13.エーデルシュタインの影
季節は秋になった。今年は気候に恵まれたおかげで、王国内は全体的にどの地方も収穫量が多かったよう。ヴァルデック領内は特に、近年稀に見るほどの豊作だった。……私の力が、領内に広がったのだとしたら嬉しいわ。商会の運営も始まっている。冬支度もあるし、まだまだ多忙な日々が続く。
そんな頃、父から私に手紙が届いた。思った通り、援助を求める内容だった。エーデルシュタイン領も豊作で当然のはずなのに、お父様が領地を放置しているせいか、収益はさほど上がっていない模様。取引も上手くいっていない。当然ね、私が社交界にデビューしてからというもの、私に家の差配も領地経営もやらせて、両親揃って遊び回っていたのだもの。
『ヴァルデック領は、相当な豊作だと聞く。お前は変わらずエーデルシュタインの娘なのだ、実家を助けるのは当たり前だろう。援助を送るように』
……なぜこんなにも偉そうに、命令できるのかしら。あの人たちはきっと何度生まれ変わっても、まったく変わらない。呆れて、ため息も出ないわ。
『嫁いだ以上、私はヴァルデック辺境伯夫人です。エーデルシュタイン領については、ご自分たちで立て直しをなさってください』
いささか冷たいかもしれないけれど、きっぱりとお断りの手紙を書いた。……領民のことは気になるわ。でも、エーデルシュタインの領地まで私の力は届かないのでしょうね。北と南では遠すぎる。
考えるのはやめましょう。私がすべきことは、ヴァルデック領を守り、栄えさせ、敵からの攻撃に備えることよ。
※ ※ ※
街の収穫祭に、フェルディ様と訪れた。以前より補助金も出せたし、一段と賑わっている。
「ど、泥棒ーっ!」
女性の声がして、ぱっと振り向くと、もう巡回中だった騎士団員が盗人を捕まえていた。ありがとうございます、と女性が何度も頭を下げている。恰好からすると、出店の人かしら。売上金をかすめ取られたところを、捕縛できたようね。
「やれやれ、騎士団員を多く配置しておいてよかった」
「フェルディ様のご指示ですか?」
「ああ。祭りの規模が大きくなると、領地外の荒くれものも紛れ込んでくるからな。騎士団員には巡回を命じた上で、無事収穫祭が終わったあとに城内で慰労を行うことにした」
「さすがですわ、フェルディ様」
私が組んでいる腕をきゅっと握ると、フェルディ様が照れくさそうに首元を搔く。
「それよりアデル、疲れてはいないか?」
「全然です。私はもう健康体と言って差し支えないと、侍医にも太鼓判を押されたではありませんか」
実際に、以前のように何もないのにだるさを感じることも、風邪をひくようなこともなくなっている。聖女の力は自分自身ではなく周囲を守るもので、私自身は変えられない。けれど、フェルディ様が食事などにかなり気を配ってくださった。――覚えていない、最初の時と同じように。
フェルディ様は変わらずに、私を想ってくださる。川魚も美味しくいただけるようになったし、ミルクスープも週に一度は食卓に並ぶ。食べている時に私が嬉しそうだったから好きなのだろう、とフェルディ様に見抜かれてしまった。
自分でも気をつけるようにしていたためか、前より早く健康になれた。気を緩めてはいけないと思いつつ、日々の幸せを感じずにはいられない。
ただ、懐妊は以前より遅い。以前は初夏には身籠っていた。気にはなるけれど、今回は多忙なことも多くて、最初の頃ほどフェルディ様と寝所をともにしていないせいなのか。
今は子供よりも領地の安寧が先と考えているし、フェルディ様も私の意向を優先してくださるし、呪いのせいでなければいいのだけれど……
「アデル? 考え込んでいるようだが、何かあったか?」
「あ……いいえ、申し訳ありません。つい、収穫後の取引について考えてしまいまして」
「祭りの時にまで、真面目なことだ。それよりも、踊らないか? 社交ダンスのようなものではなく、好きに体を動かせばいいだけだ」
広場で、楽団の音楽に合わせて踊る人々。前回と、最初の時もここでフェルディ様と踊った。
「喜んで、フェルディ様」
前の時は、ここでフェルディ様が私との縁談を望んでいたのだと聞いた。あの時も、幸せだった。フェルディ様が何度も私の死を乗り越えてきたのだと知らずに。
戻れたとはいえ、愛する人の死を目の当たりにするのは死ぬより辛い。倒れてくるフェルディ様の体と、血の臭い。私は、あの瞬間を忘れられない。
――きっと、フェルディ様は毎回同じ気持ちで私を守ろうとなさったのだろう。
もう、同じ想いはさせません。フェルディ様。
※ ※ ※
騎士たちの力が以前より上がったこと、領地経営が順調であることもあり、騎士が増えてきた。領地内の主要な街に騎士団を派遣して、自警団任せだった街も見回りをさせている。領地全体の治安もよくなった。
ヴァルデック領は商会経営も順調で、来年には鉄鉱山から鉄塊の輸出も始まる。騎士団員が増えたために、商団移動の際の護衛団を、独立して編成することができた。
行き来する代理人の話により、エーデルシュタイン家の苦境が知らされた。思った以上に苦戦しているのね。もともと領地が豊かだったため、収穫で十分贅沢できていたので自前の商会も持っていない。有能な管理人を雇ったようだけれど、お金が入ればすぐ使いたがる領主がいては簡単にはいかないでしょう。
今度は私宛とフェルディ様宛に、それぞれ手紙が来た。わざわざ、お父様とお母様の連名で。
「フェルディ様、私の両親からの手紙は無視なさって結構です。読む必要もありません」
「いや……しかし、かなりお困りのようだと俺も商会の者に聞いたが」
話さないわけにはいかないわね。
「両親は浪費家で、まともに領地経営をしておりません。あればあるだけ使う人たちです。その人たちのために、私が家のための予算を組んでどうにか回し、領地にも足を運びました」
私はすべてを打ち明けることにした。
誰にも頼れなかったこと。
王家と血縁の侯爵家の娘として、やらねばならない使命感で努力し続けたこと。それを両親は当然のものと考えて……一人娘なのにあっさり嫁に出したのは、縁戚を養子にすればいいと豪語していたこと。けれど今辺境伯領が非常に上手く回っているため、子供ができれば一人は侯爵家の後継者にして、縁を強くするつもりなのではないかと思っていること……
最後の話は、私の推測だけれど。でも、あの人たちならきっとそう考えているわ。ヴァルデック領を豊かにすればするほど、すり寄ろうとしてくるはず。
「……あなたが、そんなに苦労していたとは」
フェルディ様は、眉根に深い皺を刻んで私の手を両手で包んだ。
「我が子を渡す気などない。そのような契約も義理もない。俺は愛するあなたとの間に子ができたら、俺自身で守る。誰にも養子になど出すものか!」
「フェルディ様……ありがとうございます」
「礼などいらない。当たり前のことだからな」
今度は、強く抱きしめられた。
フェルディ様。いつか子ができたら……
これまで、今まで起こったことは同じように起こっている。使用人が変わったり辞めたことで事件を未然に防ぐことはできても……
私は、なぜまだ懐妊しないのかしら。
不安を覚えながら、フェルディ様の背中にしがみついた。
※ ※ ※
『よくやっているようだな』
――え!?
「聖剣……どうして!? 私……私は、まだ死んでいません! フェルディ様だって」
『案ずるな、エーデルシュタインの子よ。神の領域と近づいたお前が聖女の力を強め、解放しているために、我と通じやすくなっている。それゆえに夢で通じただけだ』
体から力が抜けた。白い空間は、フェルディ様が死んでしまわれた時に来たのと、同じ場所。
でも、夢……なのね。
「そういえば、現実でのあなたの石は割れていないけれど……実際は違うということですよね?」
『そうだ。時が戻ったゆえに我の姿も元に戻って見えるが、石の力は失われている。まだもう一度戻れるが、その気はないのだろう』
「ええ、もちろんです。今回こそ、私もフェルディ様も生き延びてみせます。……ただ」
聖剣ならわかるかしら。
「私に子供ができないのは、なぜでしょう?」
『自覚がなかったか。お前は、今は子ができぬ。お前自身がそう選択している』
「私の……選択?」
『聖女の力で領地を、夫を守ろうとしているため、子を成す力がないのだ』
「……ではまさか、私には後継者を産めないのですか?」
『そうではない。望みを叶え、お前たちが成功したならば、その時には――』
白い光に体が包まれた気がして、目が覚めた。ここは、城内の寝室。隣には、フェルディ様がまだ眠っている。
望みを叶え、成功したならば。
「そういうこと、なのね」
カーテンの向こう、陽が昇り始めて明るくなっていくのがわかる。
すべてが成功すれば、私はきっと無事に母親になれる。
守り通してみせるわ。私自身とフェルディ様を。この、領地を。
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次回一行予告:近づく「その時」のために。




