11.アデライードの変化
私の誓いの言葉に戸惑っていたフェルディナント様は、私が微笑みかけると大神官に勢いよく向き直った。
「私も、死んでも妻を愛し続けることを誓います!」
……フェルディナント様。
「――素晴らしい。女神レグリーアよ、この新たなる夫婦に大いなる祝福を授けたまえ。それでは、誓いの口づけを」
大神官も笑顔で頷いてくださった。私と向かい合ったフェルディナント様は、ベールを上げて私の目をまっすぐに見つめる。
「必ず、あなたを幸せにいたします」
「はい。私も、あなたを幸せにいたします」
フェルディナント様と私は、五度目の誓いの口づけをした。
※ ※ ※
湯浴みを終えた私は、寝室でフェルディナント様をお待ちする。
過去のいつよりも早く、ノックの音がした。
「アデライード、私です。入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ、フェルディナント様」
扉を開けたフェルディナント様が、静かに入ってくる。……まだ、緊張してらっしゃるわ。
私の隣に座ると、目線を落とされた。
「その……結婚式は、驚きました」
「失礼いたしました。勝手に、誓いを変えてしまって」
「い、いえ! あの、あれは、とても……嬉しかったのです。こんな辺境の無骨者に、あなたのような高貴で美しい方が嫁いでくださった上、あのように誓ってくださるとは」
最初の初夜はお互いに戸惑いがあったけれど、私はもうわかっている。この方は二年前から私を見染めてくださって、縁談を申し込まれた。
「フェルディナント様」
「は、はい」
「――はしたない女と思われるかもしれませんが、私はフェルディナント様を以前よりお慕いしておりました」
「は……え、ええっ!?」
まあ。こんなに驚いたフェルディナント様は初めて見たわ。なんだか可愛らしくて、笑みがこぼれてしまう。
「お見かけする機会がございまして、その時から……なんて凛々しく、立派な方かと思っておりましたの。妻になれて、心から嬉しゅうございます」
嘘ではないわ。あなたが覚えていない過去、私を想い、守ってくださったこと。決して忘れない。
「ア、アデライード……」
薄暗い部屋でも、フェルディナント様が赤面しているのがわかる。
「わ、私もです。その、二年前に王都のパーティーで」
「王太子殿下のご成婚の折でしょうか?」
「そうです! その時に、こんなにも美しい方がいるのかと」
「それでは私たち、惹かれ合って夫婦になりましたのね。……女神レグリーア様の、お導きでしょうか」
丸くなった、フェルディナント様の琥珀色の瞳。優しくて、嬉しそうで。
私も真実、嬉しい。ドラッヘンの呪いが私をここへ連れてきたとは、思えない。きっと、私たちを巡り合わせてくださったのはレグリーア様。
「アデライード、式の誓いの通りに、私はあなたを死んでも愛し続けます」
「私も、フェルディナント様だけをお慕いいたします」
何度死んでも、離れられなかった私たちなのだから。
※ ※ ※
初夜が明けた朝、フェルディナント様はまた先に起きていらした。横になったまま、私を見ている。
「……おはようございます」
「おはよう。……済みません、無理をさせたでしょうか」
今度も、フェルディナント様は私を心配してくださるのね。
「大丈夫ですわ」
体は初めてでも、もう知っていること。……それに、いつだってフェルディナント様はお優しい。
「フェルディナント様、お願いがございます」
「な、なんなりと、どうぞ。侍医を呼びますか?」
「そういうことではございませんわ。どうか、アデルとお呼びになって。敬語も不要です」
「は……」
「フェルディナント様は、私の旦那様なのですから」
朝の光の中で、昨夜よりもフェルディナント様の顔が赤く染まるのがよくわかった。
「あ、で、では……アデル」
「はい」
前回は、フェルディナント様からアデルと呼びたいと言われたのに。でも初めて嫁いだあの時も、愛称で呼んでくださるまで時間がかかった。私も、フェルディナント様に本心から打ち解けるのは、難しかった。
けれど私たちは、もうずっと一緒にいた。あなたが忘れていても、私はあなたがどんな人で、どれほど私を大切にしてくださるのか、身に染みて理解している。
「よろしければ、もうひとつだけ」
「はい? あ、いや……なんだ、ろう?」
「フェルディ様とお呼びすることを、許していただけませんか?」
「フェ……ああ、も、もちろんだ!」
なんて凛々しくも愛らしい方なのかしら。私の、フェルディ様。
私たちはベッドの中でしばし語らって、ようやく起きる支度を始めた。
※ ※ ※
湯浴みと着替え、朝食を済ませたあと、フェルディ様に使用人を集めてくださるようお願いした。フェルディ様も、私付きの侍女たちを選んでおいたと言って――家令のハインリをまず紹介されてから、本館の広間に私を連れていってくださった。
さあ。最初の仕事だわ。
「侍女頭は、ヴァルデック家と血縁に当たる子爵家より、ここに仕えている者を選んだ」
「ロザリンデ・リンデンと申します。奥様に誠心誠意、お仕えいたします」
この人は侵入者が現れた時、私を突き飛ばして逃げた侍女。この顔は、何年記憶を積み重ねても忘れられない。
「ロザリンデ。年はいくつかしら」
「二十一歳になります」
私とそんなに変わらないのね。
「あなたと年の近いほうがいいかと思ったが、どうだろう?」
「ありがとうございます、フェルディ様。……ロザリンデ」
頭を下げている、彼女の前に立つ。
「私はまだ十八歳だけれど、今後はこの城の女主人よ。私を辺境伯夫人として、尊重できて?」
フェルディ様が、わずかに驚いているのを感じる。ロザリンデには、ほのかに動揺が見えた。
「ほかの侍女たちも、同じ。もし私に不満があるのなら、今ここで示すこと。私を認められる者だけ残りなさい」
「アデル……」
しんと静まり返った中で、ロザリンデは床に座り込んでさらに頭を下げた。
「先ほど申し上げました通りです。奥様に誠心誠意お仕えし、ご信頼いただけるよう努力いたします」
ロザリンデの宣言を聞き、侍女たちや使用人、騎士たちまでもが膝を折った。
「よろしくお願い申し上げます、奥様」
「忠誠を誓います!」
「旦那様の選んだお方を、軽んじることなど何があってもいたしません!」
――奥に、以前「自分こそがご主人様に愛されている」と虚言を吐いた侍女も見えた。少し遅れてはいたけれど、彼女も座っている。
今は十分ね。
「ありがとう、よろしく頼むわ。……フェルディ様、よい侍女たちを選んでいただき、感謝いたします」
「……いや。あなたならば、問題ない。皆の者、アデライードの言う通りだ。女主人として、私同様に仕えるように。万一妻に相応しくないと判断した場合は、この城にはいられなくなると心得よ」
フェルディ様の言葉で、その場の緊張が一段と高まったように思えた。
前回の世界では、フェルディ様は私に少しでも悪意を持つ者を全員解雇なさった。でも、彼女たちは私と交流した最初に出逢った時は、特に問題を起こしていなかった。あの、フェルディ様に横恋慕しているのだろう侍女も。
私とフェルディ様が睦まじい夫婦となり、フェルディ様が私を傍目にも大事にしてくださっていたからね。
つまり、もともと悪い人たちではない。私が女主人と認められず、よそから来た邪魔者でしかなかったために放置された。敵から逃げようとして、他人を犠牲にするのは非道かもしれない。けれど、自分の命がかかっていて必死だったのでしょう。私ならば死んでも構わない相手だと、とっさに思われてしまった。
今度はそんなことにはさせない。私はフェルディ様の隣に相応しく、ただ守られるだけではない女主人として、この城内のすべての人に認めてもらうわ。
使用人との挨拶を済ませ、ハインリに予算の台帳を見せてもらうよう頼んだ。
「今年はもう予算が組んであるでしょうけれど、来年からは私が見ます。侯爵領の領地経営やタウンハウス、領地内の居城についても私が見ていましたから、できると思うのです。最初は、過去の記録から教えてもらいますが……」
本当は記録を見なくても覚えているけれど、知っていてはおかしいものね。
「……さすがだな、アデル。領地や王都での商取引も、あなたがかなり取り仕切っていたと聞いてはいたが」
「実は、商会も見ていましたの。できましたら、いずれここでも商会を申請して、王都とも取引できるようにしたく思います」
「商会か! それは心強いな」
「まだ先になるとは思いますが、ここでの経営をいろいろ教えてくださいますか、フェルディ様」
「無論だ。ハインリ、過去の台帳も用意してくれ」
ハインリはまだ訝しげだけれど、彼は以前もフェルディナント様の次に私を信用してくれた。
まずは城内の地位を確立して。それから、領地経営、商会運営。――そう、例の河川の護岸工事も行わなくてはね。
まだ三年ある。あの襲撃の時までに、これまで以上に領内を豊かにして、防御も固めていこう。
フェルディ様。私は、私の戦い方であなたを守ります。
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次回一行予告:気高く強い女主人に。




