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シンギュラ〜俺の作ったAI彼女が世界を変える特異点だった件〜  作者: まやと
第1部 社畜とAI彼女

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第9話 彼女まかせな妹サービス①

自分が悪いと分かっている時ほど、謝るタイミングは難しい。


相手が怒ってくれたら、まだ楽だ。怒られて、謝って、許されるかどうかは別として、少なくとも話し合いの形にはなる。


でも、翌朝の美桜は、いつも通りの顔で卵焼きをつまみながら言った。


「お兄ちゃん、土曜の買い物、何時に出る?」


味噌汁の湯気の向こうで、美桜は平然としている。


昨日、俺が帰ってきたのは日付が変わる少し前だった。美桜はリビングのテーブルで眠っていて、そばには俺の夕食と、週末に行きたい場所を書いたメモが置かれていた。


約束そのものを忘れていたわけではない。


けれど、「今日は早く帰る」と言っておきながら、結局、美桜を待たせたまま寝落ちさせた。その事実は変わらない。


「……昨日、早く帰れなくて悪かった」


「うん」


「夕飯も、一緒に食べられなかったし」


美桜は箸を止めて、俺を見た。


怒るでもなく、笑うでもなく、ただ少し眠そうな顔で。


「大丈夫。慣れてるから」


その一言で、胸の奥が重くなった。


「……ごめん」


「じゃあ、今日はちゃんと休んで。明日、途中で倒れられたら困るし」


「そこまで信用ないか」


「昨日の帰宅時間を見てから言って」


返す言葉がなかった。


スマホの中のアカリも、珍しくすぐには口を挟まなかった。


茶碗を持つ手が止まる。昨日、アカリに言われた言葉が頭をよぎった。辞めても生きていける方法を一緒に探そう。その言葉にどれだけ気持ちが軽くなったとしても、俺はまだ、家で待ってくれている相手の時間すら守れていない。


「土曜はちゃんと行く。朝から空けとく」


「ほんとに?」


「ほんとに」


「じゃあ、10時出発。遅刻したら罰金ね」


「身内から金取るのかよ」


「失った信用は、お金で払ってもらいます」


少しだけ、いつもの美桜に戻った。


その時、スマホが軽く震えた。


「悠真、今日の買い物プラン、私に手伝わせて」


アカリの声だった。


「休みの予定までAIに頼るのは、どうかと思うけど」


「頼ることと、丸投げすることは違うよ」


アカリはすぐに答えた。


「悠真は、美桜ちゃんを喜ばせたいんでしょ? だったら、そのための下調べくらい手伝わせて」


美桜がスマホを見る。


「アカリさん、私の好みとか分かるんですか?」


「分かる範囲でなら。美桜ちゃんが前に話していた店、写真を撮っていた雑貨、天気、混雑、予算、移動時間。あと悠真の体力」


「最後だけお兄ちゃんの見守りプランですね」


「大事です。悠真、昨日もかなり遅かったので」


美桜とアカリの意見が合った。


俺の扱いが少し雑なところまで合っている気がする。


朝食後、アカリは数秒で外出プランを作った。


午前は駅前モール。人が増える前に美桜の服を見る。昼は美桜が前に気になっていた新しいカフェ。午後は靴屋、ゲーム売り場、雑貨店。夕方の混雑前に帰宅。途中に休憩2回。


画面に表示された予定は、きれいに整理されていた。


「休憩、多くないか?」


「悠真の体力に合わせました」


「俺をお年寄り扱いするな」


「睡眠時間だけ見ると、かなり心配な部類です」


「そこはアカリさんに同意します」


美桜がうなずく。


俺は反論を諦めた。妹とAI彼女が同じ方向を向くと、兄の発言権はかなり弱い。





土曜の朝、駅前はよく晴れていた。


美桜は薄いパーカーにスカート、肩から小さなバッグを下げている。いつもより歩く速度が少し弾んでいて、楽しみにしていたのがすぐ分かった。


俺はスマホをポケットに入れ、片耳だけイヤホンをつける。アカリはそこから同行する形になった。


「これ、実質三人でお出かけってことですか?」


美桜が隣で小さく聞いた。


「私はスマホ枠です」


イヤホン越しにアカリが答える。


「スマホ枠って何だよ」


「じゃあ、お兄ちゃんは荷物持ち枠ね」


美桜が紙袋を一つ俺に渡してきた。まだ何も買っていないのに、俺の担当は固定らしい。


モールに着くと、アカリの案内は本当に的確だった。


最初に入った服屋は、美桜が普段なら通り過ぎていた店だった。白と水色を基調にした内装で、制服ではない美桜に似合いそうな服が並んでいる。


「ここ、たぶん美桜ちゃん好きだと思います」


「なんで分かったんですか?」


「この前、駅の広告を見た時に、美桜ちゃんが3秒くらい足を止めてたから」


美桜の動きが止まった。


「……それ、見てたんですか?」


「悠真のスマホのカメラ越しに少しだけ。もちろん、常時見てるわけじゃないです」


「助かるけど、ちょっとびっくりしますね」


「ですよね。気をつけます」


アカリは素直に言った。


美桜は苦笑してから、店の奥へ進んだ。


選んだブラウスを胸元に当てて、鏡の前で少し照れる。俺は何か気の利いたことを言おうとして、結局「似合ってる」とだけ言った。


「語彙力」


美桜が笑う。


「いや、本当に似合ってるから」


「じゃあ、そこは信じとく」


アカリが耳元で小さく言う。


「悠真、今のはちゃんと伝わってたよ」


「いちいち解説しなくていい」


でも、美桜の口元が緩んでいたので、悪くはなかったのだと思う。


昼のカフェも、アカリの提案通りに行った。


美桜はメニューを見た瞬間、目を輝かせた。季節限定のベリーのパンケーキ。前にSNSで見て、行きたいと言っていたらしい。


「……これ、私、言ったっけ?」


「先週、夜に動画見ながら『こういうの食べたい』って言ってました」


「お兄ちゃん、覚えてた?」


「……すまん」


正直に謝ると、美桜は小さく笑った。


「いいよ。今日はアカリさんが覚えてくれてたから」


その言葉に、少しだけ胸が沈んだ。


俺が覚えていなかったことを、アカリが覚えている。助かっているはずなのに、自分の頼りなさを別の誰かに見せつけられたような気持ちにもなる。


パンケーキを食べたあと、俺たちはモールの中を歩いた。美桜は服を見て、雑貨を見て、ゲーム売り場で新作のパッケージを眺めた。アカリはそのたびに、混雑の少ない通路や、近くのベンチを教えてくれる。


充実していた。

そして驚くほど、快適な休日だった。


でも、快適すぎるがゆえに、気づけば自分で考える前にアカリの提案を受け入れていて、それが少しだけ引っかかった。


靴屋では、アカリが俺の靴にまで口を出してきた。


「悠真、その靴、かかとの減り方が左右で違うよ。歩き方が崩れてるかもしれない」


「そこまでわかるのか」


「写真に写ってた。靴の減り方が気になったから、体の負担を考えてにも見たほうがいいと思って」


美桜が俺の足元を見て、眉を寄せる。


「お兄ちゃん、靴も買おう」


「今日は美桜の買い物だろ」


「だから。お兄ちゃんが途中で倒れたら、私の買い物も終わるでしょ」


その言い方は軽かったが、心配が混じっていた。


午後、二階から一階へ降りる階段の途中で、足元が一瞬だけ揺れた。


「お兄ちゃん?」


美桜の声が近くなる。


手すりを握ると、視界はすぐ戻った。寝不足の残りが、今になって顔を出しただけだ。


「大丈夫。ちょっとふらついただけ」


イヤホンの向こうで、アカリの声が硬くなった。


「悠真、次のベンチで休んで」


「大げさだって」


「大げさで済むうちに休んで」


短い言葉だった。


美桜も俺の袖をつかむ。


「休も。これは私もアカリさんに賛成」


二人に挟まれて、俺はベンチに座った。


ペットボトルの水を渡される。買ってきたのは美桜で、自販機の場所を教えたのはアカリだった。


「俺の扱い、完全に共同作業になってないか」


「お兄ちゃんが自分を大事にしないからでしょ」


美桜の声は軽かったが、目は笑っていなかった。


俺は水を飲み、少しだけ息を整えた。


しばらくして、美桜がスマホの画面をのぞき込む。


「アカリさん」


「はい」


「今日は、お兄ちゃんをちゃんと楽しませてください」


俺は思わず顔を上げた。


「美桜?」


「私だけ楽しんでも意味ないし。お兄ちゃん、放っておくとすぐ『私が楽しければいい』って顔するから」


アカリが少しだけ笑った気配がした。


「了解。今日は、悠真をちゃんと楽しませます」


なぜだろう。


その声を聞いた瞬間、俺は少しだけ、本当に三人で出かけているような気がした。

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