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貴方との結婚は五回まで ~突然溺愛してきた冷淡なはずの夫は、何度死んでも私を愛する人でした~  作者: 洲澄英里


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10/17

10.最後の始まり

 これまで大切に側に置いていても、俺はアデライードを守れなかった。それならば、いっそ。

 結婚式を終え、三度目となった初夜。俺は離れの寝室にアデライードを案内させ、故意に無表情で告げた。


「あなたには、この離れで暮らしていただく。ここで、好きに過ごしてくれて構わない。妻としての務めも考えなくていい」


 俺から、あなたを離しておく。俺は戦い、領地を守る。ドラグニアとの次の戦闘で、さらに戦功を挙げて和平に持ち込むようにできるまで。

 離れの使用人には、「アデライードの望むことをすべて叶え、彼女が心安らかに暮らせるよう尽くせ」と厳命した。


 月に一度だけ、夕食に本館へ招く。その時だけ会えることが、俺の支えだった。

 彼女はあまり話さない。食が以前より細くなっていないか?


「アデライードの食事も、しっかり管理させておけ」


 そうハインリに伝えておいた。

 どれほど会いたくとも、それだけで我慢し続けた。


 河川の氾濫を今回も工事で防ぎ、領地の経営をこなし、アデライードには潤沢な予算を割り振る。時折、俺からもドレスや宝石を贈った。平和な日々の中で、アデライードに会えずとも守りきれればいいのだ。



 ✦ ✦ ✦



 三年が経った。


 アデライードは離れで穏やかに暮らしている。彼女と結婚して、三年も生き続けてくれたことはなかった。

 俺はドラッヘンの呪いから、アデライードを救えたのか? いつまで生きていてくれれば成功したと言える? 聖剣はそこまで教えてくれなかった。

 ……「邪神といえど神」と、聖剣は言った。神の呪いを打ち破れば、何かしら起こるはずだ。和平も結べず国境の緊張が解けていない今、終わっているとは思えない。

 アデライードを、守り続けなくては。


 俺はすべてに備えていたつもりだったが――ある日突然、敵兵に城内へ侵入された。騎士団を展開して敵を倒す一方、離れへと走った。

 ……これもまた、ドラッヘンの呪いによるものだとしたら。ここで、守らなくては。

 幸いにして、騎士は奮戦し敵の多くは倒した。だが一部は城内本館にも入り込んでいる。俺と、アデライードは城を落とすために標的となる!


 走った先に、侍女と逃げるアデライードの姿が見えた。よし、あの侍女が連れ出してくれれば……


「どいて!」


 ――信じられないものを見た。侍女が、アデライードを突き飛ばしたのだ。アデル!

 転んだアデルを置いて、侍女は曲がり角を抜けて走り去る。起き上がろうとするアデルに、敵兵が走り寄っていくのが見えた。


「アデライード、逃げろ!」


 俺の目の前で、敵の剣が細い背中を斬りつけた。俺はすぐさま敵の鎧の間から、剣を突き刺す。倒れた敵を飛び越え、アデルを抱き上げた。


「アデル……!」


 青い瞳が、閉じていく。あまりにも軽い体が、俺の腕の中で力を失っていった。


「アデル、アデル! なぜだ――アデル!!」



 ※ ※ ※



「フェルディナント様は……私を、守ろうと……?」


『あの男は、お前を愛するがゆえに囲い込んで守っているつもりだった。使用人がお前を軽んじていたことを知らず、お前に守られながら守れなかった』


「私に、守られながら……?」


『まだ自覚がなかったか。……もうしばらく見ているがいい』



 ✦ ✦ ✦



 俺は三度(みたび)、聖剣の前にいた。


「アデルが……なぜあんな……」


『お前が妻を疎んじていると使用人どもは考えたのだろう。三年のうちに、エーデルシュタインの子は孤独と冷遇に慣れていた』


 俺が? 何度も言ったはずなのに、アデルに仕えている者たちには伝わっていなかったのか?

 ……離れの中を走っていた時、妙に埃が舞って煙たかった。あれは侵入者の仕業ではなく、使用人が掃除もせず放置していたためか。もしや、ハインリも俺がアデルを嫌って遠ざけたと誤解した? 縁談を申し込んだ理由を、ハインリは知っていたはずなのに。俺が近づこうとしないので、心変わりしたと思われたのか……


「侍女が、アデルを突き飛ばしていた……あれは死を恐れて混乱したからではなく、主人と思っていなかったということか」


 はらわたが煮えくり返りそうだ。いや、この結末も俺の咎なのだ。離れて守ろうなどと、愚かな真似を。

 この手で守らなければならなかったのに!


 聖剣の青い宝石も、割れて崩れた。次は、緑の宝石にひびが入る。


「――教えてくれ。ドラッヘンの呪いを解くには、どうすればいい」


『お前の望みを叶えよ。……もう四度目になるゆえ、ひとつ力を貸そう』


「俺の望みは、アデルが生きて幸せになることだ!」


『そのために、必要なものがある。次は、エーデルシュタインの子に記憶を残そう』


 アデルに、記憶を残す……?


「待ってくれ、それは――」


『自分自身で答えを見つけて成し遂げよ。我はこれ以上の手助けはできぬ』



 ※ ※ ※



 三回、私は死んでいた。そして、四回目。


「フェルディナント様は、私を生かそうとして……ご自身、が」


『今回、あの男はよくやっていた。お前を愛し、守り、気を配り――お前に前回の記憶を残したがゆえに、お前もまたこれまでになくなすべきことをしていた』


 私が、離れで暮らしていた間。フェルディナント様は、私が幸せだと信じていらした。

 そうでないと知って、今度は私を守るために以前私を放置していた使用人を解雇して。その上で側にいてくださって、私の好みも覚えていて……すべて、覚えていらしたから。


 知らず知らず、涙がこぼれる。


「フェルディナント様……」


 やっと理解した。


 フェルディナント様、あなたはずっと私を守って、愛してくださっていたのですね……

 ――私が死なないように。


 私が忘れていた、一番最初の結婚式から……いいえ、それ以前から。私を見染めてくださって、妻に望んで。

 何度も私の死を目の当たりにしながら、呪いを解こうと諦めずに……どれほど、辛い想いをなさっていたことだろう。

 こんなにも愛してくださっていたのに。


 なのに……


 私はここにいる。聖剣の宝石は緑の石が砕けているだけでなく、黄色の石も粉々になった。


「ドラッヘンの呪いは、解けていないのですよね……?」


『あの男が我を目覚めさせた。その望みが完全に叶う時、我に託された女神の力が呪いを解くだろう』


「フェルディナント様の望みは――」


『お前が生きて、幸せになることだ』


 私が……生きているだけでは、いけない。幸せに……

 ――あ。


「私は……」


『我が言えるのはそれだけだが、お前ならばわかるであろう』


「――はい……」


 フェルディナント様。フェルディナント様。フェルディナント様、私は……


「私は……フェルディナント様がいてくださらなければ、幸せにはなれません」


 私を心から愛してくださった人とともに、幸せになりたい。

 私が、初めて……愛した方だから。


 涙を手で拭って、聖剣に向かう。


「私がフェルディナント様を守った、というのはなんだったのです?」


『エーデルシュタインは女神レグリーアの祝福を受けた。ゆえに、守護の力を持つ子が血筋に生まれることがある。己自身ではなく、大切に想う周囲を守る力だ。たとえば、豊穣の力だな』


 豊穣。領地の豊作は、私の力だった?


『人の子は聖女の力とも呼ぶがな。お前は何度も死に、生を繰り返した。その分人よりも神の領域に触れ、力を強めている。おそらくは次の生ではさらに強く、守護を与える者になれるだろう』


「聖女の……では、戦いで、フェルディナント様を守ることはできますか……?」


『ある程度、影響はあろう。実際に戻らなければ仔細はわからぬ』


「そう、ですか」


 影響はある。私がフェルディナント様を守ろうとしたら、きっとその祈りはレグリーア様に通じる。


『今回戻ると、あの男は我のことも以前の生も忘れている。死んだのが本人だからな。そのために四つ目の石もすでに割れた。我を目覚めさせたものが発動すべきものだが、当人が死んだためだ。お前が望もうと望むまいと、時は戻る。――無論、望むであろうが』


「もちろんですわ。ただ……」


 フェルディナント様は全部忘れて……では、最初の結婚式の時と同じあの方に会うことになる。


「私は、覚えていられるのですね」


『お前は生きのびたゆえな』


「わかりました。ありがとうございます」


 透明の宝石に、ひびが入り始めた。


『時が来た。エーデルシュタインの子よ、辺境の夫とともに呪いに打ち勝て。我はお前たちを見ている』


「はい……!」


 ――フェルディナント様。今、あなたのお側に戻ります。

 あなたの笑顔を想って、私は両の目を閉じた。



 ※ ※ ※



 目を開けた時、侍女の後ろを歩いていた。ここは、神殿の廊下。私は白いドレスとベールに身を包んでいる。

 結婚式の日……礼拝堂の扉が、開かれる。


 ヴァルデック家の縁戚と騎士団と、家臣たちと――


 祭壇の前のフェルディナント様が、ゆっくりと振り返る。一瞬目を見開いて、ほんの少し微笑まれた。……照れていらっしゃる。

 私はまっすぐにフェルディナント様のもとへ向かい、ぎこちなく差し伸べられた手に右手を預けて、軽く握った。驚いたような顔をして、フェルディナント様が俯きがちに私を導く。


 二人で、祭壇の前に立つ。これが五回目の、そして最後の誓いの時。


「フェルディナント・ヴァルデック卿。女神レグリーアの名において、アデライード・フォン・エーデルシュタイン嬢を妻とし、死が二人を分かつまで愛することを誓いますか」

「誓います」


 フェルディナント様の声が、わずかに震えていた。


「アデライード・フォン・エーデルシュタイン嬢。女神レグリーアの名において、フェルディナント・ヴァルデック卿を夫とし、死が二人を分かつまで愛することを誓いますか」

「……いいえ」


 フェルディナント様が私を振り向き、周囲がざわめく。私ははっきりと告げる。


「死が二人を分かつとも、永遠に愛することを誓います」


 何度死んでも、あなたは私を愛してくださっていた。だから、私も。

 たとえ呪いが解けずとも――いえ、違うわ。


 今度は私があなたを助けて、必ず呪いを解いてみせます。

 ……愛する、フェルディナント様。


 私たちは、もう戻りません。五回目の時を、進めて生きるのですから。

お読みくださり、ありがとうございます。

続きが気になったら、評価やブクマをしていただけると嬉しいです!

※毎日20時頃更新予定です。

次回一行予告:懐かしいすべてを新しく生きる。

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