」
王都の執事が出迎えてくれる。
「ただいま。王都も景気がよろしいようね」
「ええ。ですが、ご主人様の領地が最も発展していると王都でも評判でございますよ。わたくしどもも、鼻が高うございます。奥様のご滞在中、少しでもお会いしたいとのご招待も数多く届いておりますが」
「多少は顔を出さなくてはいけないわね」
王都に戻って、まったく社交せずに帰ることはできない。手紙を確認していると、ちょうど目的のヴァルハイト伯爵夫人からお茶会の招待状があった。
夜のパーティーとなるとエスコート役を騎士に頼むことになってしまうし、そうなるとフェルディ様のご機嫌を損ねそう。お茶会ぐらいにしておくのが無難ね。
……意外ね。お父様からの手紙がない。援助は断っているけれど、王都まで来たら絶対に接触してくると思った。諦めてくれたのかしら。
その日は旅の疲れを癒して休み、翌日には商談に同行して、二日後にヴァルハイト家を訪れた。
「ヴァルデック辺境伯夫人、ようこそおいでくださいました」
「ご招待ありがとう、ヴァルハイト伯爵夫人」
「わたくしのことは、ヒルデガルドとお呼びくださいませ」
「では、ヒルデガルド様。わたくしもアデライードと呼んでくださる? ご親戚に当たるのですし」
「光栄でございますわ、アデライード様」
ヴァルハイト伯爵夫人は、私より少し年上で優し気な面差しをしている。以前も何度か、お茶会で会ったことはあるけれど、私がフェルディ様に嫁いでからは初めて会うわね。
王都の状況や領地の話をしばらくしてから、さりげなく本題に触れる。
「そういえば、ヒルデガルド様にご紹介いただいた侍女がおりますけれど、よく働いてくれますわ。赤毛の、ブリギッテという侍女です」
「そんなこともございましたわね。あの侍女は我が家では一年ほどしか働いていなかったのですが、辺境伯様に侍女が足りないとお聞きして使用人に話しました時、本人からお仕えしたいと希望されましたの」
……本人から?
「一年ですか。では、それ以前はどちらに?」
「それが、アデライード様のご生家であるエーデルシュタイン侯爵家でしたのよ。領地の出身で、お城に勤めていたとのことでしたわ」
エーデルシュタイン出身……ですって?
おかしいわ。エーデルシュタイン領は南方なのに、ブリギッテの発音の癖は南のものではない。さして話したこともないけれど、北方訛りだと感じた。
「そう、でしたの。偶然ですわね」
「ええ、本当に。そうそう、エーデルシュタイン侯爵様は最近羽振りがよくてらっしゃるようですわね。少し前には少々ご苦労なさっていたようですが、先日侯爵夫人が何着もドレスを注文なさってらしたとデザイナーに聞きましたわ」
――羽振りがいい? 商談中に聞いた話では、目立った取引はしていないらしいということだった。領地の経営が改善したのかしら。
……不安が募る。嫌なつながり。
もう一度、ブリギッテについて調べなくては。
お茶会から帰ったあと、タウンハウスの執事にブリギッテについての調査を依頼した。報告は手紙で送ってくれるように言って、私はヴァルデック領へ戻った。
※ ※ ※
「おかえり、アデル。何か不便はなかったか?」
「ただいま戻りました、フェルディ様。何もございません。商談も無事済みました」
「それはよかった。疲れたろう、しばらくゆっくり休むといい」
フェルディ様に軽く抱きしめられただけで、こんなにも安心する。少しでも会えないと不安になってしまうのは、あの日が近いせい、ね。
……予感がする。ドラグニアから敵が攻めてくる。ただし、城内へは侵入させない。
そのために、今必死に探っているのよ。
「アデル?」
「――もう少しだけ、こうしていていただけますか」
フェルディ様。これからもずっと、あなたと一緒に。
今度こそは。
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